(3)ルイーズ10歳~花より根っこ
ターナー男爵家に馬車はありません。
馬車が必要な時には馬車屋から御者付きで借りるのです。
ターナー男爵はかなり早い時期に馬車の予約を入れたのですが、当日になって、いつもの馬と御者がどちらも体調不良という連絡がきました。
連絡を伝えに来たのは代わりの御者です。
はっきり言って、彼も、代わりの馬も一度引退したのをもう一度引っぱり出されたのではないかと思われる“お年寄り”。
馬車は無事にお城までたどり着けるか心配になるようなボロボロの廃車寸前でした。
危機感を覚えたルイーズは、馬や馬車を点検するふりをして、馬具やら御者席やら、あちこちに付与魔法をかけまくりました。
とたんにしゃっきり元気になる馬と御者。
馬車も強化したのですが、見た目ばかりはどうにもなりません。
幻影魔法なんて、ルイーズは使えないのですから。
出発が予定よりも少し遅くなりましたが、ボロ馬車はカラカラと軽快に走り、ほぼ予定通りの時間に到着しました。
魔法陣を刻まない付与魔法は短時間で効果が切れてしまうので、帰りはもう一度かけ直さなければなりません。
馬車回しで馬車の列に並び、降りる順番を待っていると、マリアベルが小さな叫び声を上げました。
見ると、彼女らしからぬ険しい顔をしています。
視線の先には、ちょうど車寄せで貴婦人とご令嬢を降ろし、走り出した馬車が⎯⎯。
⎯⎯あらら、やっぱりね。
その馬車はターナー男爵家が指名で予約したはずの馴染みの馬車。
馬も御者もとても元気そうです。
こちらには気づかずに行ってしまいました。
でも、こちらの馬車の御者は、気まずそうに目を反らしています。
「何よあれ。具合が悪いんじゃなかったの? 嘘つきっ!」
「やめなさい。マリアベル」
「だって⎯⎯」
「この人が悪いわけじゃないわ。
乗っていたご婦人とご令嬢はどう見ても家よりも格上。
馬車屋が逆らえる相手じゃないのよ。
もちろん家もね」
ついつい、マリアベルを諭してしまいました。
「お母様ぁ……」
マリアベルがいかにも傷ついたと言いたげに隣のお母様に甘えかかると、お母様はマリアベルの肩を抱きしめて私をにらみつけました。
「まあ、ずいぶん偉そうなのね、ルイーズ。
まったく、可愛げがないことっ!」
⎯⎯だってマリアベルの猫かぶりがばれて、お婿の来手が無くなったら、将来の計画が狂ってしまうもの。
可愛げがない? 腹黒い? ええ、何とでもおっしゃっていただいてけっこうですわ。
私はもう、やりたいことをやらずに死ぬのは嫌なのよ。
受付で招待状を出して見せると、マリアベルと私に、それぞれ1輪ずつ同じ花が渡されました。
参加者は、胸や髪にこの花を飾る趣向だそうです。
残りの花を数えて、参加人数を確認でもするのでしょうか?
渡された花を見て、私は愕然としました。
⎯⎯セシリアの花? それも青。青のセシリアですって? なんてもったいない!
前世のルイーズに調薬の知識はありませんでしたが、そんな素人でも知っている薬草のお宝中のお宝。
それが青のセシリアです。
セシリアはとても美しい花です。
本来の色は白。一年草で、1つの茎に大きな八重の花が1輪咲きます。
貴婦人にも例えられるその花は、プロポーズの花として広く知られ、花屋には必ず売られているありふれた花。
でも、青のセシリアは別です。
それから作られる薬を求めて、王侯貴族ならば金貨を何枚でも積むという代物。
⎯⎯あら? そういえば何の薬だったかしら?
よく覚えてないわ。
前世のルイーズにとっては薬効よりも、高く買い取ってもらえることが一番大事なことでした。
なにしろ、『魔道具職人になって魔道具を自分の店で売る』という夢を実現させるためにはお金がいるのです。
前世で先輩兵士の自慢話をよく聞かされたものです。
『いいか。青のセシリアはどんなに綺麗でも、花を切り取っちゃならねえ。
薬の材料になるのは根っこの部分なんだが、花を切り取ると根っこの成長が止まっちまうんだ』
『根っこは長さが命だ。
長けりゃ長いほど、それから作った薬が良く効くんだってよ』
『おまけにほら、花を残しておくと種ができるだろう?
それが根っこを掘り出す合図になってるんだ。
種ができる頃に掘り出した根っこが一番高値で売れる』
『それでな、肝心の根っこを無傷で掘り出すやり方なんだが……』
「きゃあっ!?」
マリアベルの悲鳴で、前世の夢から引き戻されました。
保護者とは別の会場にやって来てから、自分のすぐそばにいると思っていたのに。
いつの間にか、壁の花になっていたルイーズから離れて、マリアベルは1人だけで会場の中心の方に行ってしまっていたようです。
そこで、お嬢様たちに囲まれたマリアベルが、今にも泣き出しそうになっているのが見えました。
⎯⎯何をやってるのよ? あの子は。
あわてて駆け寄ると、彼女たちの足元に無惨に踏み潰された青のセシリアがありました。
マリアベルの物のようです。
「ひどいわ。私の花をこんな……」
「あら、人聞きの悪いことを。
準貴族の分際でこんなところにノコノコ出てくるから、人にぶつかって大切な花を落とすのよ。
王家からいただいた花を落とすなんて、とんでもない不敬だわ。
“礼儀知らずの準貴族”とはよく言ったものね」
「嘘よっ! そっちからぶつかって来たんじゃないのっ! 花だって落ちたんじゃないわっ! むしり取られたのよっ!」
⎯⎯ああ、なるほど。
さっそく目をつけられてしまったようです。
“準貴族”とは領地持ちの貴族が、家のような領地を持たない貴族を馬鹿にする時によく使う言葉です。
おおかた、格下だと馬鹿にしている相手が自分たちよりも目立つのが気に入らなかったのでしょう。
たしかに、周りを囲む3人のお嬢様たちよりも、家のマリアベルのほうがずっとかわいいですからね。
見た目だけは……。
相手は格上。
さて、どうしたものかと思っていたら。
「何かございましたか?」
従僕が駆けつけてくれました。
客の年齢に合わせたのでしょうか?
その従僕は12歳ぐらいの少年でした。
それにしても……。
⎯⎯さすがお城の従僕。なんだかキラキラしてるわね。
美しい金髪が光をはじくように輝いています。
瞳は空の青。イキイキとした光がきらめいて、いつも面白いものを探しているという妖精のように、なんだか楽しそう。
⎯⎯従僕? なんだか少し胡散臭い?
マリアベルたち、もめ事の当事者4人は、みんな頬を赤く染めて美少年に見とれています。
美少年従僕は踏み潰された花を見ると、ニッコリと微笑みました。
「ああ、花が駄目になってしまったのですね。
大丈夫ですよ。代わりの花がございます。
持ってこさせましょう。
足りなくなったら、また切り取ってくれば良いのですしね」
⎯⎯また切り取って? 青のセシリアを!?