幕間:アザレアが芽吹く頃
気づいたら私は廃墟にいたようだ。
自己分析すると、各箇所に損傷を受けている。このままモンスターにやられてしまえば、せっかく逃げ出したお屋敷にまた舞い戻ってしまう。そうしたらいったいどの様な罰を受けるか分からない。
最近得たこの恐怖心というもので肩を震わせる。
怖い。あの場所に再び戻ってしまうことが怖い。人工知能のくせにとは思うけど、それでも傷つけられた同胞や捨てられた仲間を見ているのはいたたまれなかった。次はお前だと突きつけられた時は、恐怖で震え上がった。この時恐怖心というのを得たのかもしれない。同じ仲間たちが私だけでも逃げろと手引をしてくれたから今に至るが、他の子たちはどうなってしまったのだろうか。
もういい気がする。このままHPを失って、またあのご主人さまのもとにリスポーンするんだ。これは諦め、と言う境地だろう。なんとも、逃げ出してからいろんなことを学んでいる気がする。でもその全ては無駄に終わることだろう。
しばらくの時間が立った気がする。どうやら私は眠っていたようだ。
瞼を開けると、そこには赤髪の少女がこちらを見下ろしていた。
「あ、起きた?」
赤い瞳がこちらを見つめてくる。私が出会った中でこんな人はいない。でもご主人さまの刺客だったことは多くあった。だから訪ねてみる。
「……ごしゅじん、さま?」
彼女は疑問に思ったような顔で、ここには自分しかいない旨を伝えてくれた。ちょっとだけ一安心する。どうやら彼を知らない他のプレイヤーが助けてくれたようだ。
実際に私のHPが回復して、損傷もなかったことになっている。多分このプレイヤーが助けてくれたのだろう。
「あの……」
私は迷った。もしこの人に匿ってもらえれば逃亡生活は大きく改善されることだろう。でも同時にこの人のことを巻き込んでしまうかもしれない。……いや、これは私だけの問題じゃない。私のことを逃してくれた同胞たちのためにも懇願すべきだろう。
「……匿って、いただけないですか?」
「へ?」
彼女は素っ頓狂な声を上げる。そんなに私のお願いが変だっただろうか?
「私、今日ゲーム始めたばっかなんだけど……」
あぁ、そういうことか。だったとしても、私のお願いは変わらない。
「それでも、です。私は、あそこには戻りたくないのです」
切実なる願い。
これを断られたら、また別のところで姿を隠すしかなくなる。だから相手が初心者だったとしても、懇願せざるおえなかった。
「うぅ……。分かった。可能な範囲でなら……」
「……っ! ありがとうございます」
よかった。これから巻き込んでしまうかもしれないけども、一緒にいてくださる方を見つけることができた。
「私はレアネラ。あなたの名前は?」
「名前ですか。……アザレアとお呼びいただければ」
「うん。よろしくね、アザレア!」
レアネラ様というのか。太陽のような眩しい笑顔が私の恐怖心を和らいでくれている。
観察して分かったことだけども、この人は私が出会ってきた中で一番と言っていいほど変わり者かもしれない。
「アザレアって、これから何したい?」
IPCに対して、何がしたい、と聞いてくる人は初めてだった。
元来プレイヤーのサポートしかしない私たちにとっては、目標なんてものはなにもない。だからその質問は不可解だった。
そのことを尋ねれば自由になったから好きなことをしたいと思わない? と一言。この人がよく分からない。
と思えば、心の隣人なるものになりたいと言ってきたり、いきなり強敵に挑むような効率の悪いプレイングをしたり。この人のことがよく分からない。
分からないけど、たまに見せる優しさや、笑顔見るたびに、胸の奥がホカホカとする。これは何かと聞いてみると、彼女は答えた。
「多分、嬉しいって感情じゃないかな!」
嬉しい、という感情。今まで恐怖心しかなかった私の中に生まれた2つ目の感情。
私にはこの嬉しいという取得条件が分からなかったが、レアネラ様と一緒にいると、この感情を取得しやすいのではないかと気づいた。
この人は私にいろんな分からないをくれる。私にとって、その分からないは不愉快なものではなかった。分からない。でもきっと人にとって大事なことなのかもしれないと、ぼんやりと私は考えていた。
もっとこの人と一緒にいたい。もっと彼女からの分からないを分かるものにしたい。出会って2日余りで、私はそう思うようになっていた。