第128話:友達の私はあなたの本音が聞きたい。
「やーっと見つけたよ。ティア、熊野」
「……ツツジちゃん」
黒い髪の毛を揺らして、剣を片手で持って私に向けるティア。
その様子はまさしく戦う踊り子であり、熊野の前に出る姿は本当に聞いていたとおり、率先して愛する人を守ろうとする献身的な態度に見える。
熊野も盾とナタにも似た片手剣を手に構える。
そして本来の騎士特有の自身への防御バフ効果。そして《視線集中》のスキルを使う。なるほど、確かにこれはやる気満々みたいだ。
だから聞いておきたい。なんでそっち側についたのか。何があなた達を寝返らせるに足りたのか。
「なんで構えないのかしら?」
「んー、敵対意識がないからかな」
「そんなに甘く見られてるのかしらね」
今回の勝利条件は2人を倒すことじゃない。倒してもきっと遺恨が残るだけだし、私たちとの亀裂が入って、もしかしたらこれっきりの関係になってしまうかも知れない。
私は、それが嫌だ。私にしてはせっかく仲良くなった同志であり、友達だったり、応援する相手だったり。
私を色眼鏡なしで見てくれる大切な友人を、みすみす逃してたまるものか。
「何かあったの? 何かあったなら私が相談に乗るよ」
「相談も何も、私はただ……」
「お断りよ。これ以上交わす言葉もないわ」
「ティア……?」
おかしい。何かが噛み合ってない気がする。なんだろう。その違和感がわからない。喉に魚の骨が引っかかってるのを取れないようなもどかしさ。それをティアが醸し出してる気がする。
「《剣舞:始まりの舞い》!」
私の考え事を斬り伏せて、ティアがスキルを発動した。
《剣舞》シリーズのスキルは舞いのコンボを連ねていき、威力を上昇させていくスキルだ。なので、最初は必ず始まりの舞いになる。それからは私自身の対応力に任せるしかないか。
それに短刀を取り出そうにも《視線集中》下にある以上、ティアの独壇場。攻撃しても、当たらなかったり、ダメージが入らないのだ。
なら避けるのに専念して、説得を続けるしかない。
始めは上からの振り下ろし。剣を持った腕を舞いに合わせて円形を描く。
もちろんそんな攻撃は私には届かない。横に身を翻してこれを躱す。
2回ほど円を描いていると、行動が変化する。振り下ろした剣とともに前に踏み込むと、左から右へのスライド攻撃。これをしゃがんで回避すれば、今度は私を追うように剣を下に降ろす。しゃがんだときのバネを生かして、空中を回転しながら後方へバク宙回避。そこで踊りは止まった。
「流石に当たらないわね」
「もちろん。そんな攻撃はちょちょいのちょいだよ」
「ならアップテンポで行くわ! 《剣舞:情熱の舞い》!」
タカタカっと足をタップダンスのように鳴らすと、踏み込みを見せてから私の前に一瞬で距離を詰める。
これは咲良の《縮地》と同じ原理だ。一瞬で距離を詰めて、攻撃を仕掛ける。今回は剣先を私に向けている。つまりは突き攻撃。何連続かわからないけど、避けてみせましょうよ!
一発一発は遅いものの、確実に相手を突き刺しにかかる動きはフェンシングに近いだろう。直剣じゃないから、威力は望めないだろうけど、それでも剣だ。当たれば痛い。
だけどそんな攻撃に当たるわけもない。遅いならタイミングを見極めながら、テンポを崩さずに避けきる。左に右に。下に左に。
徐々に剣の突きも速度を上げていく。アップテンポっていうのはそういう事。確かにタイミングが逸れればそれだけ致命傷になる確率は高い。
――だけど!
