第124話:愛した私は自分を絶対曲げない。
刀と刀が擦れる音がする。
刀と刀を打ち鳴らす音がする。
ガキン。カキン。何度打ち込んでも、何度斬り込んでも、それは微動だにしない。
かれこれ10分ぐらいは剣戟を繰り返している気がする。詳しい時間は知らない。だって測ってないし。
でも分かることが2つある。
1つは私の集中力がやや尽き始めてきたこと。本気の集中を10分も続けていればそりゃ精神は疲弊してくる。
それだけなら一旦体制を立て直し、相手とくっちゃべりがてら、集中力を回復すればいいのだから。
でもそうは問屋が卸さない。2つ目はカゲンの実力が間違いなく、特訓で身についたそれではないことだ。
詳しいことは分からない。でもこのゲームにおいて、ラストサムライの名を欲しいままにしてきた私だから分かることがある。
相手の動きに無理があるのだ。まるで身体全体が能力に追いついていないような、無理やり身体を動かされているような感覚。私はこの能力に近いものを見たことがある。
それは《そらし》というスキル。あれは無理やり身体を動かして、と書いてあるが、実際のところは、アバターのデータを機械が勝手に動かしてくれている。というのをどこかで聞いたことがあった。
いわゆるシステムアシストのような、機械に踊らされている感覚。それが目の前の男から感じるのだ。
「どうしたどうした! 俺はまだまだやれるぜぇ!」
「…………」
尽きかけている集中力をフル稼働させて、無茶苦茶で無理筋な太刀筋を何度も受け流していく。
同時にこのシステムアシストの正体を探り始める。
このゲームには多少なりともアシストはあれど、ほぼVRへの適性や元々の身体能力に影響があるところが多い。
少なくともこの男に過去以上の実力を発揮できるわけがないと思っている。曲がりなりにもラストサムライを名乗っていたプレイヤーだ。それなりに強かったが、私には及ばないレベルだった。
なのにこれだけ打ち合って太刀筋が衰えることなく、一定の力量をずっと放っているのはおかしい。
機械的なアシスト。それも自身の能力を向上させるような、そんな……理想を叶えるようなスキル。
あるとすれば、それはゲーム外のスキル。例えば……。
「チート……」
「っ!」
「《一の型 燕返し》」
その言葉を口にした途端、動きが鈍くなったので切り返しの一撃を放つと、動揺が身体に伝わったのか、ようやく胸に切り込みを与えることができた。だが傷が浅い。
「カゲン、あなた……」
「ふふっ。アハハハハハ!」
「そう。手を汚したんだ」
ゲーマーが触れてはいけない禁忌があるとすれば、その1つにチートというものがあるだろう。
それはゲームのデータを不正に改ざん、自分に都合がいいようにデータを書き換え、力を行使する事ができる夢みたいな能力。
でも同時に、不正者のレッテルを貼られ、ゲームから永久追放されるという当然のデメリットも存在する。使う人も使われる人も、改ざんされたゲームも、全てを不幸にするインチキ。
「今の俺なら、こんな事もできるんだぜぇ! 《影分身》!」
3人に分身したカゲンが私に向かって一斉に襲いかかる。
もちろんそのようなスキルはこのゲーム上に存在しない。であるなら、それはチートによる付与スキル。
同時に3人程度は捌いたことがあるけど、このレベルの相手を3人相手取るのは、正直きつい。
1人目の攻撃を受け止めるが、2人目が首を狙いに斬り込む。しゃがんでなんとか避けるけど、3人目の攻撃は突き攻撃。しゃがんだ状態でバネのように横っ飛びに空中回避する。
続けて1人目が横薙ぎの攻撃。流石に着地を狙われるのでは避けれない。この戦闘発のダメージは左腕に深い切り傷。苦痛に顔が歪むけど、それでも耐えられる程度。2人目、3人目の突き攻撃は足払いでなんとか防ぎ切る。
疲れを知らないノーコストの分身たちと、いい加減集中力の切れてきている私。その戦力差は歴然だ。流石にゲームから離れすぎてた。これじゃ余裕ぶれない。
でもなんとかして時間は稼がなきゃ。稼いで休む時間を確保する。
「へー、そんなスキルがあるんだ。チートには」
「チートじゃない! ノーハーツ様に授かった導きの力だ!」
あくまでも否定するらしい。でもそれは紛れもない不正行為。報告している時間はない。ならこのまま倒すしかないんだ。
「ノーハーツから受け取ったんだ」
「俺の導きの力だって言ってくれてな! 俺だけの力。俺だけのユニークスキル!」
「忍者なら少しぐらいユニークスキルや称号を持ってたりするんじゃないの?」
「あんなの俺には必要ない。今の時代はこの導きの力だ!」
よく喋ってくれている。この戦闘が実況されているなんて微塵も思ってないセリフだ。多分知らないか、力に溺れて忘れているだけか。どっちにしたって今後はアカウントBANが関の山だろう。
このまま負けるのは確かに楽だ。どうせ私のリアルなんて分からないと思うし。
――でも、負けたままなんて許されない。
勝手に勝負に乗った私が負けて、アレクがバカにされたままなのは許せない。
チートなんかに手を染めた元同僚に負けて、私のプライドがずたずたにされるのが許せない。
何より、ツツジちゃんと同じで、私だって負けっぱなしは許せない。
だって私もしがないゲーマーなんだから。チートなんかに、負けてられない!
