第111話:絆深める私たちは温泉に入りたい。
「温泉に行こう!」
「え?」「はい?」
そんな返事をしたのは多分同じタイミングだっただろう。別々の返事でもハモったから間違いない。
そりゃそうだ。だって特訓の最中に咲良さんがそんなことを突然言い始めたのだ。ヴァレストでさえも宇宙猫のようにポカーンとした、状況の把握できない顔をしている。
「ノーハーツ戦まであと1週間じゃない」
「うん、そうだけど」
「でもね、私は新参者だからみんなと絆を深めたいの」
言わんとしていることは分かる。咲良さんが参戦してきたのはおおよそ2週間ぐらい前。それまではログインすらマチマチだったという。
ビターとヴァレストは知り合いだったらしく、軽く返事はしていたけど、ノイヤーには一切話が通っていなかったらしく、知った瞬間、
「どうしてわたくしに話を通さなかったのですか! あのラストサムライの勇姿をこの目で見れるんですもの! こんなところで作戦会議なんてしている場合じゃありませんわ!」
と、仕事を投げ出そうとしたので、ビターが必死に止めたのはいい思い出だ。
ノイヤーはサムライにとても興味津々みたいだ。前に和風のゲームをプレイしたことがあることから、恐らく外国の誤ったサムライの知識が植え付けられていることだろう。あと、多分忍者とかにも憧れてると思う。
そんなわけでノイヤーは咲良さんに会ったら握手してサインも欲しいとのことだった。ということはどうでもいいんだ、重要なことじゃない。
問題は突然温泉なんて言い始めたことだ。
「でも、なんで温泉?」
「ほら、仲を深めるなら裸の付き合いって言うでしょ?」
「はだか……?」
瞬間。天命を受けたかのようにツツジの身体に衝撃が走った。ように見えた。絶対ろくでもないこと考えてる。私には分かる、この顔はスケベなことを考えてる顔だ。センシティブ機能を叩きつけてやろうか。
「行こう! レア!」
「え、やだ」
「咲良の気持ちを無下にするつもりなの?!」
どっちかというと自分の気持ちを無駄にしたくないだけでは?
「ですが、このゲームの温泉って……」
「ツツジちゃんもそう言っていることだし、早く支度しよっか!」
「おー!」
ま、まぁ。特訓が早めに終わったことだけは救いか。
ツツジもノリノリだし、特訓のことなんてもう覚えていないことだろう。私は小さくガッツポーズすることにした。よっしゃ。
「それ、バレバレだぞ」
「ヴァレスト、何見てるのさ」
バレていたそうだ。
「しかしみんなで温泉か。……そうか、そうか」
「……変なこと考えてない?」
「いやぁ別に。百合百合ハッピーパニックに俺は期待しているだけだが」
「聞いた私がバカだった」
最近、ヴァレストの考えていることがなんとなく分かってきた。この人、中途半端に顔はいいのに、脳みその中は女の子同士がイチャつくことばかり考えているから、ホントに気持ち悪いと思う。せめて口にだけは出さないでほしい。
◇
そんなこんなでやってきたのは温泉地で有名な「イザワ」というエリア。
そこまではビターのアトリエ移動を使ってやってきた。ホントに便利なスキルだな、これ。一度行ったところじゃないと使えないらしいけど、ワープができる事自体すごいと思う。私じゃ何年かかっても使えないスキルだろうな。
ビターが買っていた空き家からドアを開けて外に出ると、鼻を刺激するのは硫黄の香り。温泉地特有の、岩が溶けて黄色く変色したそれの香りはやっぱりいつ吸っても、いい気持ちになる。
「これが『イザワ』ですのね!」
「はしゃぐなよ、子供じゃあるまいし」
「わたくしより小さいおこちゃまが、何か言ってますわね」
「温泉地ではしゃぐ方が子供……」
「どうかしましたの?」
答えに詰まったビターが指を差す先。ノイヤーが目線を向けた先には、子供のように店を転々とするツツジと、カメラを構えて写真を撮りまくる咲良さん。そして親のように頭を抱えて「危ないぞ」と声をかけるアレクさんの姿だった。
「お前はあんな子供オトナになるんじゃないぞ」
「なっ! わたくしは大人ですわ!」
「これは……。いいな」
「何がですの?!」
多分その絡みがヴァレストにとってはご褒美だったのだろう。よく分かってないけど、これも彼の守備範囲内らしい。
呆れながらその様子を見ていると、私の袖を引っ張って、お土産屋のとある装備を指差して輝くように青いメイド、アザレアは言った。
「あの! あれは木刀ですよね!」
「あ、うん。そうだけど」
「すごいです。生で売ってるところを初めて見ました!」
そ、そっか。お土産屋だったらどこにでも売ってるし、確かアレクさんのお店でも売っていたような……。いや、あそこには柄の部分に『イザワ』とは書いてなかったか。だってアザレアが興奮してる部分、そこなんだもん。
「イザワ木刀ですね! すみません、これくださ……。これは、何かよく分からないですが、かっこいい金色に輝く剣のキーホルダー!」
あぁ、あれよく分からないけど、どこにでも売ってるし男の子なら誰でも買ったことがあるって当時の知り合いから聞いたっけ。
ヴァレストにそうなの? って聞いてみたら、彼は頭を抱えて「イエス」と答えた。どうやら何か黒歴史があるようだ、深くは追求しないでおこう。
私たちはそれからなんとか暴走するみんなを捕らえて、当初予定してた旅館にたどり着くことができた。
先程の興奮が嘘のように冷静になったツツジが真顔でずっとこっちを見ているのを除けば、まぁ楽しみな光景なことには間違いない。
そっか、でも温泉あったんだ。あれ、でもアザレアをシャワーに行かせた時、洗面所から進入禁止になってたし、そういうことに厳しいゲームじゃなかったっけ?
