第109話:疑問抱く私はサムライと決闘したい。
「……てか、どうするのさ。ツツジが勝ったら」
「えっと、そのときはちゃんと難癖つけて入れるし」
私が負けるとはこれっぽっちも考えてないけど、だからってこのまま新入団員を逃す手はない。最後は強引な手段を使ってでも咲良を入れるつもりだけど……。
場所はギルドホームの裏にある森。ここなら誰にも見られないし、思いっきり戦ってもなんとでもなる広さを有している。
ちょっと木々は多いけど、開けた中央部では私とレアが特訓している場所もあるし、メインステージはそこになると思う。
私は手足をブラブラさせてストレッチをしている。咲良も同様にアキレス腱を伸ばしたり、腕を伸ばしたりしている。
ちなみにこの行動にはまったく意味がない。所詮はVR。肉体がない身体に肉離れとか筋肉痛とかは起きないのだ。
あくまで集中するための手段の1つ。ゾーンに突入するためにはそれ相応の準備が必要だ。このストレッチはその一環。意味はないにしろ、集中するためには意味がある、といった方がいいのかな。
咲良は目の前の約10メートル先にいる。
日本刀を腰から引き抜き、握り方を確かめているようだ。
これは後で聞く話なんだけど、アレクこの復帰のために前々から刀を密かに作っていたそうだ。どれだけ愛が溢れているんだか。レアもそのくらい私を愛してくれたらな、とふと考えてしまう。いけない、今は決闘の真ん前だ。
決闘用ウィンドウを開き、ある程度の設定と操作を行う。
内容はシングルマッチ。レベル差調整とアイテム使用禁止。妨害も禁止、という設定。私がいつも行うような、本人の実力だけが表れる戦い。私はそれを望んでいる。
ウィンドウを咲良に受け渡しすると、OKボタンを押して承諾した。よし、こっちも承諾して、っと。
何もなかった私と咲良の間に決闘開始エフェクトが表示される。カウントは10。さて、どうやってリベンジマッチするか。まず左右から攻めて、スキを見て足を崩し、首元をさっくりと行こう。後は臨機応変に対応するしかない。
カウントが3から、2から、1から。
私はすーっと息を吸って、肺の中を新鮮な決闘の空気で満たす。戦いの空気はいつも緊張感があるけど、今日は特別鋭い。相手に見えないような角度でにやりと笑い、カウントが0となった。
「《超加速》!」
先手必勝! 自身を超加速状態にし、ジグザグに移動する。超加速中ならこの移動方法はまさに影分身。まずは視界を乱して、相手に斬り込む。
「まるでゴエモンみたいな動き方だが、咲良はひと味もふた味も違うぞ」
「それってどういう……」
直前で右によってから左に移動して、まずは腕を斬り裂く、予定だった。
それまで微動だにしなかった咲良の動きが急に良くなると、左からの一撃を刀で防ぐ。だがそれは予想通り。何度か斬り込んでから、油断したスキに後ろに回り込んで首元を斬り裂いてみせる。
超加速状態に短刀の動きに、彼女は一切無駄なく防御を続ける。それも最低限の動き。どこを見て、どう力を分散させればいいか、それが理解しているような、そんなサムライの動き方。だけど、完全には慣れてないはず。目が慣れる前に動く!
4,5度首を狙って斬り込んだ後、最後の超加速状態の数秒で後ろに回り込む。そして残り一秒でむき出しとなった首元を、斬り裂いてゲームセット! のはずだった。
「なっ?!」
彼女は後ろに目がついているのかと思うレベルで、瞬時にしゃがみ込むとスキル名を密かに宣言する。
「《体の型 鞘返し》」
下から伸びてくる何かを私は超加速の勢いのまま避けきれずに腹部にクリーンヒットする。幸い小ダメージだったおかげか、大したダメージは入らなかった。
だがそのスタン性能はすごいのか、はたまた超加速状態の勢いがダメージにヒットしたのか、お腹から衝撃が伝わってきて、一時的に行動不能状態になる。それでも1秒程度だったけど、彼女にはそれで十分だった。
「《一の型 燕返し》」
右足を軸として、斬り込まれた居合の一撃は私の身体に斬撃の刃を刻みつける。
『《そらし》が発動しました』
だけどただではやられない。行動不能状態の時に発動するように《そらし》を設定しておいた甲斐があった。
重力の糸に引っ張られるように私の身体は強引に後ろへ移動させられる。おかげで致命傷は防げたが、剣先は私を捉えていたのだろう。ダメージが入っている。
「そっか、《そらし》を行動不能状態に陥った際に発動する設定にしたみたいだね。これは厄介だ」
厄介なのはそっちでしょうが。なんで超加速状態のフェイントに引っかからないの。心の中で悪態をついておく。
