第123話:過去の私は他になにもない。
あれはだいたい18年ぐらい前だと思う。
小学3年生だった私は、ボーッとしていた。
我ながら類稀なるぼんやりさ加減だったと褒めてしまうレベルだ。
私には趣味らしい趣味なんてなかった。強いて言えばぼーっとすることが趣味?
そんなだから友達も少なかったし、クラスのみんなには不気味がられていたと周りから聞いたことがある。
「なぁさくら。お前いつもぼんやりしてるよな」
「んー」
当時、私を気にしてか妙に話しかけられた男子はそんな事を言う。子供だからって面と向かってぼんやりしてる、だなんていう奴にロクな奴はいないだろう。まぁそれが大吾だったんだけど。
周りに心配されるぐらい私はぼんやりしてたと思うし、物心つくって事自体、遅い人間だったと思う。
物心とはだいたい3歳から4歳ぐらいに身につくものだと聞いたことがある。私は平均より遅いと思う。そうでなければこの時期まで漠然とした人生は送っていない。
「お前らいっつも一緒にいるよな! 付き合ってんのか?」
「ち、ちげーし! こいつがたまたま俺の近くにいるだけだし!」
「んー」
クラスメイトの男子が大吾のことを煽っている。大変そうだな、とふんわりと思って風船のように飛んでいった。
だって自分のことですら曖昧なのに、他の人のことを考えてもどこかに飛んでいってしまうと思うから。
「ったく。すまんな、さくら」
「なにが?」
「いや、嫌だっただろ。付き合ってるのかとか言われたら」
「よくわかんない」
「そっか……」
何故か大吾ががっかりしている。当時から身長が大きかった大吾と低かった私の差は明確なものだったと思う。本当は頭をなでてあげたかったけど、届かないので肩を横からポンポン叩いてあげた。
「お前、慰めてくれるのか?」
「なんかかわいそう」
「ほぼお前のせいだけどな」
はてなマークを出して、よく分からない顔をしておいた。言ってる意味がよくわからないからホントのことです。
「てかお前もうちょっとじはつてき? に動いたらどうよ」
「じはつてき?」
「そう。こう、自分から動く的な」
「うごいてる」
両手を鳥のようにパタパタ動かしてアピールしてみるけど、大吾は頭を抱えた様子で、がっくりと肩を落としている。
「そうじゃなくて……えーっと…………そうだ!」
「ソーダ?」
「趣味を持とう! 何でもいいから!」
「しゅみ」
趣味。聞いたことがある、気がする。なんかそれを楽しみにしてるとかそういうのだ。と言っても突然そんな事を言われて、急にできるものではない。
「たとえば?」
「例えばって、うーーーーーん……」
すごく悩んでるようだ。ブツブツと口を動かしながら、あれはダメだこれはこいつには無理だ、とか考えているご様子。大変そうだな。
「人助けとか?」
「ひとだすけ。って?」
「そこからかよ」
肩をガクッと落として、バランスを崩してコケるようなポーズをする大吾。そんな漫画みたいな事しなくても。私そんな変なこと言ったつもり無いよ。
「人のためになることとか、困っている人を助けるとか、そういうのだ!」
「じゃあ大吾はなんかある?」
人のためになること。じゃあ一番最初は大吾がいいや。ちょうど目の前にいるし。
そんな感じで私が質問してみたら、ウンウン唸りながらまたもや腕を組んで悩み始めた。それだけ悩んだら頭から湯気が出るのではないだろうか。
「俺はー……。さ、さくらがずっと一緒にいてくれればいいや」
「私が? それが大吾のためになるの?」
「そ、そそそうだな! じゃあ人助けの旅に出ようぜ! ほら!」
今思い返してみれば、これは大吾の不器用な告白だったんだと思う。まったくこんな私のどこがよかったんだか。試しに大吾に聞いてみたら、あの頃は、ほら。ちっちゃかったし。って随分と失礼な事を言っていた。
