第113話:ゲームの旅館でも私はミニゲームがしたい。
「それなに?」
「お、聞きたいか? 聞きたいかねレアくぅん!」
うっわ、とても聞く気が失せてきた。
試しにそれをつぶやいてみると、がっくしといった様子でネタが空回りしたツツジが、膝を付いて、地面に手をつく。かわいそうに。私がそうさせたんだけど。
このテレビの前に繋がれた、深い青の半透明なプラスチックの塊の中にはよく分からない基盤やらコードやらが所狭しと張り巡らされている。案外平べったいのか大体マグカップ一個分の高さぐらいかな。そんなに高くない。横の大きさは30センチぐらいだろうか。横幅が結構大きい。
そしてその箱に刺さる灰色の箱が1つ。表面にはなにかのゲームのシールが貼られている。
「うわ懐かしいなぁ。子供の頃見たことあるぞ」
「そうだな。だいたい20年ぐらい前か」
相当レトロな箱みたいだけど、私はそんなものを知らないので頭の上では疑問符が並んでいる。
「ナンテンノー46じゃないか」
「何言ってるの?」
「ナンテンノー46! 46って書いてシロ!」
「白くないけど?!」
年上組が過去を懐かしむように目を細める。アレクさんも咲良さんも楽しそうに思い浮かべているけど、私とノイヤー、アザレアはさっぱりだ。
「ナンテンノー46は20年ぐらい前に発売されたゲーム機器で、当時はポリゴンが新鮮でねぇ……」
「なんか年寄りみたいなことをおっしゃいますのね」
「年ッ?!」
一回りぐらいは私たちより年上だろうけど、それはちょっと酷くないかなノイヤー。
「俺たちはもう若くないんだな」
「そうだね。まだまだ26歳だと思ったけど、フレッシュな10代にはもう勝てないね……」
あ、2人の間に闇が纏っている。2人して指で畳をなぞっている。ノイヤーも口に手を当てて、しまったという顔をしている。とりあえず謝っとこう。ね。
「みんなでスマブラしよって思って借りてきたんだ!」
「大乱闘スマイルブラザーズか」
「なにそれ」
私としてはゲームを知らないので当然の反応なんだけど、全員からマジかこいつ、みたいな顔をされた。な、なんだよぅ、知らなくて悪ぅござんしたねぇ。
「レアネラ、マリアカートは?」
「漫画経由でギリ」
夏の終わり頃にツツジとゲームしたし、それくらい知ってるよ。私をなめるな。
大乱闘スマイルブラザーズとは、みんなは笑顔の兄弟! という謳い文句でマリアカートのマリアを筆頭に、ヨシダッシーやスネ、キャプテン・イーグルなど、様々なゲームのキャラたちが作品の枠組みを超えて、ハチャメチャ大乱闘するというパーティゲームだ。
ナンテンノー46は4人プレイが可能で、一緒の画面を見ながら対戦することができるという素敵仕様だ。
「じゃあ早速やろ! 私が1Pで、レアが2P。アザレアが3Pで4Pはビターかな」
「私もやるんですか?」
「当然だよ。勝ちたくないの?」
「むっ」
いつも半袖だけど、ここぞとばかりに腕まくりをする仕草をして、3Pの席に座るアザレア。日頃からツツジに煽られたり、いたずらされたりしてたら、そりゃ鬱憤もたまるか。本人は気に入らないとか言ってたし、なおさらかな。
私が選んだのはヨシダッシー。別に名字が吉田だからとかじゃないけど、この緑の恐竜がどことなく可愛らしいと思ったから選んだ。キモカワってやつ。
ツツジはレモンコング。なんでもレモンをまるかじりするのが得意なゴリラなんだとか。ゴリラと言えばバナナじゃないのか。
アザレアはマリア。そしてビターはキャプテン・イーグルと、対戦者は出揃ったらしい。ステージを決めて、いざ出陣!
「あ、これ最下位になった人は1位の言う事何でも聞くことー」
その一言で頭の中のスイッチがカチリと鳴る。
なんでもか。なんでもでいいんだな? 勝ってやろうじゃないか。勝って……、何すればいいんだろう。
あれ、特に思いつかないんだけど。
「まずレアを潰す!」
「あ、ちょっと待って! 考え事してるんだってば!」
ヨシダッシーの赤い舌がビローンと長く伸びていくが、それを飛び越えてレモンコングが空中から拳を叩きつけてくる。もちろん当たるのでヨシダッシーは地面に叩きつけられて少し跳ねる。拳を中心に一回転したレモンコングは、着地してからヨシダッシーを振り払うようにして、ステージ外へと飛ばす。
「待って! ちょっと操作確認!」
「ほらメテオ!」
「ギャーーーーー!!!」
おおよそ乙女が出してはいけないような声を出しながら、私の分身ヨシダッシーはレモンコングの足に叩きつけられ、下へと急降下。リングアウトでツツジに1ポイント。よくない。早速この展開はよくない。これじゃあまるで……。
その瞬間、私の隣から嫌な気配を感じ、恐る恐る振り向く。明らかに私を最下位に叩き落として、何かを企む顔を。何か、とても嫌な予感がする。
「アザレア! ビター! 助けて! このままじゃツツジの言いようにされちゃう!」
「言いように」
「される……ッ?!」
アザレアとヴァレストが反応。元々そのつもりだったアザレアはともかく、ヴァレストの反応がかなり気持ち悪かった。画面に集中しているけど、後ろでは相当気持ち悪い声を発している。誰かが後退りする音もしたし、そりゃ見なくても気づくよ。
復帰してきた私に対して、今度はビターのキャプテン・イーグルが突如膝蹴りを打ち込んでくる。ビ、ビターさん? 話が少し違うのでは?
