第100話:今の私は主人への敵意が止まらない。
掲示板ネタあり。苦手な方は注意です。
「落ち着いた?」
「はい、なんとか……」
ひとしきり後悔し終わった彼女は、ゆっくりと私の元を離れていく。暖かな感覚はもう胸元にはなくて、ちょっとだけ冬の到来を感じるぐらいには寒かった。
ツツジもその光景に文句はないみたいだったけど、妙に私のことを睨んでいた気がするけど、多分気のせいだろう。じゃないと私が彼女を裏切ったいみたいなことになってしまいかねない。裏切るも何も、私は特に悪いことをした覚えは……ありました。
「レアの浮気者」
「なんでそうなるのさ」
「だって私の好意を無駄にしてさ。私悲しいよ」
「めんどくさ」
「流石にそのムーブは面倒くさいですわね」
「さすがの俺もちょっと引いたけど、いいネタになりそうだ」
ヴァレストがメモ用紙に私たちのことを記載しているようだ。ちょっと著作権も気にしたほうがいいと思うの。どっちかと言うと肖像権? なのかな。そもそも写真じゃなくても肖像権って適応されるんだろうか。いや、それ以前にオリジナルは私たちなんだから著作権の方が適切かな。
というか2人とも、ツツジの告白についてはノーコメントなんだ。どこからか漏れたみたいだけど、私が振ったという事実以外今までとあんまり変わらないからいいか。
彼女も彼女なりのジョークで場を和ませようとしたのかもしれない。周りの空気は結構気にするタイプだろうから、アザレアが落ち込む姿を見たくはなかったのかも。現にアザレアがちょっと嬉しそうな顔をしてるし、あながち間違いじゃないかも。
でもお礼を言うことだけはしたくない。それを言ったら「じゃあ私のこと好き?」って言われかねなさそうだったから。それはNOと私は言ったはずだが。
「もうちょっと私のこと想ってくれればいいのに」
「なら今度またどっか行く?」
埋め合わせというわけじゃないけど、私だって好きになるならツツジかアザレアどっちかがいいと考えてたし。アザレアはリアルじゃ会えないから、多分ゲーム内でのデートになると思うけど、それでいいなら。と答えると、ご褒美を目の前にして、しっぽをぶんぶん振り回す犬みたいに喜んでいる。やっぱりツツジは犬だ。
「あの、私は」
「過去の女は引っ込んでな! 私たちは今を生きるから」
「その言い方はないかと」
「フグみたい! ふぐーってね」
「フグはそんな鳴き声しません!」
ほぼ半分私念も入っているだろうけど、アザレアがいつもの調子、ではなくそれ以上になっていてびっくりだ。よかった、これならきっと……。
『全プレイヤーたちに報告する!』
その時だった。突如ウィンドウが目の前に現れ、表示された画面にいたのは紛れもなくノーハーツその人だった。
「なにこれ」
「《広域通信》?!」
「《広域通信》ってユニークスキルの1つか?!」
聞いたことはないけど、語感でなんとなくどういうものかは分かる。広い範囲に通信を行う行為だろう。
だけどなんでこのタイミングで。背中を走る嫌な予感が稲妻のように駆け巡る。全身にピリピリとした緊張感が走って、鳥肌が立ってしまうような、そんな嫌な予感。
『ごきげんよう。【ハーツキングダム】のギルドマスター。ノーハーツだ』
『早速本題に移ろう。我々【ハーツキングダム】は同胞を奪われた。私が手塩にかけて育て上げた大事なインテリジェント・プレイヤーを愚かにも略奪した者がいる!』
「お、おい。これってまさか」
私にだってこの状況は分かる。ゲームに疎い私でさえ、この宣言が何を意味するか、分かっている。ビリビリと全身を駆けっていた電流が、脳に向かって脊髄を経由して直結する。その結論は唯一つ。最も嫌な予感で、最悪な情景。
『名前はギルド【グロー・フラワーズ】のギルドマスターであるレアネラである!』
「レアネラさん……」
略奪した? 奪った? 何を言っているんだ。
ありもしない事実。だがこの嘘が全プレイヤーに同時公開している。それが問題なんだ。
私を知らない人にまで、誤った情報が、誤解が拡散していく。
『我々は聖戦を行う。1ヶ月後、我々【ハーツキングダム】と【グロー・フラワーズ】とのGVGを宣言する!』
男は一言、逃げれば分かっているな? とその卑劣なまでの目が言っているような気がした。
◇
【速報】ハーツキングダムVSグロー・フラワーズ【宣戦布告】
1.名無しの剣士
建てた
2.名無しの術士
ノーハーツ激おこで草
3.名無しの剣士
どういうこと?