加護欲とは聞こえがいいが、実際はロリコンなんだと思う。それは私と付き合う前からずっと言われてたことだし、結婚してもこいつはロリコンなんだなと、少し残念に思う。
それでも私の荒唐無稽でぼんやりとした態度をなんとかしようとしてくれたことには感謝しなくちゃいけない。
大吾は私の手を引っ張って、学校を出た。理由は困っている人を助けるためだと。
キョロキョロと街中を探しながら歩き回っていたら、重そうな荷物を持ちながら横断歩道を渡っているおばあさんが目につく。
「ターゲットはあの人だ!」
「おもそう」
「今から手伝うんだよ! 持つよー!」
そう言って大吾は杖を突きながら歩くおばあさんの荷物を持って、私にホイッと渡してきた。
「俺はおばあさん持つから、さくらは荷物な!」
小学生がおばあさん1人持つことは結構難しいと思ったけど、何故か当時の大吾はそれをできていたので、多分力持ちな方なんだと思う。
私は非力だったし、おばあさんの荷物を持つだけでも精一杯だった。
重いし、運ぶのに両腕が疲れてきたし、正直いいことはない。でも信号の青はもう点滅してるし、急がなきゃって、重い荷物を両手に持って走った。
幸いにも、赤信号になる前に渡りきった。でも私は肩で呼吸をしていた。こんなにつらいことが人助けなら、もうやりたくないかも。
でも、その認識は一言で変わっていった。
「ありがとうねぇ。2人のおかげで少しだけ楽できたよ」
それは魔法の言葉だ。ありがとう、という言葉を聞くだけで、体中の疲れがすっと抜けていくような気がした。
もちろん言葉にそんな効果はない。でも初めて言われた感謝の言葉に私は感銘を受けた。
その後おばあさんの家まで荷物を運んで、人助けは完了になった。
お小遣いをもらいかけたけど、それは悪いと、大吾が全力で拒否をしていた。
それでもお礼がしたいおばあさんは家に上げて、お茶とおはぎをごちそうしてくれた。でも私にとってお礼はもう貰っていて。
「大吾」
「なんだ?」
「人助けって、なんかすごい」
「そうだろ? すごいんだ、人助けって!」
感謝されるってこんなにも心が沸き立つものだって知らなかった。
よく分からないけど、胸の高鳴りっていうのかな。疲れは吹き飛ぶし、自分の意識がなんだかこっち側に戻ってきたような感覚すらある。
まるで数十分前の私が変わったような新体験。卵が孵化するような、新たなる自分の獲得。私の中でそんな事を感じていた。
それから私たちはいろんな人助けをした。
倒れていた自転車を立たせて直したり、道を案内してあげたり、落とし物を一緒に探してあげたり。
その度に私の意識が浮上してきて、ぼんやりしていた今までの輪郭が、シャープに整ってきたような感覚すら感じる。これが自我の獲得なんだとしたら、多分私は自分を持ち始めたんだと思う。
「今日はどうしよっか!」
「じゃあショッピングモール辺りにするか?」
「うん!」
その年の通信簿には「年の途中から明るくなった」と書いてあった。自分でも明確に自分が変わったと思ったから、少し嬉しかった。
こうして私の趣味が人助けになったのだ。
そしていつしか私は、私を変えてくれた大吾のことが気になるようになっていた。
昔までは話しかけてくる物好きぐらいにしか思ってなかったけど、明確に私を変えてくれた大吾のことが好きだって理解したのは、だいたい中学1年ぐらいだったと思う。
いや、もしかしたらずっと前から。なんてロマンチックなことは起きない。でも気づいたら好きだったんなら、十分ロマンチックか。ふふっ。
今でも大吾の一番最初の人助けは生きている。
いや、もう大吾は覚えていないだろうけど、今は私がずっといたいと思っている。
私を変えてくれた好きな人。そんな人をバカにする人は、他でもない私が許さない。




