幕間6:踊り子のあたしはそれを否定できない。
ちょっとした幕間。割とシリアスです。
「ティアと熊野の力が必要なの!」
あたしの友達兼同じく女の子を好き仲間として。
そしてきっとアザレアちゃんを救うために協力して欲しいという心からのお願い。
それは痛いほど伝わってきた。救う相手は恋のライバルなのに、それでも自分の中では親友と思ってるからこそ、言えるような、そんな必死な思い。
あたしはツツジちゃんから【グロー・フラワーズ】に協力してほしい。と頼まれた。
理由は単純だろう。新メンバーが入ったとしても人数はたかだか7人。たとえ戦力にならなかったとしても、人手は多いことに越したことはない。
普段のあたしなら快く許可を出したことだろう。くまちゃんも大丈夫! とか言って笑いながら。でも今のあたしたちの状況は少しだけこじれていた。
「どうしましょう。【ハーツキングダム】からお誘いが来ました……」
数日前に聞かされたその内容に驚かされたばかりだったのだ。
【ハーツキングダム】といえば、ノーハーツがギルドマスターを務める大規模ギルドで、相当数がギルドに所属しているらしい。トッププレイヤーも多く、ギルドと言えばあそこ、みたいなイメージが強く持たれている。
別の意味で有名なのだとすれば、ブラックギルドだとかいう話も聞いたことがある。実際に話を聞いたことはないけど、SNSにあそこはやばい、絶対に入るなと警告をする人がいるとのことだ。
今回の件は臨時メンバーとしての加入。何故あたしたちが、と聞かれるとアザレアちゃんを説得するためだそうだ。
理由が分からない。今回のGVGはフラッグの防衛戦だから、別に説得する理由もなにもないはずなのに。
くまちゃんもそれを考えたらしく質問してみたらしいんだけど、返答は事後処理のためらしい。絶対嫌がるだろうから、それを説得してほしいとのことだった。
彼女は激しく悩んでいた。仮にも交流のある人を騙すようなことをして、ノーハーツに加担するか否かを。
「ティアさん。どちらが、正しいのでしょうか?」
あたしからは口をだすことはできない。
恐らく、いや十中八九。ノーハーツにはなにか裏があると踏んでいる。調べても出てくる噂はかなり黒いものが多い。だからあたしとしてはくまちゃんをそんな場所に送り届ける理由はない。
だけどアザレアちゃんの件もあたしはよく分かっていない。
アザレアちゃんの様子を見ていたら、無理やりさらわれて洗脳されているという線は薄いだろう。あのレアネラちゃんがそんな事をできる人間には思えないから。
あの子は、心の底からゲームを楽しんでいる。そんな人間が果たして人を騙すようなことをするだろうか。
でも人は見かけによらないとも言う。もしかしたら【グロー・フラワーズ】が悪で、【ハーツキングダム】が正義かもしれない。あたしには判断するには情報が足りなさすぎる。
【ハーツキングダム】が出した刻限は明日。それまでに決めなくちゃいけないんだけど……。
「私は、アザレアさんが【ハーツキングダム】に行くべきだと思います」
「……どうして?」
「そもそもアザレアさんが招いた種です。正しき主の下に行って、自分の意見を伝えれば、それで解決することじゃないですか」
それは、違うと思う。
あたしはアザレアちゃんもノーハーツのことも分からないけど、あの男からは嫌な匂いがする。とてつもなく悪いことをしているような、何か嘘を隠しているような、そんな匂いが。
だからアザレアちゃんがあの人のもとに行けば、恐らくそれで終わりだ。自分の意見を言うこともできずに、ただ何かをされる。だからくまちゃんの意見には賛同したくない。
だけどそれは1人の大人としての意見だ。恋するあたしとしての意見じゃない。
あたしは、くまちゃんに嫌われたくない。何か強い言葉を使って、もしくは否定的な言葉を使って、くまちゃんに嫌われたくない。
どちらが正しいかなんて明白だ。あたしにも分からないことばかりだけど、雰囲気だけで察するなら、ほとんど分かっていた。
でも、ここでくまちゃんを否定すれば、その後に遺恨が残るんじゃないだろうか。そんな事ばかり考えてしまう。
あたしは一方的にくまちゃんのことが好きだ。それは1人の恋する女として。
あたしは彼女を導いてあげたい。それは1人の大人として。
だけど、あたしにできることは何があるだろう。大人として情けない自分として、年上としてあたしにできることなんて、本当にあるんだろうか。
くまちゃんに好かれたい。くまちゃんを導きたい。似ているようで違う分かれ道であたしは彷徨っている。この20にも満たない彼女にかけてあげられる言葉はあるのだろうか。
怒りたくない。否定したくない。それがくまちゃんからの嫌いにつながるかもしれないから。
あたしは、どうすればいいんだろう。
「ティアさん?」
「ん? どうしたの?」
「いえ。何かとてつもなく思い悩んだ顔をしていたので」
そんな顔をしていただろうか。鏡を取り出してみる。
酷い顔だった。何かに怯えた表情。不安をばらまいたような顔は心配されるのに十分な面構えだ。
「ご、ごめんなさいね。あたしも考え事があったから」
「そうなのですか? すみません、私のことばかり言ってしまって」
「いいのよ。あたしの方がお姉さんなんだから!」
腕を捲くって、二の腕に手を添えながら、任せなさいのポーズを取ってみる。案の定このネタが分かってないらしく、頭の上にはてなのエフェクトが表示されている。ふふ、かわいらしい。
「あの。力になれるかは分かりませんが、私がその考え事を……」
「いいのよ。心配してくれるだけで十分だから」
そう、あなたに想われているだけで、あたしは十分なんだ。十分なはずなんだ。
前のときもそうだ。あたしは想われているだけで十分だと思っていた。
なのにそれ以上踏み込もうとして、裏目に出た結果、告白してこっぴどく振られて。
もうあの時のような気持ちになりたくない。なりたくないから、あたしは彼女のご機嫌を伺わなきゃいけない。
その栗色の頭を撫でて、様子をうかがってみる。
「なんですかぁ!」なんてキリッとした声を出しながら、それでも少しだけくすぐったいのか、甘い声が少しだけ漏れている。
行動に移さなきゃいけない。でもあたしにはそんな勇気は、ない。
だから現状維持に甘える。だから彼女のやりたいことをやらせる。
「あたしもついていくわ。くまちゃんは1人じゃ心配だからね」
心配なのはそんなことじゃなくて。
あたしは本当に情けないな。強く言えない自分に呆れてものも言えない。
だけど、くまちゃんがそれを望むなら。あたしは彼女のやりたいようにやらせる。それがたとえ、悪に染まる道だとしても。
踏み出したら後悔すると分かっているから、それ以上踏み込まない。踏み込めない。
悪い意味で失恋を引きずっている尽くす女、ティアです。