4.名無しの芸人
ノーハーツが持ってたIPCをレアネラって奴が奪って? それで宣戦布告っぽい
5.名無しの蛮族
てかグロー・フラワーズってどこのギルドだよ。
調べたら完全に無名じゃん。
6.名無しの騎士
サベージタウンのだよ。その筋じゃ有名
7.名無しの芸人
あれ、あのメイドってレアネラちゃんのIPCじゃないの?
8.名無しの芸人
あんなのノーハーツの嘘っぱちだろ!
街中であんなに仲良さそうにイチャイチャしてたカップル? が……。
略奪愛……?
9.名無しの剣士
その筋ってなんだよ
10.名無しの旅人
ノーハーツには黒い噂があるんだから、それに巻き込まれた可能性
11.名無しの剣士
>>8
うわきっも
12.名無しの騎士
え、あのレアネラさんが? 嘘だろ……。
13.名無しの術士
そもそもソースが本人なのが怪しいな
実はIPCに逃げられただけなんじゃね?
14.名無しの蛮族
いやでもありえないだろ。
普段のレアネラちゃん見てたら、そんなのありえないって。
15.名無しの剣士
やはりツツレアだったか……
16.名無しの旅人
ノーハーツ様は絶対!
17.名無しの術士
そもそもあいつ裏じゃチーターって噂だぞ。
ありえねーだろ、ユニークスキルたくさん持ってるなんて
18.名無しの騎士
絶対ありえない! これは何かの陰謀に違いない!
19.名無しの芸人
別にどっちが正しいとか良くね?
勝った方がIPCの所有権変わるだけなんだし。
20.名無しの剣士
>>15
うわ
21.名無しの蛮族
詳細でたぞ。
1ヶ月後の土曜日、午後1時からGVGの試合。
形式は30対30の防衛戦で、
グロー・フラワーズはIPCをフラッグとして、取られたら負け。
ハーツキングダムの方が攻めみたい。
観戦あり、だってさ。
あと1度デスしたら、GVGに参加できないって。
22.名無しの蛮族
俺はハーツキングダムが勝つに100万ジンバブエドル
23.名無しの騎士
まぁハーツキングダムだわな
24.名無しの術士
ないですわ。グロー・フラワーズに10万G
25.名無しの旅人
俺はハーツキングダムが勝つに花京院の魂を賭けるぜ!
26.名無しの騎士
俺は絶対グロー・フラワーズ!
レアネラさんが負けるなんてありえない!
27.名無しの剣士
百合抜きにしても、レアネラちゃんのところにはツツジちゃんもいるしワンチャンありそう
28.名無しの蛮族
弱さは罪。故にハーツキングダムしかありえない!