「レアネラ。悲しいが、ここは戦場だ。勝って素材ツアーの旅にでも行ってこい!」
「嫌だー!」
「そうはさせません!」
「そうだよ! レアは私のものだし!」
マリアのパンチが背中から繰り出す。吹き飛ばされたキャプテン・イーグルは続いてレモンコングの追撃に遭い、画面外へと送られてしまう。
「くっっそ! 1位はうちのものだ!」
空中ジャンプとコマンドを入力して、なんとかステージの端に掴まり事なきを得るビター。その間レモンコングとマリアは一対一のバトルが続いていた。
「なんですか、そんなもんですか!」
「見様見真似で私に追いつこうなんて!」
いかんせんパワーはあれど図体はでかいレモンコングを翻弄するように、マリアは着実とダメージを与えていく。意外とアザレアはゲームが上手なのか、ツツジのテクニックに物を言わず、着実に反撃の一手を重ねていった。
だが、そうは私が卸さない。Cスティックを右に倒して、強力なスマイル攻撃の出番だ!
「くらえっ!」
だがどういうことだろう。それを予知したように、背後から迫った一撃は空を切る。虚しい。強烈なしっぽの横振りは目に見えるほどのスキを与える。その瞬間にマリアによる裏切りの一発。手から炎のパンチを繰り出したかと思えば、飛行機雲のように一直線に画面外へと飛んでいって、アザレアに1点。
「裏切ったな、アザレア!」
「私だって。私だって1位になりたいんです!」
「うちを忘れてもらっては困る」
「げっ!」
スキを見せたツツジはキャプテン・イーグルのハイキックによって天高く飛び上がり、これも場外へ。ビターに1点。
そんなわけで、3分間の激闘は続いていった。
絶大なワンパンによって悉くを滅殺するキャプテン・イーグルのイーグルパンチは決まらず。逆にレモンコングのぐるぐるパンチはヒットしたり。マリアがファイアーボールを投げ込んだりしている中、私は何も抵抗できずに死んでいった。
結果として生まれたのは1位が3人の構図と、私だけが最下位という哀れな結末だった。
「はーいじゃあ交代ねー」
「次までに焼きそばパンでも買ってきてもらうか」
「じゃあ3人前で」
「よろしくお願いいたします」
ま、まぁ、貞操の危機は免れたしいいか。ツツジの嫌な顔もスマイルブラザーズを経由して、晴れたと言っても過言ではないのだろう。
ちなみにヴァレストはたいへん気持ち悪い顔で「パシリ陰キャとギャル陽キャもいいな」なんて言ってた。発想はいいと思うけど、私を見て陰キャって言うな。
続く2戦目、3戦目は見れなかったけど、なんとノイヤーが1位を2連続で獲得したという話を聞いて驚いた。伊達に毎日ゲームをやってしませんわ! とか高らかに笑っていたのは、外からでもなんとなく聞こえたので、ホントに嬉しそう、とか思ってた。
「おまたせ。焼きそばパン3人前。特別に特大サイズにしてきたよ」
「私の二の腕ぐらいあるのですが……」
「そこで手に入れたんだよそれ」
途中で抜けてきたアザレアとビターがでかでか焼きそばパンを手にとって一口食べる。特大サイズってわけじゃないけど、ここまで大きいのは最近じゃ珍しいから、嬉しいかなって考えて買ってきたけど、ウケはそこまで悪くはないみたいだ。よかった。
「くぅうううう! ノイヤー強すぎ!」
「おっほっほほほほ! ごめんあそばせ!」
「ぐわー! 俺のキャップがー!」
今ヴァレストのキャプテン・イーグルがノイヤーのマリアによって吹き飛ばされていった。かわいそうに。同情はしないけど。
「まぁ待て。落ち着け。落ち着いて話し合おう。な?」
「戦いに情けなど天地がひっくり返ってもありえませんわーーーー!」
「ゼリーーーーーー!!!」
今度は赤い色のまんまるとしたゼリーというキャラクターが地の底へと吸い込まれていった。
恐ろしい。前に戦ったときは運動神経そんなんじゃなかった覚えあるけど、ゲームだとこれほど生き生きと動くんだ。いや、すご。
「ホントすごいね」
「咲良さんはやらないんですか?」
私? なんて自分を指差しながら言ったので、上から見下ろすようにうん、と口にした。身長的には向こうが下なので、自然と見下ろす形になってしまうのは申し訳なさはある。
「私は無理なの、事ゲーム全般は」
「そうなのですか? 咲良さんならすごく大立ち回りできそうなのですが」
「うちからもそう見える」
敗北者2人の同意を得たので、そのまま咲良さんの秘密を暴く方向に進む。
といっても、話の流れから大して秘密にしてないということは分かっている。
「昔知り合いに言われたの、VRセンスは天才級だけど、ゲームはダメダメだねって」
「それってどういう?」
「指先を使うコントローラー系ゲームってホントダメなの私。うまくコントローラーを使い切れないっていうか、使うの難しいんだよねぇ」
えへへと、首元に手を当てながら困ったように笑う咲良さんを見て、なんか少しだけ安心してしまった。
ゲーム全般がすごいのかと思いきや、そうではなく単純にVRセンスが凄まじいだけで、指先で操作するタイプのごちゃごちゃしているタイプが苦手なのは、なんとなく分かってしまった。
「そんなわけで私は見てるだけでいいの」
「まぁ、そうなるよね」
でもそんな中でなんとなく「この人にコントローラーを握らせてマリカさせたい」という気持ちが生まれたわけで。
いつかそんな機会があるといいなぁ……。