「甘い!」
ダメージは入らなくても相手に触れることはできる。しゃがんだスキに腹部を蹴りで押し返して、ティアとの距離を作る。もちろんスキル発動中だ、対象を失った攻撃は空を切る。
「どうしてそっち側についたの? ティアと熊野なら分かるよね、レアとアザレアの関係!」
「だからこそ話し合って……」
「分からないわ。あたしたちは何も知らない」
「ティアさん!?」
2度目で分かった。もしかしなくても、ティアが熊野の言葉を遮っているように見える。おかしいと思った違和感はそこか。なら、話はティアを説得することしかありえない。
「なら教えてあげるよ。その話を聞いた上で判断すればいい」
「必要ないわ。あたしたちはあたしたちで考える」
「ふーん。情報もなにもないのに考えられるんだ」
「どういうことですか?」
ノーハーツには隠していることがあると話すと、熊野は怪訝そうな顔で私のことを見た。うん、そっちは何もないみたいだ。
問題はティアの方だ。その顔は一切変わらずに、剣気だけが強まっていく。
「聞かせてください。私たちにはそれを知る権利が」
「ないわ。話すことなんてなにもない」
確信した。暴走しているのはティアの方で、恐らく何かを熊野から守っている、気がする。ここからは正直分からない。分からないから、もっと煽るしかない。
「《剣舞:灼熱の嵐》!」
接近したティアの剣には炎が灯る。エンチャント系のスキルか。でもそれだけじゃ私には届かない。左右に剣を振りながら、私を狙ってくるけど、その全ては見切っている。たまの突き攻撃も私の前では意味をなさない。
そして《視線集中》の効果時間ももうそろそろ切れるはずだ。突き攻撃に対応して、私は剣を握っている手を掴んで、引き寄せる。バランスを崩したティアは頭から地面に向かって飛び込む。そのスキを狙って、私は頭突きを繰り出す。
ゴーンと、頭に鳴り響くみたいな鋭い痛みとともにHPが少し削れる。でもティアの目を覚ますにはこれしかない。ティアにも届いたみたいで、頭を抑えて地面にうずくまっている。
「な、何するのよ!」
「仕方ないじゃん、ティアが全然話聞いてくれないんだから!」
「何よ。そっちだって重要な情報を教えてくれなかったじゃない!」
あ、そこ気にしてたんだ。
「忘れてたんだもん! ティアたちなら私たちについてくれるって信じてたのに!」
「大人は総合的な判断をして結論を下すものよ」
「ならノーハーツのことだって分かってたよね?!」
「……ティアさん?」
不安そうな目で見る熊野の視線がいたたまれなくて、勢いで立ち上がっていたティアが地面に顔を背ける。
「ティアさ。何庇ってたの?」
「どういうことですか、ツツジさん」
「よく分からないけど、多分熊野を何かから守ろうとしてたのかなって」
「……そんなんじゃないわ」
ティアはその場でしゃがんで身を丸める。それは殻に引きこもるダンゴムシのようで、少し惨めで寂しそうな態度だった。
「私が言うべき言葉は『それは違う』だったのよ」
「ティアさん。どういうことか説明してください」
「……嫌よ。あたしは大人として正すべきところを正せなかった」
「…………私は、あなたを大人だなんて思ってません」
ピクリとティアは体を震わせて、もっと丸まってふさぎ込む。
「私はあなたがしていることの意味がわからなくて、その態度もどうしようもなく子供っぽくて、とても大人にだなんて見えません」
「それは、情けない人だって言ってるのかしら」
熊野はその言葉に対して、明確に「違います」と口にして、続きを語る。
「私はあなたといる時間が好きです。大人としてのあなたじゃなくて、友達としてのティアさんとして」
「くまちゃん……。でもあたしは情けなくて」
「あなたが自分を情けないと思うのは勝手です。でも信じてる私のことまで否定しないでください。私は、私の考えで行動しているんですから」
縮こまる身体を震わせて、その言葉をしっかりと受け止めているように見えた。じっくりと、自分の中で噛み締めているように。
「羨ましいわ。自分の考えを口にすることができて」
「じゃあティアさんの本音を聞かせてください」
きっと、ティアも何かを抱えてたまらなくなった気持ちが暴走したんだ。
好きで、好きで。本音を言って、嫌われたくなくて。私にも分かる。それを口にするのがどんなに躊躇われるか。本音を口にして、受け止めてくれるような人か、怖くて。
「あたしはくまちゃんを止めたかった。でも『それは違う』って言えなかった。くまちゃんに嫌われたくなかったから」
その言葉に対する返答は心底から呆れたような深いため息だった。
「酷いため息ね。あたしに失望したかしら?」
「失望なんてとっくにしてますよ。私には目上の人間には見えませんから」
「熊野、さっきからかなり酷いこと言ってるよね……」
「綺麗だとは思っても、中身がこれですし」
多分ティアの心の中はグッサグサだろうなぁ、かわいそうに。
「それに。その程度で私が嫌うとでも? 私はティアさんが違うなら違うって言ってほしかったです。……その、私も考えが足りなかったと思いますし」
「くまちゃん……」
顔は見れないけど、恐らく泣いてるんだろうな。鼻をすする音が聞こえるし、声の端々が少しヒクヒクしてるし。
もうちょっと甘えられればいいのに。子供ながら思ったけど、大人になったら甘える場所が減って、本音を言える場所が減って。
「あたしはレアネラちゃんたちに手を貸すべきだわ。そう思ってた」
「事情がありそうですしね。私も賛成です」
「何よ……。こんなにもあっさりって…………。悩んでたのがバカみたいじゃない」
それから大きな子供を慰めるように熊野が背中を擦って、気持ちを落ち着かせていた。
私は幸運な方なんだと思う。好きな人が見つかって、好きな人に本音をぶつけられるような関係でいられて。ティアもその居場所をようやく見つけることができたのかな、なんて思ったら、私も少し鼻の奥がツーンとした。




