(5)ルイーズ10歳~女神は横着者を祝福しない
『まったく、懲りない奴だな』
前世で何度言われたでしょうか。
わかっています。悪いのはルイーズ、自分です。
『それでも私は、“もったいない”を我慢できなかったのよ』
スコップを突き出した格好のまま、少し現実逃避していたルイーズと再び固まってしまった周囲の人々を動かしたのは、美少年の大爆笑でした。
「ブッ、ブハハハッ、おた、お宝って、ブホッ、アハハハハハハ…………」
身をよじり、涙を流しながら、なんだか苦しそうにお腹を押さえています。
ルイーズはその様子を横目で見ながら、『もしもこの人が笑い死んだら、私はやはり死刑になるのかしら』と考えてしまいました。
そういえば、前世にも、こういう笑い上戸の人がいました。
輜重部隊の名目上の部隊長だった人です。
たしか、どこかの伯爵のご子息だったとか。
初陣だと言ってましたね。
用も無いのに、なぜだかうちの小隊にやって来ては、あの意地悪な先輩と喧嘩をしていましたっけ。
部隊長って暇なんだなあと思ったものです。
なんでしょう。顔は似ていないのに笑いかたがそっくりです。
あれ、そういえば喋り方や仕草なんかも似てる?
いやいや、まさかね。
高貴な血筋の御曹司というのは、バカ笑いの声も似てくるのかもしれません。
そんなことより、とりあえず死刑になる前にお宝を確保しておきましょうか。
『青のセシリアで売り物になるのは根っこだ。
さてそれじゃあ、その根っこの中でも一番大事なところはどこだと思う?
根元? 中心? 先っぽ? おっ、近づいて来たな。表面の皮? 惜しいっ!
いいか? 一流の薬師様たちが泣いて有難がる一番大事なお宝はなあ⎯⎯』
ルイーズは採取対象の前に立ち、周囲を囲む男たちに“青のセシリア”の根っこの採取方法について、熱く語っていました。
「一番大事な部分は”髭根”なのです。
セシリアの根っこは細長いものが一本、真下に伸びています。
でもその周りにたくさんの髭根が生えていて、しかも枝分かれして複雑に絡まっているのですわ」
男たちがルイーズの言葉を真剣に聞いています。
歳が上の人ほど、真剣さが増しているように感じます。
侍女さんたちは逆に、離れたところにいて、赤い顔をして目を反らしています。
これだけ男性ばかりだと、直視するのも恥ずかしいのかしら?
軍隊にいたときは、どちらを見ても男だらけだったから、私はぜんぜん気にならないけれど。
この時、前世も15歳という若さで死亡しているルイーズは思いつきもしませんでした。
男たちが真剣なのも、女性たちが赤くなっているのも、王侯貴族が大金を払ってこの薬を入手しようとするのも、その薬の特殊な効能に関係しているということに⎯⎯。
教えるのなら、自分でやって見せるのが一番早い。
⎯⎯ということで、早速採取の作業に入ろうとしたら、その場にいた全員に止められました。
「お召し物が」とか「お怪我をされては大変」とか⎯⎯べつに大丈夫なのですけど。
でも、「王家の責任問題になる」と、復活した美少年従僕に言われれば従わないわけにもいきません。
作業は兵士たちに任せて、ルイーズは現場監督に徹することになりました。
髭根の範囲は根っこを中心として、大人が手のひらを広げたくらいの範囲。
根っこの長さは、長いと言っても、大人の腕一本分前後。
髭根を傷めずに採取するには、とにかく周囲を掘って、髭根の広がる範囲を土ごと取り出せば良い。
そして、残った土は水で丁寧に洗い流せば良いのです。
言われてみれば、どうということの無い簡単なこと。
でも、言われなければ気づくのはいつになったのでしょうか。
作業を任された若い兵士たちは、ルイーズから借りたスコップの使いやすさに驚きました。
土がサクサク面白いように掘れるのです。
しかも持っていると、体の中から力が湧いてくるような気がします。
もともと力仕事に自信のある兵士たちです。
交代しながら、あっという間に最高の状態の根っこが何本も掘り出されました。
根っこはすぐに王立治療院の調薬室に荷車で運び込まれ、ルイーズのアドバイスにしたがって適切に処理されました。
そしてそれ以降、完璧な状態の髭根から、輸入品を上回る品質の薬がたくさん作られるようになるのです。
薬は、この国はもちろん、近隣諸国にも出回り、あちらこちらの王室や有力な貴族の後継者が続々と誕生しました。
ええ、そうです。
この薬はようするに、そういうお薬なのでした。
この日のパーティーで有名になったターナー男爵家の双子は、その後、一部で“暴走猪姉妹”と呼ばれるようになってしまいました。
そのうち1名は、ごくごく一部で“夜の救世主”などと呼ばれたりもしたのです。
ルイーズとまとめて猪呼ばわりされるはめになったマリアベルは、ルイーズのとばっちりだと嘆きましたが、そうとばかりも言えません。
パーティー会場に残ったマリアベルのほうもけっこう大変なことになっていたのです。
きっかけはルイーズから譲られたセシリアの花でした。
マリアベルが虐められて怪我でもしたら大変だと思ったルイーズは、花にいくつもの魔法を付与しました。
マリアベルには魔法の発動などできませんから、もちろんすべての魔法を発動状態にしてあります。
最初に異変に気づいたのは、かわいいマリアベルに声をかけてきた小さな御曹司たちです。
マリアベルの周りになにやら見えない壁があるのです。
話しかけるだけなら問題の無い距離まで近づけます。
でも、たとえば手を握ろうとしたり、髪に触れようとすると、見えない壁にはばまれるのです。
マリアベル自身がこの壁に気づく頃には、会場の多くの子供たちが気づいて、中には気味悪そうにマリアベルを見る子もいました。
マリアベルは周りから注目されるのは大好きでしたが、こういう注目のされかたは想定外でした。
⎯⎯なんだか面白くないわ。
⎯⎯あっ、でもこれって……使えるかも?
マリアベルは会場を見回して、目当ての少女たちを見つけると、近づいて行きました。
「きゃあっ」
またもや少女たちの悲鳴です。
何事かとそちらに目をやった者たちは「おや?」と思いました。
見たことがあるような顔ぶれです。
4人の少女たちが尻餅をついています。
そして、3人が一人をにらんでいました。
にらまれた1人は悲しそうに目に涙をいっぱい浮かべています。
もちろん、にらんでいるほうが被害者たち。
泣きそうになって震えているほうが加害者、マリアベルです。
でもマリアベルの可憐さもあって周囲の目には立場が逆に見えました。
実際に3人があの少女を虐めていたのを見ていた者たちもいます。
3人が「相手がぶつかってきた」と言っても、「悪いのはあっちだ」と訴えても信じる者はいなかったのです。
むしろ、1人のほうの少女に同情が集まりました。
とくに、頬を赤く染めた少年たちの視線がマリアベルに集中しています。
ただ、後でつけられた呼び名が“暴走猪娘”ではなく、“暴走猪姉妹”だったあたり、見る人はちゃんと見ていた⎯⎯ということなのかもしれません。
『横着』(おうちゃく)
① ずうずうしく、遠慮が無いこと。
② ずるくなまけること。