第120話:決戦する私たちは決意を固めたい。
開幕! アザレア争奪戦!
夜20時ちょっと前。ギルドホームに遅れていたノイヤーとビターも含めて、全員が集結した。もうすぐだ。もうすぐでGVGが始まる。
「レア、緊張してる?」
「そ、そんなことはないけど?」
強がってみたけど、そんな事あります。めっちゃ緊張してます。表に出るような性格はしてないつもりし、今回が初めてのGVGだし、加えてこれで負けたらアザレアが……。
「やっぱ緊張してるんだ」
「……やっぱツツジには隠せないか」
ツツジにしては珍しい優しげな微笑みに、私は自分の考えていたことを諭された。ツツジに隠し事なんて無理って、いつになったら分かるんだか、私は。
「私ね、やっぱ緊張してる。いろんな初めてと、負けたらダメってのが重なって」
「まぁそんなもんだろ。俺だって緊張してる」
「キミは別に負けても構わんのだぞ?」
「う、うるせぇ! 最低でも1分だろ!?」
「1分したら負けてもいいというわけではありませんわよ?」
「うるせえええええ!!!」
あははとルーム内の空気感が少し和らいだ。ヴァレストも自分がしてやったりとニヤついてる。ムードメーカーというわけでもないのに、慣れないことをしちゃってさ。
「でも私じゃなくてよかったの? 私なら勝てたかもしれないけど」
「いや、俺を侮るなかれ。ちゃんと対策は組んできた」
「じゃあ失敬。そんなにリベンジマッチに燃えてるなら、私の言葉はやぶ蛇だったね」
「いいんだ。咲良は間違いなくこのゲーム内最強クラスのプレイヤーだ。心配されるのは無理もない話だ」
ヴァレストは「だけどな」と、握りこぶしを強く握り、言葉を続けた。
「俺にだって負けて悔しくないわけがない。あんなキザったらしい野郎に一泡吹かせられるなら、本望だ」
「男の子らしいね」
「って言ってなんで俺を見るんだよ」
「昔はアレクも可愛かったなーって」
「それは気になりますわね」
「やめとけこの話は。それよりアザレア、何か激励の言葉はあるか?」
私たちの会話を優しげな表情で見つめていた彼女の顔が、突然びっくりしたものへと変わっていく。これは想定してなかったんだろうなぁ。
「わ、私ですか?」
「そうだね。アザレアから何かあれば、私たちも励みになるよ」
しばらく考えるような素振りをする。その最中アザレア特有のハードディスクの中身をシュルシュルと回転させているような音が聞こえるが、これは何故なのか未だに分かってない。
考え事が終わったらしく、両手を前で組んで、アザレアの冬の日の暖かな太陽のような笑みを浮かべて、それを一言だけ言った。
「行ってらっしゃいませ。あなた方のご帰還を、心よりお待ちしています」
激励にしてはあまりにもシンプルだけど、心配してくれる優しさを感じた。絶対にまたこのみんなと会いたいという必死さを感じた。メイドらしく、それ以上は言わないけれど、必ず勝ってほしいという願いを感じた。
なら、私たちもそれに答えなきゃ。約束もあるし。
「行こう、アザレアは私たちのものだ!」
「「おー!」」
時刻は20時。その言葉とともに私たちは決戦のバトルフィールドへと転送された。
◇
「ティア、熊野……」
熊野はペコリとお辞儀する。ティアは申し訳なさそうな顔で敵陣にいる。
2人が当日予定があるからと、私たちの提案を断ったまではいい。でもその予定が、まさか私たちとの敵対を意味するだなんて思わなかった。
「どういうことなの、ティア、熊野!」
ツツジが2人に向かって吠えた。2人に一番肩入れしていたのは他でもないツツジだった。何故。どうして。その疑問を解消するにはやっぱり問答するのが一番で。
「私は考えました。多分他の皆さんの期待を裏切るものだと思いましたが、やはり話し合うべきだと考えました」
「話し合いで済むなら、こんなことは起こってないよ」
「っ! ですが」
熊野が苦そうな顔をしている。自分の考えは多分間違っていないと、身体を震わせながら否定したがっている気がした。
彼女は変なところで真面目だ。でも自分が考えていることがホントに正しいかが分からない。ならティアは、ティアだって分かっているはずだ。なのに、なんで……。
「ティアはどうなの。ティアは、どうしてそっち側についたの?」
「あたしは……」
しばらく目を閉じて、必死に自分の意見を押し殺すように強く閉じて、ゆっくりと開く。
「あたしは、熊野がそれでいいなら」
「ティア!」
「ごめんね、情けない大人で」
きっとティアは分かっている。話し合いなんて無意味だということを。
きっとティアは分かっている。分かっていて、それを言えないのだ。
「分かった……」
ツツジは強く拳を握って、ティアの前に突き出した。
「絶対説得して、こっち側に引き戻す。覚悟して」
「……分かりました。受けて立ちます」
ツツジの決意を受け取ったのか、熊野も静かに同意した。ティアは、少し目線を下に向けて、うなずかないままだ。
「ごほん。お話はその辺でいいでしょうか?」
男のマイク音声に振り向く。こいつが諸悪の根源であり、勝手に約束を取り付けた張本人、ノーハーツ。
「レアネラ、壇上へ」
私はコクリとうなずいて、促されるままに壇上に上がっていった。今は緊張よりも、敵意の方が大きい。
不敵で不気味な笑みを浮かべた男は、もう一つのマイクを渡す。
「今回は招待に参加していただき、誠に感謝していますよ」
「……そっちが勝手に取り付けたんじゃん」
「おっと、失礼。その説はどうも、お話を聞かない人がいたものですから」
「よく言うよ。そっちこそ話を聞かないくせに」
睨みをきかせながら、くだらない応対に答えていると、ノーハーツは1つつまらなさそうなため息を吐き出して、目の前にウィンドウを開いた。
「ルールはGVG。ギルド対抗戦。フラッグであるアザレアに誰か1人でも触れれば、ハーツキングダムの勝利。アザレアはこちらのものです」
「代わりにグロー・フラワーズがハーツキングダムを全滅させたら、私たちの勝利。アザレアは私たちのもの」
他はアイテムの使用はあり、観戦あり。1デスでもすれば、GVGには参加できない様なルールになっている。
「では、ウィンドウの同意後、この場にいるみなさんは転送されます。準備はいいですか?」
いいも何も、後悔するのはそっちの方だ。ヴァレスト、ノイヤー。そしてツツジと私。もう準備はとっくのとうにできている。
「アザレア……」
絶対に倒す。こんな奴に私たちのアザレアを渡されてたまるもんか。
それに彼女と約束したんだ。絶対に勝って、約束を成立させる。そのために私は……。
「GVG、承認!」
「承認」
《ギルドマスター2人が承認いたしました。これよりGVGが開始されます》
私たちの足元が円状に光り始めると、光が私たちの身体を包み込んでいく。
転送された私たちは各々の初期位置にスポーンした。大丈夫だ。私は想定通りアザレアの目の前。最後の砦だ。彼女にグッドポーズをして、周囲の警戒を始める。
アザレア争奪戦が、今始まったのだ。