29.名無しの芸人
調べたらグロー・フラワーズには、ヴァレストやノイヤーもいるっぽいんだよな。
ヴァレストは剣士界隈じゃ有名みたいだし、
ノイヤーの高等儀式魔術は発動すれば無敵みたいなところあるしなぁ
30.名無しの術士
所詮は物量でしょ。質も量も伴っているハーツキングダムの勝ち
31.名無しの剣士
まぁそうだよなぁ。なんだよ30対30って。向こう6人だぞ
◇
「好き勝手言われてるな……」
「ですわね。人間クソくらえですわ」
どうやら例の配信がきっかけでスレッドが立ったみたいだった。
ただノイヤーとヴァレストが見ないほうがいいと言われたので、その意見に従って、アザレアをなだめている最中だった。
本格的な宣戦布告。私たちを敵とみなして、見世物にするためのひどいやり方だ。それにこれじゃあ否定も何もできない。例え彼が嘘をついていたとしても、それが真実という形で流れてしまっている。
ネットというのは恐ろしいものらしく、一度こうだと決めた物事はてこでも動かないともっぱらの評判だ。だから私たちへの評価も恐らく右肩下がり急降下だろう。
私のことはいい。そんなことよりアザレアの方が心配だった。さっきから「私のせいで」と繰り返してばかり。これじゃあさっきの巻き戻しを見ているようで、腸が煮えくり返っている。
もう止められない。引き金は奴が引き抜いたのだ。
「今ビターとアレクも呼んだから、しばらくしたらこっちに来ると思う」
「うん、ありがと」
「いいよこのぐらい。それよりも……」
ツツジは確固たる意志を持って、アザレアのそばまで寄ってくると、彼女の肩を掴んでみせた。
「ツツジ?」
その声とともに万力のような力がアザレアを襲う。ツツジのその顔は憎悪と憤怒が入り混じった悪意を持ったような表情で、すぐさまこれがツツジの怒りなんだってことが分かった。
「ツツジ!」
「レアは一旦黙ってて」
その声は普段私を気遣う優しい声じゃなく、低くドスの利いた重低音であったような気がした。アザレアは痛みを伴った苦悶の表情を浮かべる。
ツツジは、いったいなにをしているの?
「アザレア、いい加減にしてよ」
「ツツジさん……。ですが、私のせいで……」
「それはもう聞き飽きた。私が聞きたいのはアザレアがどうしたいか」
「……私が?」
それは確か私が一番最初に聞いたことに近いのかもしれない。
自由になったんだから、好きなことをしたくないの、って昔聞いた覚えがある。そんな事を今になって思い出したけど、大切な質問だったと思っている。
「そうだよ。私はあの日のあなたの本音を聞いたから、ライバルでいようって決めた。なのに……」
本音。私には分からないけど、ツツジとアザレアの間に何かあったのだろう。今さら聞ける雰囲気でもないし、その言葉の意味するところは何となく分かったと思う。
「あの日抱いた想いに後悔なんてしないでよ! 何が何でも突き進むって決めたんでしょ?!」
「っ!」
彼女はハッとしたような表情でツツジの顔を見る。もう強く握ってもいなければ、ツツジは怒ってもいない。ただ泣けないアザレアの代わりに唇が震えていて、目元に涙をいっぱい溜め込んでいて。
「私は嫌だよ。私がもしアザレアだったら、迷わず抵抗することを選ぶ。私の好きを絶対に奪わせたくないから。否定なんて絶対にさせたくないから。引き剥がそうとするなんて、絶対に許さないから」
「ツツジ、お前……」
さっきまでの怒りはどこへやら。今はその場で崩れてしまいそうなほどもろくて、崩れてしまいそうで、すぐにでも砂になってしまいそうなほどか細くて。
私は、本当に幸せものだ。私をこんなにも想ってくれる人がいるんだから。私も、いつかちゃんと向き合わなきゃいけない。その重苦しくて、マグマのように触れればやけどじゃ済まないほどの灼熱の想いと。
「私だって……。私だって嫌です! こんな別れ方したくない! 一緒にいたいから、ここにいたいから! 私の意志は、気持ちは既にレアネラさんのものです!」
そしてここにも1人。そんなの、もう告白みたいなものじゃないか。
ツツジは震える唇の端を上に上げて、無理矢理にでも笑顔を作る。夏の日の天気雨みたいな、晴れているけど泣いているみたいな、そんな矛盾した顔で彼女は言う。
「その気持ちを絶対に忘れないでよ」
「……迷ってたんだと思います。でも私は私です」
「ん、よろし」
2人の空間の中、ヴァレストとノイヤーはびえんびえんと音を立てて泣いていた。
ヴァレスト曰く、女の友情でご飯3杯いける、とのことだ。申し訳ないけど殴りたいって思ってしまった。そんな空気じゃないから我慢したけど。