大きく息を吸って、負けたい、楽したい、休みたい、という甘えた感情を吐き出す。
刀を握り直す。見据えるのは3人の分身。どれが本物だろうが、偽物だろうが、全部叩き割って調べれば話は終わる。今打てる最善手はこれだけだ。
「じゃあ、私も見せてあげるよ。本当の力ってやつ」
「見せてみろォ!」
3人が一斉に刀を振り上げ、襲いかかる。
なんとなく分かっていた。《影分身》を使用してから動きが大雑把になった。
いわゆる直線的な動き。先程まで逆手に持っていた刀は両手で持って、叩きつけるように構えている。
「刀っていうのはね、叩くんじゃなくて、斬るんだよ」
不意の一撃のために懐に飛び込む。《四の型 隼風》
斬り上げの一閃で1人目は消滅。
振り下ろされた2本の刃を横から崩す。《三の型 水面蹴り》
不意を突かれた2人は動きを止め、続く切り返しの刃によって2人目は真っ二つ。
「このっ!」
とっさに蹴りを繰り出すカゲンだったが、身を翻し、側面に移動《一の型 燕返し》
左から上に斬り裂かれた一撃は、この手に肉を斬る感覚を得る。魚の三枚おろしでよく手にした感覚だ。
「まだだぁ!」
脇腹を痛めながらもなおもまだ挑んでくる姿には敬意を評する。
上から右へと刀身を移動させてから、再び斬り込んでカゲンと鍔迫り合いになる。
「何故だ! 何故俺じゃない! あんなによくしたのに!」
「私は最初からアレクが好きだったよ。ずっと、前から」
「くそっ! そんなに。そんなにあいつがぁ! 《影分身》!」
今度は10体にも分身したカゲンが周囲を囲む。
全てが私に刀を振り下ろすために刃を向けて、襲いかかる。
「チートに手を染めるあなたに、私は倒せない」
「ほざけ! そして、俺の嫁になれぇ!」
「私の居場所は、ずっとアレクの側だけだよ」
ずっと考えていた。私がアレクにしてあげられる人助けってなんだろうって。
富か。名声か。権力か。どうでもいい。そんなのアレクに必要ない。
いつだってアレクは、大吾は私に優しくしてくれた。大吾は私を変えてくれた。
そんな彼に何ができるだろうか。ずっと。ずーっと考えてた。
でも答えは彼と付き合い始めてから分かっていた。
私が、アレクの側にいればいいんだって。
だから、あなたのものになる気は、一切ない!
決意表明とともに、私は【夢想の太刀】最後の型を発動する。
「《終の型 天獄炎舞》」
《妖刀炎帝》の刃の亀裂から炎が吹き出す。それは天獄の炎。全てを焼き尽くす、絶対の力。
その炎がジェット噴射のように勢いよく吹き出すと、鍔迫り合いになっていたカゲンの本体ごと、周囲を円形に斬り裂いた。
何が起きたかわからないという顔をした相手と、確かに円形に斬り裂いたように残存する炎のエフェクトは、徐々に夢を現実のものへと引き込んでいく。
エフェクトの衝撃波とともに、周囲にした全ての分身たちは胴体を斬り裂かれる。ある者は焼け落ち、ある者は両断されて消滅した。
カゲンもその例外ではなく、その衝撃波に応じて吹き飛ばされ、地面に転がる。胴体の深い傷とともに。
「な、何だこの炎。き、消えねぇ?!」
「《終の型 天獄炎舞》は私の奥義。その能力は一時的に自身にデバフを付ける代わりに、斬撃攻撃と最上位の火傷を付与する。その炎はいわば全てのHPを焼き尽くす天獄の業火。それを消す方法は、ない」
「嘘だ。こんなの……! これじゃあ俺は!」
「その天獄の業火に慌てふためく姿を《炎舞》って名付けたんだって」
傷口から溢れ出る炎にその身を焼き尽くされていく。未練。後悔。その他諸々。
もういい。もう休もうよ。私は疲れた。だから、もう、終わりにしよう。
「嫌だ。俺は、俺はッ!」
「私はアレクが好きだよ。だから、カゲンもいい人見つけてね」
至極笑顔で、幸せそうな笑みで。私はそう答えた。
こんな私にずっと尽くせていたんだから、あなたはいい人だよ。
だからきっちまた別に好きな人が見つかる。私はそう思うな。
「俺はァ!」
カゲンが天獄の業火に焼き尽くされ、ポリゴンの破片へと姿を変えていく。
あぁ、終わったんだ。疲れた。もう何十分戦ってたの。疲れたよほんと。ほんと……。
「っと。おつかれさん」
「……アレク?」
「おかげでなんとか生き残れたよ」
私の身体を支えるのは私の好きな人で、夫で、ずっと人助けし続けなきゃいけない罪な人。
そんな人が実年齢相応に柔らかな笑みを浮かべる。まるでお父さんみたいな、そんな見守るものの笑み。あーもうホント。誰のせいでこんなに面倒なことになったんだか。
「アレク」
「ん。なんだ?」
「少し、やすも」
「……そうだな」
みんなにもは申し訳ないけど、今はちょっと休ませてほしい。デバフ効果もあるし。
それに、ちょっとアレクが恋しくなっちゃった。
1人で頑張ってたから、少しは褒めてくれるかな?




