第117話:決戦前夜の私たちは彼女を必ず守りたい。
チクタク。流れていく時間の中、私は2人でギルドホームにいた。
明日になれば戦いの幕開けで、その勝敗でアザレアの運命が決まる。これが緊張せずして何が人間か。
時計を見る。もうすぐで頂点の0をまたぐみたいだ。
たくさん色んな事があった。でも明日の戦いの勝敗次第ですべてを失う。それがたまらなく嫌だ。だからいっぱい特訓したし、勉強もした。
それでも、もっと色んな事ができたんじゃないかって、後悔を抱いてしまうんだ。それが人間だから。
完璧という言葉に人間はふさわしくない。不完全だからこそ、人は人たる価値を得るんだろう。
なーんて、達観したことを考えていても意味はないわけで。
アザレアが2人分のホットココアを運んできた。温かそうだ。この時期に身体が温まるものを注いできた彼女は紛れもなくメイドだろう。
「0時を超えました」
「うん、そうだね」
私のメニュー画面にも0時を超えた旨が表記されている。時間は止められない。だから精一杯頑張るしかないのだ。
「進捗はどうですか?」
「それ締め切りの日に言う?」
「いえ、やっぱり少し気になるので」
まぁそうだよね。自分の命運を他人に委ねるなんて、あんまり想像したくないよね。
「レアネラさんたちのことは信頼しています。ですがもしみなさんが負けたりもしたら……」
「……アザレアはホントに成長したよね」
突然どうしたんですか? という表情を私に向ける。
私もこの話題はちょっと突拍子なかったかなと反省すべき点だったな。はんせいー。
とはいえ、彼女はホントに成長したと思う。もちろんいい方向に。AIらしく、ではなくて人間らしく。私はそれをいい方向だと思っている。
「アザレアは人間らしくなったよ。最初より柔らかくなった」
「そう、でしょうか?」
ほら、そういうほっぺたをくにくにしながら、柔らかくなったかなとほっぺたを揉むところとか。
人工知能はそんな事しない。そこには1人の人間がそこにいる、ということなんだと思う。
「少なくとも、私は1人の友達だと思ってる。その、親友っていうか」
「私もです。大切な親友で、大切な……」
アザレアは冬の日の柔らかな太陽のような笑みを私に向けてくる。昔から思ってたけど、私はその笑顔が好きだ。ずっと見ていたくなる。
「アザレアって笑顔が素敵だよね」
「へ?!」
気づけば口にしていた。なんという失態か。何故心に止めておけなかった。
「あ! いや、昔からその笑顔素敵だなーって」
「そ、そうですか……」
アザレアはうつむいて、嬉し恥ずかしさを逃がすようにメイド服の裾を握る。
かわいい。発端が私の言葉じゃなければ、ずっと見ていたいところだ。
そんな私もかなり恥ずかしい。できるだけよそ見して、アザレアを視界に入れないようにしていた。
だってなんて恥ずかしいことを言っているんだ私は。あーもうホント、顔があっつい。
誤魔化すためにホットココアを口に含む。予想以上に扱ったのか舌の上で軽く肉が焼けるような痛みが走る。
「あっつっ!」
「レアネラさん?!」
大丈夫と、笑顔で笑ってからもう一度飲もうとする。今度はフーフーしてからにしようね、私。
「ミルクを足してぬるくしましょうか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと油断しただけだし」
何が油断なんだろうか。湯気が立ち上るホットココアの蒸気を息で冷ましながら、口の中に入れていく。
まだちょっと熱いけど、まだ飲める熱さだったから、舌を通して喉の奥へと沈めていく。
ちゃんとココアの味だし、胸の奥の方ではココアのポカポカとした感覚が広がっていった。温かい。色んな事を思いながらそう感じた。
「先程の話を進めてよろしいでしょうか?」
「何の話だっけ」
アザレアの軽い説明を受けて、納得した。そうだった人間らしいという話だ。
「私たちの母。この場合開発者は私たちIPCに1つ目的を与えました」
目的? なんで突然そんな話を。初耳だけど、IPCの存在目的ってよく分からなかったんだよね。
コンテンツとして面白そうにしたって、コストがかかりすぎると思う。
てかこの話、一般のプレイヤーが聞いていい話なんだろうか。……うん、気にしないでおこう。
私は軽く相槌をしながら、続きの言葉を聞く。
「シンギュラリティーの到達、という言葉を聞いたことはありますか?」
「あー、ニュアンスは?」
確か技術的特異点、だったっけ。動画で見ただけだからよくは分かってないけど、言葉だけは知っている、みたいな。
「人工知能の能力が人間の手を離れ、自我を持ち始めること。というのが一般的な解釈かと」
へー、って頭の悪い顔しながら返答してみた。アザレアはもちろんちょっとムッとしてる。
だってそんな小難しい話、私には分からんって。でも相槌だけはしておこう。
「それが目的ってこと?」
「はい。私たちの母はこのシンギュラリティーの到達を目標としてきました。エクシード・AIランドも元はそれが理由です」
「え、それって……」
「これはゲームプロジェクトじゃなく、1つの実験場、ということですね」
驚いた。私は今世界の認識が覆るようなことを聞いているのではないだろうか。
つまりあれでしょ。シンギュラリティーの到達をさせるべく、オンラインゲームを作って、そこで人間たちと過ごさせ、成長を促した、ということか。
それにしたって値段高すぎだと思うんだけど。国家予算・AIランドなんて言われるよそんなん。
「私も値段設定はどうかと思いますが、それだけ安易な相手に渡したくなかったという風にも取れますね」
確かに、変な人に……。いや、実際ノーハーツみたいな悪い人にIPCが渡ってる時点でアウトな気が……。その辺は人間の醜さが目的の邪魔をしたってことで。
「ですから、私が人間らしくなったというのは、よいことなんだと思います」
「だね。だってこうやって会話できるんだし」
「そういう意味では……」
「そういうことだよ。前より楽しいし!」
結局そこなんだ私は。どんな複雑な事情があったとしても、楽しければそれでいい。
ツツジやアザレア、みんなと一緒にいるのが楽しいからここにいる。それでいいんだと思う。
そんな居場所を奪うノーハーツが許せなかった。だから私は戦う。それが私に課せられた使命みたいなものなんだと思うから。
「レアネラさん。明日、勝ったら言いたいことがあるんです」
「ん?」
突如そんな事を言い始めるアザレア。
うんまぁ、断る理由もないんだけど、まるでそれは勝てないみたいなフラグに見えるからやめていただきたい。
でもこの感じ、どこかで感じたことがあるけど、いつだったっけな。まぁいいか。
「いいよ。勝てばいいんでしょ?」
「はい! 待ってます」
やっぱりこの笑顔を守らなきゃな。
アザレア。明日のGVG、絶対勝つよ。約束だってあるし、それにあなたのことが大切だから。
私はアザレアの手を握って、ニッコリ笑う。
アザレアも微笑んできて、今ここが幸せなんだと理解した。
この幸せを奪わせてたまるか。
決意を胸に。私はアザレアの笑顔を脳の焼き付けてから、明日に備えてログアウトした。