彼女は血を払うように地面に向かって刀を振り下ろしてから、再度構え直す。
超加速の効果時間はとっくに切れていて、リキャストにはちょっと時間がかかりそうだ。恐らくこの試合ではもう使えない。なら次の手だ。《剣の舞》で攻撃力上昇からの《無中のカウンター》。これで決着をつけるしかない。
私の攻撃力はたかが知れているけど、この《剣の舞》と《無中のカウンター》で最大6倍にまで攻撃力が到達する。《朧影》も使って、なんとか攻撃ではなく、カウンターに集中するようにしよう。
スキル《朧影》を使用して、相手からの一撃を待つ。この瞬間の緊張感がたまらない。勝ち負けだけが私たちを決定づける。なら私は今度こそ勝者になる。勝って、レアに褒めてもらうんだ。
「じゃあ、こっちから行くよ。《体の型 縮地》」
スキルを唱えた瞬間、彼女と私の距離が一気に縮まる。なら続いてやってくるのは、下から上への切り払い。予想通り払われた刀を右に避ける。続く上からの斬撃も後ろにそらして避ける。
ギリギリの攻防。それ以降も何度も何度も避けていく。20回目の斬り込みを終えた後、咲良の刀が突きのように地面と水平に整えられる。ただの突きじゃない、何か来る。
「《ニの型 凪突き》」
無数もの突きの連続攻撃が繰り出される。練度が高いのか一度に複数見えるけど、そのすべてを私は避けきる。これなら《連槍》と対して変わらない。スキルを唱えた後、プレイヤーは必ずスキが生じる。130%まで膨れ上がった《無中のカウンター》の倍率は約2.6倍。この威力、その身に刻め!
スキル終了後の僅かな硬直を狙って、腕を掴み取り、そのまま懐に潜り込んで《無中のカウンター》を繰り出す。脇腹に入った確かな感触とともに斬り裂き、勢いのまま背後に回り込む。
「っ!」
「これでっ!」
続いて斬り裂いた刃を背中に突き立てるべく、裏拳にも似た鋭い一撃を繰り出す。
これもやはり後ろに目がついているのかと錯覚するような精度で、後ろに回した刀が凶刃を防ぐ。私はこれ以上攻め入れないと、一歩距離をとって続く一撃に連撃に備える。
強い。戦えば戦うごとに感覚が鋭くなっている気がする。この人、ホントにこの前までエクシード・AIランドに潜ってなかったってマジ? 私には歴戦のサムライにしか見えないんですけど。
「楽しいね、やっぱ」
「私は厄介この上ないんだけど」
注意はしているけど、一撃を貰ってしまえばそのまま畳み込まれてしまうような恐怖がこの人にはある。だから《朧影》も使ったけど、これが発動しても嫌な予感が変わりない気がする。むしろそのままゲームセットまでありえる。そのぐらいの恐怖だ。
「私さ。さっきあなたのことどっかで見たことがあるって言ったでしょ?」
咲良がそんな事を突然つぶやき始める。集中を切らさない程度に、応戦してあげよう。
「まさか。私最近始めたんだよ?」
「ゴエモンって知ってる?」
「っ!」
わずかに動揺が刃を震わせる。なんで気づいた。どうして。確かにゴエモンのときから戦い方は変えてないけど、それでも体格とかの関係とか、補正とかでバレないと思ってたんだけど。
「立派なスピードアタッカーだったよ。刀は避けていくし、スキあらば懐に潜り込んで1発入れてくるし、ホント厄介」
「ふーん、そうだったんだ」
「でも私が勝ったの。なんでか分かる?」
これで咲良とは2戦目だけど、それだけでも戦っていれば流石に分かる。
「答えは恐ろしいほどの勘の鋭さ」
咲良の強さは異質なまでの勘の鋭さにあると思っている。状況把握とか、空間把握力とか、そういうのに近いんだろう。でもその勘は恐らく未来予知の領域まで片足を踏み込んでいると思う。
聞いたことがある。ラストサムライの咲良にはもう一つの異名があると。
【夢想の太刀】。自身の称号と合わせた絶対無敵の太刀。どれだけ経験や努力を積んでもその太刀の前では無力に等しいと。
本人がランキングに興味がなかっただけで、恐らくエクシード・AIランド中、最も強力なプレイヤーの1人と言っても過言ではないだろう。
だから私は興奮しているし、恐怖もしている。そんな相手と対面で戦うことができる興奮。負けるかもしれないという恐怖。暗に負けると言っているかもしれない。
でも私は絶対勝つ。レアに褒められたい欲求は誰にも止められない。
「話はここまでにしよっか。じゃ、後半戦スタートだ」
咲良は直感だけでツツジとゴエモンの関係性に気づいてたり。
分かってたとしても、言わないのが彼女なのですが。




