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お金が溢れるほど貰える 「アットホーム」 な職場です

 二人でひとしきり盛り上がった後も、それはそれは驚く早さで手続きらしいものが進んでいった。

 

 何年も居続けた路地裏からあっさり抜け出し、光とか人とかの明るさに戦々恐々としながら大きな背中を目印に人ごみを通り抜けると、そこには雅とか趣とか一切考えてなさそうな小汚い建物が目に入る。


 他の建物は屋根が赤かったり、明るい茶色のレンガで造られているのに、その建物だけ他と段違いに横にも縦にも大きく、石とセメントで無理やりくっつけたように見える。


 その付近だけ誰もいないのを疑問を口に出す暇も作らせぬと言いたげに、背中を強く押され何故か半分ドアが消えている入り口を抜けると、ここまで笑顔を絶やさなかった巨体と同じくらいの筋肉モリモリマッチョマンズが出迎えてくれる。


 ここの人たちもやっぱり口を三日月みたいにひん曲げているのには流石に怖さを感じたが、誰かそれを意に介してくれるなんてことは無く、多分机だったのであろう木の残骸にもみくちゃになっている紙くずを投げつけてくる。


「そこに何でも言いから自分だって証明できるやつを書いとけ。あぁ、文字は駄目だ俺たち読めねぇからなぁ!」


 げへげへ笑うマンズをよそ眼に、右にいる彼を見ると何故かナイフを取り出し、


「血は一番の証明になるんだ」


 とか平然とぬかしてくるものだから、急いでこの建物から出て近くのどぶに手を突っ込み、その紙にべたりと貼り付ける。それを見て納得する人が多くて助かったが、なんでか横にいる巨体は物寂し気にナイフで空を切っているのだった。


 汚れをぬぐおうと汚れたズボンにこすりつけていると、しわしわになっている紙を綺麗に円状にし、帽子の突起にはめ、


「では、職場のほうへ向かおう」


 と、頭でこっちに来いと自分にサインをし、そのままドアから出ていってしまう。そのとてつもなく機能的な帽子に対して一言言わせてほしかったのだが……致し方なくまた巨人の背中を追っていく。


 しかしまぁ、人の多さで気が回りそう! 傘の下では酔いつぶれる人たち、大通りを縦横無尽に遊びまわる子供たちはあちこちで見かけるし、たまに馬まで通り抜けていったりと、一体全体みんなは何処で休んでいるのか知れたものでは無い。

 そんな自分の状態に気付いてくれたのか大男は自分の頭をぐるぐると回した後、


「今から行くところはもっと人が多いから、しっかり今慣れておくんだよ」


 と追い打ちをかけてきやがった。しかしこの人さっきから勢いが激しすぎやしないだろうか。


 そういえば人の流れで気づいていなかったが、道が緩やかな斜面になっている。全く運動していなかった自分には中々こたえるものがあるが必死に食らいついていく。


 進み続けて数分といったところで、建物の壁が無くなり、大きな川とそれに横切る形であみあみの橋が架けられていた。


「ここを通っていくんだ」


 そのあまりの美しさとそもそも川なんてあったのかという感慨と驚きを無視して、彼は橋を渡って行ってしまう。


 惜しみながら早々と渡っていくとなるほど、確かに人の量が多くなってきたように感じる。

 さらに歩いていくと、自分には見たことのない景色が広がっていた。


 道に沿って作られたのは、アクセサリー、果実、骨とう品など多種多様な趣向品で彩られた出店の数々。澄んだ青色や不純なものが一切ない赤色で塗り分けられた純白な布の屋根の下には、これまた美しい人、愛嬌のある人が元気に自らの品物を売りさばいている。


 ほえぇ……なんてどこから出たのかわからんため息をこぼしていると、先行していた兄貴がゆっくり横に並んできて耳にそっと口を近づけて


「これここからひどくなってくるから期待しないほうがいいよ?」


 とまたまたまたまたろくでもない情報を提供してくれる。


 げんなりしながら坂を下っていくと、彼の言う通り汚れが目立つようになってくる。人も元気とは言い難く、何となく疲れているかに見える。とはいえ以前のごみしかない環境と比べたら天と地の差がある訳で、胸のどきどきは収まるところを知らない。


 顔を左へ右へにやにやしながら見渡していると、市場で狭まっていた道路が開き、大きな円状の広場が現れる。ここがバザーの終着点なのだろうか。それにしてはやけに殺風景に見えるのだが。


 綺麗な円の中心には、簡素な台が建てられている。強く踏みつけたら壊れてしまいそうな階段と、どうみったって丸太を直置きしただろって言いたくなる柱に支えられている上の木の板には、人……間?


 今まで見た中で一番暗くて汚い恰好をしている……と思いきや以外に清潔なのだろうか。澄んだ黒のローブで体を覆い、顔は不思議な黒と白の交わりそうで交わらないお面をつけて隠している。


 その変な奴を見ていると、彼が今来た道を戻ろうとしているのを見つける。


「あれ、どこへ行くんです? 道間違えたとか?」


 そう尋ねると彼はピタリと動きを止め、こちらに顔を向けず返答してくる。


「あの柱の辺りに座っていればいい」


 と。彼はそれだけ言うとまた歩き始めてしまったので、慌てて彼の前に出て歩みを止め、再び尋ねる。


「いや、そんな仕事ある訳ないじゃないですか! それじゃ前と全く変わらない!」


 手を大きく振って「マジでなんなん!?」とアクションすると、彼は顔を自分と同じ高さに近づけて、


 一発。思い切り殴ってきた。


 左ほおを拳で思い切り殴られたのだろうか。そこを中心に痛みが体を駆け巡る。確かにごろつきどもに殴られたことは何度もあるが、そんなちゃちなパンチでは断じてない。鍛え抜かれた筋肉から放たれるパンチは本当に痛いとしか言いようがない。


 地面に倒れて悶えていると、今まで笑顔だった彼はとうに消え、何の感情も見えない真顔で一言声を発する。


「……まぁ、君の自由にするといいよ」


 すると今度こそ倒れた自分の前を素通りし、そのまま歩いてどこかへ消えていった。



 


 そのまま数分間地べたで痛い痛いと言いながら転がっていると、今度は続々と人が集まってきた。


「もう……次は何が起こるのぉ!?」


 周りの人から変な目で見られながらも流石に耐えきれず叫んでいると、今までずっと佇んでいた黒ローブがゆっくりと立ち上がり、腰につけていた鞘から――剣を取り出した。


 しかし剣という割にはなにかおかしい気がする。なんて名称かは知らないが、明らかに剣の先っちょが削れているような……不思議に思っていると今度は今日一番意味不明な格好をした人たちが台の上に姿を現した。


 兵士に引きずられるのは、目隠しをされ俯きながら連行される男の姿。そこに配慮なんてものは微塵もなく、最後はひょいと投げられて、兵士はそそくさと階段を下りていってしまう。


 周りの観衆の叫び声を聞くに、サーカスでも始まるのだろうかと予測。すると黒ローブは死神か何かかなぁなんて呑気に考えていると、唐突にその黒ローブが剣をしっかりと握り、結ばれた男の首の上にゆっくりと合わせて行く。


 呑気な自分でも、何が起こるのか大体把握してしまった。でも、そんなことは起こるはずはないと否定したかった。こんな子供も大人も見つめる中で、人を、人を、人を――


 そしてあの死神は、無慈悲に剣を振り下ろした。

THE・理☆不☆尽

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