(1)ルイーズ6歳
「おねえさまの“おにんぎょう”、すてきね。ベルにちょうだい?」
「これはわたくしの“おにんぎょう”よ」
「おねえさまのいじわる……ヒックヒック、ウッウエーーン」
⎯⎯また始まったわね。
妹が欲しがっているのは、私が抱いているお人形です。
お父様が買ってくださったお人形は、色違いが2つ。
妹と私に1つずつくださった物なのに……。
じつは、マリアベルのお人形は壊れてしまって、もう彼女の手元には無いのです。
壊れたというか、マリアベルが乱暴に扱って、首が取れてしまったのですけれどね。
それで、今度は私のお人形に目をつけたのでしょう。
こんなとき、親たちはいつも、泣いている妹の方に味方します。
「こんなに欲しがっているんだ。お姉さんなら、妹に譲ってあげなさい」
「マリアベルは体が弱いのよ。妹を思いやることもできないの? もう少し、弱い者への労りの心というものを持てないの? なんて冷たい子なのかしら」
うわあ。お父様もどうかと思いますけど、お母様のは完全に言葉の暴力ですわね。
だいたい、私とマリアベルは姉妹といっても双子なのですよ。
私のほうがほんのちょっと早く生まれてきただけの、同じ6歳なのに。
本当はお人形なんて、すぐにあげてしまっても良かったのです。
でもそれでは駄目。
マリアベルが満足しないのです。
ようするに、私がマリアベルを虐めて、マリアベルが泣き出して、両親が私を叱って、私が悔しがりながらマリアベルの欲しがる物を渡す。
マリアベルにとっては、このプロセスをたどることが大事らしいのです。
とくに最後の“悔しがりながら”というのが一番重要なのかしら。
演技が下手くそな私にあまり高度な要求をしないでほしいのだけど……。
でも、ここでしくじると、マリアベルが満足するまで要求がどんどんエスカレートしてしまうのですよ。
とりあえず、今日も茶番を乗りきり、マリアベルは手にいれたお人形を抱え、両親に慰められて満足したようです。
私がこっそり右手の親指を立てて合図をすると、下男のポールと女中のサリーがニヤッと笑って合図を返してくれました。
ポールとサリーは夫婦です。
この2人が私の育ての親みたいなものなのです。
双子といってもマリアベルと私の容姿はぜんぜん似ていません。
マリアベルは、フワフワの明るい金髪に透き通った緑の瞳の可愛らしい少女。
まるで春の妖精のようだという両親の言葉も、ただの親バカとも言いきれない美幼女ぶりです。
生まれつき体が弱く病気勝ちで少し体が小さいのも、両親をはじめとする周囲の庇護欲をそそるのでしょう。
でも、そのためにかなり甘やかされて、わがまま娘になりつつあります。
とくに両親の甘やかしと“えこひいき”はちょっと問題ですわねぇ。
私ですか?
私は双子の姉のルイーズと申します。
薄い茶色の髪に琥珀色の瞳。顔立ちは、見苦しいというほどでもありませんが、いささか華やかさに欠け、はっきり言って地味。
マリアベルと違い、体だけは丈夫なのがありがたいかぎりです。
でも、そのためにマリアベルにかかりきりの両親には赤ちゃんの頃から放置されてまいりました。
『ルイーズは放っておいても大丈夫』なのですって。
私のことは、ポールとサリーがちゃんと面倒をみてくれましたよ。
そうでなければさすがに、今こうして生きてはおりませんわ。
でも、それがかえって良かったのかもしれません。
おかげで私が普通の子供ではないと、親に気づかれずにすみましたもの。
じつは私、前世の記憶があるのです。
えっ? “悪役令嬢”? “女主人公”?
それは何?
流行りの小説に出てくる言葉?
