第102話:疑問残る私は姉に聞いてみたい。
――あまりにもおかしい。
そう思ったのは私たち全員でノーハーツのスキルを確認していたときだった。
その数は100個を超える、彼のスキルはまさしく宝物庫のようなものに近いだろう。なんでも取り出せて、自由に使用することができる、まさしく理想の形。
掲示板の民の話ではとある時期を境に負け知らずという噂まである。
それが本当なら、スキルの攻撃速度や発動場所を覚えている私ですら知らないスキルがある可能性がある。
だからこそ気になった。そのヴァレストのボソボソとつぶやくスキル宣言に。
堂々たる態度をしていれば気にならないが、使用した4つのスキルの内2つは宣言したにも関わらず、残りは何故か聞き取れない音量でつぶやいたことになる。
そこが気になった。私の中で宝物庫のようなスキル幅と、対照的に自信なさげにつぶやくスキル宣言に矛盾があると感じた。いや、なにか関係性があると言ったほうがいいだろうか。
たどり着いた私の仮説。掲示板の民が冗談みたいにつぶやいていたことが、本当のことなら、恐らく今の私たちじゃ勝てない。だから私はちょっと盤外手段で攻略することを決めた。
私はゲームからログアウトした後に、時間を確認する。あの激動の出来事のせいで、どうやら深夜1時を超えてしまったみたい。明日も学校なのに。そう考えながら、私は部屋を出て1階のリビングスペースにやってくる。
ソファーとテーブルとテレビと、あと謎の観葉植物。他にも色々あるけど、目立ったものはそれだけ。玄関にはまだ靴がなかったし、きっとまだ帰ってきてないんだろう。私も社会人になったらこんなことになると思ったら嫌な予感で汗いっぱいだ。
ちょっと寒気を感じるリビングで1人待つのは嫌なので、キッチンからホットミルクを作ろうと思う。いってもレンジでチンだから、大した工程はないんだけど。
ズズズッと温かな牛乳を口に入れると、優しい味わいが口いっぱいに広がる。思わず、ホッと一息漏れてしまう。その後には白い息が空中に溶けていった。
もうそんな時期か。1ヶ月後はだいたい12月だし、そろそろクリスマスの準備とかもしたいなぁ。プレゼントは何が良いだろう。お茶っ葉とか、缶に入ったお菓子とか。意外とカイロとかでもいいかも。あの子貧乏暮らしだから、冬とかどうするのかなー。なんて。
この件が終わったら、クリスマスデートに誘うのもいい。もちろん邪魔されないようにリアルで。
私たちのクリスマスを邪魔させないように、不安の種は排除していかないと。
心の中で決意を固めていると、玄関の方からガチャリとドアを開ける音が聞こえた。帰ってきた。ホットミルクの入ったマグカップをテーブルに置いて、その人を待っていたと言わんばかりに出迎える。
「おかえり、お姉ちゃん」
「んー。あー、ツツジちゃんじゃないですか、こんな時間にめずらし」
細くてしなやかに伸びる青い髪はボサボサと手入れされてなく、申し訳程度にローポニーテールでまとめている。色白できめ細かくて、憧れていた肌も今はヴァンパイアみたいに青白くて、ちゃんと生きているのか心配そうになる。
そのくせ出るところは主張しすぎない程度に出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる理想体型。身長は私よりも低いから若干幼い印象に見える。
まともに手入れしたらちゃんと男にモテそうなのに、仕事一直線で周りのことを見ていない彼女は私の姉。石原サツキその人である。
そして今にも倒れてしまいそうなほどボロボロだ。
「ちゃんとご飯食べたの?」
「パン1つ。生きていけるから大丈夫ですよ」
「ダメだってば! お母さんが作り置き作ったんだから食べて」
「んー。でも明日も仕事だし」
「食べないと寝かせない」
「ひどいー。分かりました、食べますよ……」
あくびで一つ大きな口を開けて、空気を取り込む。本当に眠そう。私も今眠いけど、聞かなきゃ始まんないし。
私は作り置きをレンチンしている間に、今日の出来事をお姉ちゃんに話す。
「お姉ちゃんさ、ノーハーツって知ってる?」
「あー、あれでしょ。今日全プレイヤーに配信してたプレイヤー」
「私たちあれに喧嘩吹っかけられてさ。どうしようって」
「開発者風情に言わないでください。基本無干渉が普通なんですから」
お姉ちゃんは『エクシード・AIランド』の開発者であり、私にだけこっそり教えてくれたけど、人工知能AI「IPC」の作成に携わった、らしい。その辺は守秘義務ってことでぼかしてたけど、結構やばいこと言ってる自覚あるのかな、お姉ちゃん。
あの時酷く酔ってたからなぁ。ホント、私以外に聞いてなくてよかった。
