第129話:違和感ある私は2人を逃したい。
説得からしばらく。うずくまっていたティアの身体は今、熊野を包み込んでいた!
「ちょ、っと! やめてくださいってば!」
「いいじゃない、最近は修行とか言いながらくまちゃん成分を摂取できてなかったんだから!」
頭を両腕でホールドして、ティアの豊満で柔らかそうなお胸に熊野の顔が埋め込まれている。これは相当溜まってる気がする。何がとは言わないけど、私もそんな感じだから何となく分かる。
こういう事してるのに、裏では嫌われたくないって気持ちでいっぱいなんだろう。その考え方が微妙に矛盾している気もするけど、まぁいいか。私もそれは一緒だ。
実はGVGには裏切りという機能も存在する。ギルドメンバーじゃないことが条件にはなるけど、上とか下が気に入らないと思ったら承認ボタンを押してすぐ裏切れる。だから普通はギルドメンバー内で固定する。
だから気になった。ノーハーツの奴が何を考えているのか。実際は何も考えてなくて、自分ひとりでなんとでもなると思っている奴なのかも知れない。もしそうだとしたら救いようがないし、ギルドメンバーですら仲間だとも思ってなさそう。
もしかしたら今回の裏切りもノーハーツの想定内? じゃあなんでスカウトなんて……。
ピクリ。何かが動く感覚を感じた。これは、殺気? 怨念にも似た予感がこちらに襲いかかってくる気がする。熊野も感じたようで、懐から盾を取り出す。
その瞬間、草葉の陰から銀に煌めく剣が1本飛び出してきた。
「《視線集中》!」
狙いはティアの背後。飛び出した剣は裏切り者を殺すべく空中を斬り裂いていく。
熊野は左足を大きく踏み込むと、ティアを吹き飛ばすような回転力を出しながら、剣の前に立つ。
「あれー!」
「ティアさんは後ろに!」
ちょっと後ろで尻餅をつくティアとその手前で熊野が盾で剣を防ぐ。ガキンという音ともに剣は盾に阻まれて地面に転がる。待って、この剣見たことがある。
「熊野、構えて! 相手はノーハーツ!」
「もうですか?!」
「見て、そこの草!」
ってうおー?! 今度は剣の雨あられ。避けるスキはあれど、こんなのスキルでの攻撃以外ありえない!
《視線集中》のスキルのお陰か、全ての矛先は熊野の盾に向いている。とこんな数の攻撃、まともに避けてられるか。私は熊野の影に隠れる!
「ティアもこっち来て!」
「ええ!」
右足で後ろへのバンカー作りながら、大盾の先を地面に突き刺す。これは耐える流れだ。
「《牙城のガーディアン》!」
熊野しか持ってないと思われるユニークスキルを使用すると、その場で30秒の無敵状態へと移行する。
それを知らない剣たちは熊野に向けて降り注いでいく。ガキンガキンと金属と金属がぶつかる音を何度も、何十回も、何百回すら聞いた気がする。要するにうるさい。こんな大規模スキルで攻めてくるなんて聞いてないってば。
やがて剣の雨は《牙城のガーディアン》の制限時間である30秒を待ってピタリと止む。もしかしなくても、こっちは囮?
「《連撃の帝王》」
「っ!」
やがて本体が影から襲いかかると、熊野の盾を襲う。一撃一撃が重たい一撃で、受け止める度にバンカー代わりにしている右足が後ろにずれていく。これ、やばい。急いでティアと一緒に表に出て、《風魔小太刀》を取り出す。
だが最後の強撃が熊野を襲いかかり、ノックバック効果によって、後方に吹き飛ばされ地面を転がる。
「くまちゃん!」
「裏切り者には、死を」
「させるかぁ!」
熊野を庇うべく前に出る私と、斬り落とすべく地面を踏み込むノーハーツ。相手は思ったよりも速いけど、こっちの方が速い! スピード特化型を舐めるな!