あら、でもなかなか面白い言葉ね。
とくに“女主人公”なんて、マリアベルの本質を示しているような言葉だわ。
それに“悪役令嬢”なんて、私の役回りにピッタリの呼び名ね。
でも、私の前世はそういう楽しそうな言葉とは全く縁の無い、殺伐としたものでした。
私の前世は約200年前の戦乱の時代に戦死した魔術師だったのです。
魔術師といっても、下っ端です。
いわゆる戦国時代。魔術師に求められたのは攻撃力と守備力。あとは耐久力。
魔術師の耐久力というのは、ようするに魔力量のこと。
私は攻撃力も守備力も並以下、得意なのは付与魔法。でも魔力量が足りなくてすぐに魔力切れになる。
ようするに戦場ではぜんぜん使えない役立たずの魔術師だったのです。
あれから200年経って、世の中は平和な時代を迎えています。
私の死も、何かのお役にたてたのなら良いんですけどねぇ……。
フフフフフ。
平和って良いですよね。
こんな時代の魔法に、攻撃魔法の火力なんてあまり必要とされません。
今の世に求められるのは器用さと多様性。
私の得意分野です。
魔力量も前世の私に比べてかなり増えているのです。
子供のうちなら、訓練で魔力量を大きく増やすことも可能ですしね。
将来は得意の付与魔法で人々の生活に役立つ魔道具を作って暮らしたいと思っています。
それが前世からの私の夢なんです。
そして、いずれポールとサリーを引き取って、2人に悠々自適の老後を過ごしてもらうのです。
そういうわけで、失礼いたしますね。
チクチクチクチクチクチクチクチク
ただ今、お人形の修繕中なんです。
かわいそうなお人形の首を縫い付けてあげているところです。
これはマリアベルが振り回して壊してしまった、あのお人形。
もういらないと捨てられるところを拾って、私がいただいたのです。
さて、お人形の首は綺麗に直りました。
我ながらなかなかの腕前なんじゃないかしら。
本当は魔石を使いたかったんですけど。
まだ小さな子供の身。お小遣いをもらったことも無い私には、一番低級の魔石すら買えません。
今回は魔力を通した糸で縫い付けた魔法陣で簡易付与をするしかありませんね。
さあ、完成です。具合はどうかしら?
金色の髪に緑の瞳の可愛らしいお人形は、テーブルの上にふわりと立ち上がると、上手にカーテシーを披露してくれました。
もともと動く人形だったわけではありません。
修繕のついでに、付与魔法で、小さなゴーレムにしてみたのです。
素敵でしょう?
マリアベルに見つかったら取り上げられてしまう?
大丈夫。
認識阻害の魔法も付与してあります。
少なくともこの家の中では、この子の存在が私以外に気づかれることは無いでしょう。
他にも、自動修復、防汚、器用強化。
魔石が使えないから、まあ、こんなものかしら。
魔力量が多いって、なんて素晴らしいの。
こんなに使っても魔力が全然減っている気がしないわ。
もっと魔力を増やすために、どんどん魔法を使っていきましょう。
もう少ししたら仲間ができるから、名前をつけるのはそれからにしましょうね。
マリアベルは私の物を取り上げては、いつもすぐに壊してしまうのです。
もう1つのお人形も、明日には捨てられる運命だと思いますわ。
悲しそうね。仲間が心配なの?
大丈夫よ、安心してちょうだい。
必ず私が拾って直してあげる。
そうしたら、これからずっと一緒にいられるわ。
我が家は一応貴族。男爵家なのですけれど、あれだけかわいいマリアベルがいれば、婿の成り手はいくらでもいるでしょう。
私は忘れられていて良かったわ。
今はまだ子供ですから、できることは魔力を増やす訓練と付与魔法の練習だけ。
でも大人になったら一人立ちして魔道具職人を目指す予定です。
そのときは、あなたたちも手伝ってちょうだいね。
その後、マリアベルの金髪のお人形は『エメ』、私の茶色の髪のお人形は『アンバー』という名前になりました。
いずれ魔石を埋め込んで、魔道具屋の店員として働いてもらう予定です。
2人は私の大切な最初のお友達ですもの。