ゲーム会社の情報漏えいってかなりやばいらしくて、一度SNSに情報を上がろうものなら、規模によるけど莫大な額の金額を支払わなきゃいけないし、基本訴えられたら勝てないらしい。
バレなきゃいいとは言っても、ネットに流れた時点で速攻でバレるらしいから、言わぬが吉だよね。
「実は、アザレアが関わっててさ」
「……へー。ツツジちゃん、アザレアちゃんと関わってたんですね」
「すっごく嫌だったけど。だって私似だし」
「実際は私がモチーフなんですけどね」
「お姉ちゃん、黙って整えれば美人なのに残念だよね」
アザレアの見た目は、私に似ているから私がモデル、というわけではない。
実際は姉がモチーフになっており、その姉に似ているのが私、というだけ。だから実際にゲーム内で相手しているのは、見た目がしっかりしていて、真面目でレアのことが大好きなお姉ちゃん、というわけだ。身内の犯行なのである。
理由もちらっと聞いたことがある。モデル班の人が『見た目だけはいい』お姉ちゃんをモデルに作成したかったからだという。
自分の見た目に無頓着なのはいいけど、それで妹が少し迷惑な扱いを受けているのだけは、知っておいてほしい。
「あの子からは色んなデータが入ってきて、助かりました」
「でも、ノーハーツに賭けの対象にされた」
「まー、私も見てたから知ってますけど、何か問題があったりするんですか?」
「あるよ。だからお姉ちゃんに頼ろうとしてる」
眠そうなまぶたを一度閉じて、ため息をつく。
「私は何もしない。そう言いましたよ」
「例え相手が『チーター』だったとしても?」
「…………聞きましょうか」
私の確信は、恐らく彼がチートを使用して、意図的にデータを書き換えて不正している『チーター』の可能性だ。明らかに量の多いスキル。ボソボソとしたスキル宣言。そしてスキル無効スキル。この3つが揃えば、嫌でもそんな冗談を口にしてしまうわけで。
「そこまで分かっていましたか」
「お姉ちゃんも追ってるんでしょ、ノーハーツのこと。ならアカウントBANぐらいしても」
「それができれば苦労はしないんですよー」
天を仰いで、お姉ちゃんはまた一つため息を大げさに口にする。疲れが溜まっていそうなその息は、これ以上面倒事を増やすなと言っているようにも見えた。
「なんでBANできないの?」
「技術的なことはともかく確固たる状況がないんです。現行犯でもしない限り、それができなくて」
お姉ちゃんが言うには、彼は何かしらのカモフラージュをしてチートを使用しているらしい。それもとびっきりに硬いプロテクトで、開発者を総動員してもウォールを打ち破れずにいるとのことだ。
だけどチート使用時にそのプロテクトがやや緩くなるという結論も出ていた。その辺はログで知ったらしいから、後はチート使用中にプロテクトを破れれば現行犯ってことでアカウントBANもチートの無力化もできるとのこと。つまり証拠が必要なのだ。
「なら丁度いいんじゃない。利用しちゃえばいいじゃん、GVG」
「……そーいうことですね」
温まった少量のご飯をお姉ちゃんの目の前に差し出すと、箸を持っていただきますと手を合わせる。白米を一摘みしながら、お姉ちゃんは私のことを見る。
「引き出せるなら最低3つのデータがほしいです」
「3つ?」
「戦闘データです。それだけあればしっぽを掴んでGVG中にBANはできるでしょう」
「BAN……。いや、無効化だけでいいや」
何故? という顔で口の中でもぐもぐするお姉ちゃん。ちょっと可愛いけど、行儀が悪いから食べながら喋らないでほしい。
「だって、そうしたら決着が曖昧になるし」
「ツツジちゃんらしいっていうか……。分かりました。今度ギルドメンバーのUIDをください。GVGのときに中心的に見るので」
「分かった。頼ってよかったよ、お姉ちゃん!」
「んー……。すぅ…………」
「あれ、寝た?」
う、嘘でしょ。食べながら寝るなんてします普通?
こんなところで寝たら風邪引いちゃうし。うぅ、仕方ない。部屋まで背負うしかないか。
なんとか取り付けた約束の代償は、ちょっとした肉体労働でした。
ついにツツジの姉、サツキが登場です。
と言っても恐らく次の出番はもうちょっとあとになると思いますが。
本編に書いてある通り、アザレアのモデルはサツキ本人です。
それをみんなはたまたま似ていたツツジと思い込んでいた、という話です。
過去の話でもアザレアが姉らしく、ツツジが妹らしいという話もしていたり……?
この話は最後まで引っ張るつもりでしたけど、その理由もないのと、
そもそもこれをツツジが言わなければ、レアネラは知らないままなので。