私の中でこの温泉に対する疑念が深まっていく。がっかりイベントか、もしくは嫌な予感か。怖いな、温泉入りたくなくなって……。
「よしじゃあ早速温泉に行こう! さぁレア脱衣場に行こうかさぁさぁさぁ!」
「ツツジ、怖い!」
強引に連れて行こうとする壊れたツツジを止めるべく、私と彼女の間に立ってアザレアが止めに入った。
「そうです! 興奮する気持ちは分かりますが、ここは落ち着いて……」
「アザレア! ちょっとこっち来て!」
そう言って、ツツジはアザレアの方を掴んで、壁の隅の方に彼女を連れて行った。何をする気なんだ。いや、何が起きるんだ。
「うちらは先に行っているよ。ではな、アレク、ヴァレスト」
「覗かないことですわね!」
「覗かねぇよ! 覗いたら最後、垢BANだ!」
「その前に私が細切れにすると思う」
咲良さんの最後の不穏なセリフは置いておいて、残るみんなは各々が大浴場へと消えていった。
まぁ、勝手にツツジとアザレアを置いていくのもな。と思って待っていたら、ツツジが非常にゲッソリとした顔で戻ってきた。え、何が起こったの。
「レア、温泉行こっか」
「その、今までのテンションはどこへ?」
「レアネラさん、行けば分かります」
はぁ。よく分からないけど、2人を連れて女湯に行くことにしよう。
頭の上で疑問符がめちゃくちゃ連なっているけど、どういうことなんだろう。
私たちは女と書かれたのれんを超えて、脱衣所でウィンドウにボタンを押す。全年齢版となりますがよろしいですか? と表記されたウィンドウだけど、当然でしょと思いながら、OKボタンを押した。ツツジは大変絶望した表情でこっちを見ている。
ガラガラーと大浴場への扉を開けて、普段と変わらないそのままの姿で私たちを出迎えるビターノイヤー咲良さん。そして私たち。
……ん? 普段と変わらない?
周りを見渡しても、みんなタオルだけ、とか全裸、とかじゃなくて、服を着ている?! 服を着たまま、お風呂に入っている?!
「レア、これが現実だよ」
「ど、どういうこと?」
「全年齢対象のこのゲームは温泉では服を着たままお風呂に入るのです。センシティブ機能対策として」
「あー」
妙に合点がいった。なるほど、確かにアザレアのときもそれで咎められたし、そういうところしっかりしてるんだね。
ちなみにスカートの中とかも、私は見たことないけど、中身は真っ黒らしい。これもセンシティブ対策。うるさいところはうるさいんだろうなぁ。
「効能は美容に健康、などはありませんが、一定時間のバフ効果やドロップアップなど様々です」
「へ、へー」
「こうなったら精一杯楽しんでやる! レア、行くよ!」
強引に腕を引っ張られて、湯船にダイブする。あぁ、お客様! いけませんお客様! 湯船にダイブするのは子供でもやらないと思いますよお客様!
「はしたないですわね。もう少し礼儀を嗜まれたらいかが?」
「うるさい! そんな奴にはこうだ!」
両手で水鉄砲を作って、ノイヤーに向かって水流を額に叩き込む。服を着たままでも濡れはするらしく、髪の毛がピッタリとくっつく顔を震わせながら、ノイヤーは両手を水面に突っ込んだ。
「お返しですわ!」
バシャーンと大きな水しぶきがツツジに襲いかかる。間一髪で避けたツツジの先には咲良さんがいて、頭から水をかぶるようにノイヤーの攻撃の直撃を受けた。
「あ、す、すみません!」
「えい!」
お返しと言わんばかりに、ノイヤーに向かって身長以上はあるであろう水しぶきをかける。もうこの辺になってくるとみんなびしょびしょである。
「おい、キミらっ! ぶへっ!」
「皆さん! これでは他のお客様に……びひゃぁ!」
「っぷ! やったなー!」
海ならともかく、温泉でやることではないと思う。でも周りのお客さんみんながノッてきたので、最終的にはチーム対抗の水かけ合戦になった。
めっちゃ楽しかったけど、この後NPCにめちゃくちゃ怒られました。ごめんなさい。




