(2)ルイーズ10歳
男爵家は朝から大騒ぎです。
10歳になったマリアベルの突然の社交界デビューの日なのです。
今日は第2王子ライアン様の12歳の誕生日パーティー。
午後の早い時間から始まるガーデンパーティーに招かれたのは、ライアン様に歳の近いまだ若い貴族の子女ばかり。
⎯⎯集団お見合いのようなものかしら。
将来の王家の側近候補とお嫁さん候補が一堂に会するパーティー。
なぜか我が家の“姉妹”も招待されております。
つまり私も行かなければならないということです。
……なんて面倒な。
気が重いのも仕方ないじゃありませんか。
マリアベルと違って、私は新しいドレスをこしらえてもらったことなど一度も無いのですから。
我が家は貴族ですが貧乏なのです。
家の男爵位は先代のお祖父様がお城で文官として長くお仕事を頑張ったご褒美にいただいたものだと聞いています。
ですから、領地無しの名ばかり貴族なのです。
国からの年金なんて微々たるもの。
我が家は、お祖父様のあとを継ぎ、お城で文官をしているお父様のお給料だけが頼りのほぼ平民。
かわいいマリアベルの“ちょっとしたわがまま”をかなえるのにもけっこうお金がかかりますしね。
普段、私が着ているのは女中用の仕事着を自分で直したもの。
これが、なかなか着心地が良い優れものなんです。
生地が丈夫で汚れが目立ち難い灰色なのがとっても素敵。
魔法で“防汚”を付与してますからもちろん汚れなんてつきませんけど、逆に言えば、そういう付与魔法をかけていることも目だたないということですからね。
私はこれを着て、毎日サリーの仕事のお手伝いをしているので、近所の皆さんは私のことを女中見習いだと思っているかもしれません。
さて、そんなわけで、家にはパーティー用のドレスを2着もこしらえるお金なんてあるわけがないのです。
あの両親ですから、マリアベルのドレスだけは食費を切り詰めてでも新しく仕立てさせるでしょう。
すると私は?
たぶん、マリアベルのよそ行きのドレスの中から1枚選んで私に着せれば良い⎯⎯なんて考えているのかもしれません。
マリアベルのドレスは私には似合わないでしょうね。
私は婚約者を探しにいくつもりなど無いのですからそれも良いのですが、恥ずかしい姿で目立つのも困ります。
でも大丈夫。
じつはこんなときのために用意しておいたドレスがあるのです。
私がマリアベルとお母様のお下がりを直して作った物です。
マリアベルよりも私のほうが少し背が高いので、ベースはお母様の紺のドレス。
大きいサイズを小さい体に合わせるのは慣れています。
そこにマリアベルのドレスのレースや包みボタン、水色のドレスの布で作った簡単なコサージュなどを飾りました。
もちろん付与魔法もいろいろ仕込んであります。
防汚、攻撃魔法防御、毒物反応探知、敵性魔力探知、魔力漏れ防止、そして認識阻害と対物理攻撃用魔法盾は任意発動にしてあります。
順調に魔力量が増えているおかげで、今回から使えるようになったのが、空間接続型ポケット。
便利なんですよ、これ。前世では魔力量が足りなくて使えなかったんです。
文字通り、ポケットの中が離れた空間とつながっているという物です。
ただし、つながる先はどこでも良いわけではありません。
ポケットと対になる空間をあらかじめ作っておく必要があるのです。
魔力量によって空間の大きさは変わります。
今のルイーズの魔力量だと、せいぜい大人の手のひらに乗るぐらいの大きさの箱しか指定できません。
大したことないと思いますか?
まあ、使い様ですよね。ルイーズにはエメとアンバーがいますから。
使い魔になったゴーレムとは、離れていても頭の中でお話ができます。
ですから、対の箱のそばにエメかアンバーがいれば、箱の中に必要な物を入れてもらったり、ポケットから送った物を受け取ってもらったりできるのです。
けっこう、便利でしょう?
使用者特定認識もかかっていますから、ルイーズ以外がこのポケットを使うこともできません。
つまり、他の人に見られたり手を入れられても、ポケットはただのポケットのままだということです。
それにしても、マリアベルやお母様のドレスはともかく、お父様の服にもこういうポケットは1つもありませんでした。
それどころか、付与魔法の1つもかかっていないなんて⎯⎯。
⎯⎯やはり我が家は貧乏なのね。
ルイーズはそんな風に考えていたのですが、じつはこれが大きな勘違いだということに、まだ気づいていません。
200年前の戦争で、真っ先に狙われ、命を落としたのは魔術師でした。
なにしろ、後方の輜重部隊にいた、ろくに魔法の攻撃も防御もできないような小娘までが殺されたのですから。
あの戦争以降、ずいぶんたくさんの魔法技術が
失伝しているのです。
とくに、付与魔法使いは戦闘力の高くない者が多く、ほとんどが個々の魔法技術を秘伝として隠し持ったまま、この世を去りました。
この時代、薪に火をつける程度の簡単な魔法でも、使える者は大変貴重な存在になっています。
ましてや付与魔法の使い手など、少なくともこの国には1人も確認されていません。
魔術師以外でも使うことのできる魔道具は、海の向こうからの輸入品なので、非常に貴重で高価な物。
今はおいそれとは手に入らない物になっていたのです。
この認識の違いに、ルイーズが気づくのはいつになるのでしょうか。
とりあえず、この小さな国の王城に、ルイーズの付与魔法を見破るような魔道具が無いことを喜ぶべきなのかどうか……。
サリーは男爵夫人とマリアベルの支度にかかりきりのため、ルイーズは1人でさっさと支度を済ませてしまいました。
ドレスは1人でも着やすいように前開きタイプに改造したのです。
戦争中、輜重部隊の食糧に保存の付与魔法をかけては魔力不足で倒れ、荷車に放り込まれていた“前世のルイーズ”(前世は別の名前でしたがこの呼び名で統一)。
気持ち悪かろうが、顔色が悪かろうが、彼女に休みなど与えられず、移動中は仲間たちの服の繕い物をさせられていたのです。
もともと器用だったため、すっかり裁縫はプロ級になってしまいました。
ルイーズはあのときの横暴な先輩兵士の顔を思い出して、なんだか少し腹がたってきました。
お前みたいな小娘は荷車に引っ込んでろ、邪魔だ顔を出すな、女はおとなしく裁縫でもしてろって⎯⎯。
仏頂面で“前世のルイーズ”に命令ばかりして、あちこちから破れた服をわざわざかき集めてくる先輩兵士がいたのです。
たしかに役立たずでしたけどね。
山のようなボロ服を顔に投げつけることはないと思いません?
⎯⎯よほど私の顔を見たくなかったのかしらね。
憤然としているうちに、エメとアンバーがルイーズの髪を整え、コサージュとお揃いの布の花の髪飾りをとめてくれました。
お城に行くのは面倒ですが、魔道具屋を始める時の勉強になると思えば、少し楽しみになっていました。