《風魔小太刀》込み込みの速度はノーハーツの正面に回り込んで、熊野への凶刃を防ぐ。鍔迫り合いになった剣の重みは、非常に重たい。
「ティア、熊野と一緒に早く逃げて!」
「でも!」
「後はなんとかするから!」
ティアは転がる熊野を立たせて、肩を貸す。
なおも力を増すノーハーツの刃。確かにこれはパワー型と言っても過言ではない。でもスピードも出ていたし、どういうステ振りしてるんだこの人。
とは言え、私もこいつには言いたいことがあったんだ。
「先日はどーも、クソ野郎さん」
「女の子がクソ野郎と口にするのはいかがなものかと」
「知らないの、いたいけな少女を騙す奴を人はクソ野郎っていうの!」
私の意志と同時に刀身が光り始める。選んだスキルは《スラッシュ》。斬撃が飛ぶ《絶影》でも良かったんだけど、なんとかしてこいつを引き剥がしたかった。
予想通りスキル宣言前に離れたノーハーツは、ありえない待機速度で剣を腰に据えて、逃走を続けるティアと熊野に狙いを定める。
「コー……、パワ……シュ」
何かをボソボソと口にした後に、オーラを纏いながら2人を倒すべく突進を始めた。
これは《パワーダッシュ》のスキルか。《ボアタックル》とも似ているけど、あっちとの差は速さ。このままだと2人は引かれてしまう。ならこっちは防がざるを得ないか。
「《絶影》!」
斬撃の波を飛ばすけど、《パワーダッシュ》中はダメージは受けてもスーパーアーマー状態になる。いくら攻撃を受けても進撃を続ける力は突破力高めだ。
受け止めるのはレアの特権なんだけどな。と思いながら私は覚悟を決めて、短刀を持ってノーハーツの前に立ちはだかる。
力を込めろ私。この身は騎士だ。目の前の厄災から守る騎士。
後ろには守るべき人。なら答えは1つ。両足に力を入れて、重心を前にずらし、この短刀1本に力を込めて、立ちはだかる!
「邪魔ですよ」
腰から伸びる銀の剣が私を斬りつけんと水平を走る。頼むから耐えてよ、私!
ノーハーツの全力の攻撃を受け止める。地面を削りながら短刀で剣を受け止める。これ、結構きっついかも。後ろを振り返ってる余裕なんてない。神経を集中させて、受け止める剣が折れないように、力を分散させながらスキル終了を願うばかりだ。
「しつこいですね」
「それが私だからね」
恋愛に対するしつこさには定評があるつもりだ。なんせ私は面倒くさくて重たい女。でも友情にだって熱いのが私だ。
ふふっ、友情にだって熱い、か。笑わせてくれるね。今まで周囲に集まってくる人を『友達だと思ってる人』って小馬鹿にしてたのに。
だけど、私にだって守りたいものはある。レアにティアに熊野。ギルメンに、アザレア。私を見守って、信じてくれている人のためにも、ここは絶対に守り抜くんだ。
いい加減手がしびれてきた。HPバーも徐々に減っていっている。でも守りきらなきゃ絶対後悔する。熊野が聞いたらバカじゃないですか、私は騎士ですよ。なんて言うと思うけど、これは自己満足だ。私が満足するかしないに、バカも何もあるわけがないじゃん!
「……っち」
スキル効果が終了して、元のパワーに戻ってくるノーハーツ。男は一歩下がると、さらにスキルを連続する。
「……ド、ボア……ク……」
今度は銀色のオーラを放って、突進を始める。今度は《ボアタックル》。間違いない、こいつどっかからスキルを持ってきている!
確かめる手段はあれど、どうやったらこの状況を打開できるかわからない。前門のノーハーツ。後門のティア熊野。これ、やっぱりまずい。
「まず1人、ですかね」
「っ!」
もうダメ。あとは任せた。と思った瞬間、後ろから暴風が吹き荒れたと思えば、ノーハーツの《ボアタックル》を中断させた。
このスキル宣言。そして、聖剣使いにしか出せない暴風のスキル。これもしかして……。
「俺抜きでパーティを始めるなんて、酷いぜツツジ」
「貴方は……」
「借りを返しに来たぜ、間男ォ!」
勇者の鎧を身にまとい、聖剣グラムを所持した聖剣使いという名前を欲しいままにした男の名は、ヴァレスト。
一度は敗北した勇者は剣を取り、再び立ち上がる。その目標は目の前の優男。間男とも言ってたけど、よくわからないからスルーする。
ともかく、これで2人目のデータ採集者は大地に立った。
勝利に燃えるヴァレストは、聖剣を強く握り、前を見定める。
「絶対勝つ!」
百合の間に挟まろうとする間男を許さない聖剣使い




