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とある少女の見た光景

 私は「考える」ことはしたくないのだが、それでも余計な妄想ばかり働かせてしまうのは、まだまだ未熟な証拠なのだろう。


 黒くてみすぼらしいフードと仮面で阻まれた視界で見える世界は余りに小さくて、汚いものばかり。

 お爺様は慣れれば大丈夫なんて言ったけど、こんな仕事に慣れてしまったらもう人ではないのではなかろうか。


 今は束の間の休息。最近はこの簡素な木の台の上に人を持ってくるのも大変なようで、こういう時間も多くなってきたように感じる。

 

 集まってくる人の声が次第に大きくなってくる。この人達は本当に苦手だ。嬉しいのか悲しいのか、憐れんでいるのか喜んでいるのか、全く理解できない。私だってやりたくてやっているわけではないのに、勝手に決めつけないで欲しいなぁなんて考える。

 口に出したって無駄なのはわかっているので、今だけはなるべく離れておこうと正方形の角っこに音を立てずに腰掛ける。


 やじ馬が群がっている方向を背にすることで少しは息をつけるようになったが、聞こえなくなったわけではないので好転とは言えない。せいぜい悪いの前にに少しと付け足された位だろう。


 顔を上げ灰色の雲を見ながらやはり思考を巡らせていると、突然足元から獣のような唸り声が響いてきた。まぁこれは東洋のジュソ? とかいう呪いのようなものだと捉えている。

 

 顔を向けるとさらに音が大きくなるのはもう経験済みなので、視線だけをずらし、柱で腕を組む少年を視界に入れる。

 

 ケアはしたことがあるのか、いやケアという単語をまず知っているのだろうかというぐらいぼさぼさで少し泥で汚れてた金髪、こっちを親の仇かとでも言うように睨む目は意外に大きく、迫力にかけている。

 こんな魅力に乏しい人が私たちの護衛役だとは、誰が思うのだろうか。

 

 最近ようやく護衛ができたと思っていたのにさてお手前はいかがなものかと見てみれば、暇さえあれば柱を背にしておねんねタイム、起きているとこんな感じできりきり音を立て続け、肝心の戦闘能力はからっきしと、褒めるところが一つもない悪い意味で凄い御仁だと思っている。


 ただただぐうたらしてばかりで、これでお金を貰っているのならため息の一つや二つ、三つ四つと何回ついてもいいと思うのだけれど。またしても形にならない愚痴を脳内にため込んでいると、今度は鼻をくすぐる匂いが辺りに立ち込める。


 手をあの少年に振りながら駆け足で近づいてくるのは、こんな場所には全くもって似合わない可愛らしい服を着た女の子。……ん? 女の子?


「おはよ~! 今日も何もしてないけど大丈夫なの~?」


 おぉ、自分が一番気になっていたことを聞いてくれた。して彼の方はというと、


「あ、おはよう。そう……折角お金がもらえるっていうから就いたのに現時点でお給料無しなのですぅ……およよよよ」


 そう言って両手で顔を抑え「私は悲しい……」的なジェスチャー。個人的にお金を貰っていないことにとても満足しているが、こんなに感情豊かな奴だっただろうか。いや、私に対してのアクションが一つなだけで、他の人にはこんな感じで喋ったりしているのか。


 得にならない疑問がまた一つ増えてしまったことにほんのちょっぴり怒りを感じてしまうが、今はあの可愛らしい女の子を見て気を静めさせようと試みる。


「じゃあ今日も何にも食べてないんでしょ? 前置きは結構、どうぞここりゅくぅ!」


「あら可愛い。慣れない敬語なんて使うから舌を噛むんだよ、ではでは、いただきまー」


 そう言って女の子の木で編まれたカゴの中から大人げなくパンを取ろうとするも、頬を膨らませ怒りを表現した女の子は素早くカゴを背中に回す。ここから彼の顔をしっかりとらえることは出来ないが、さぞげんなりとしているに違いない。


「ふーーんだ。意地悪するならあげないもーんだ!」


「あぁ、待って俺の愛しのご飯……ちくしょう、地獄の底まで追いつめてやる~!」


「へへーん、捕まえられるもんなら捕まえてみろー!」


 全くもって大人げなさすぎる彼は、カゴを高く持ち上げて来た道を逃げ去っていく女の子へ向かって走っていく。……こういうところが減給される点だということに気付いているのだろうか。


 まぁ考えていなかったとしても、あの女の子をここから離させたのには敬意を表したいと思う。

 あんな可愛らしい女の子は、世界の悪いところとか何にも知らずにすくすく成長してもらいたいところだ。きっと美人になるんだろうなぁ。


「執行人、時間だ。今から続けて二人の処刑を行う。迅速で適切な処置を頼む。」


 赤の他人に思いを馳せていれば、そっけない声が耳に響いてきた。


 少しくたびれた鎧をまとった集団が準備している間に、一応剣の切れ味を確認しておく。

 鞘から慎重に剣を取り出し、錆びてはいないか、傷はついていないかをチェック。あと何かやるとしたら、フードをもう一度被りなおすとか、仮面を付け直すとか、それくらい。


「準備完了」


 そういって彼らは階段を下りて行った。本当に最低限の仕事、コミュニケーションしかとらないところに嫌われている事実を実感する。


 一歩ずつ前にでて、指定の位置に構える。その瞬間、下にいる民衆の声が一層大きくなる。どんな顔をしているのかいつも気になりはするが、それよりも集中しなければならないことがある。


 一度目をつぶり、息を吸って心を落ち着かせる。


 ゆっくりと目を開けて、そのままひざまずく男のうなじを見つめる。どこを切り裂けばいいのかは考える必要がない、何故なら体に染みついているから。


 後はそのまま、振り切るのみ。


 うるさかった民衆が、途端に静かになる。ちらほらと怖がるような声も聞こえてくるが、それも最初のときと比べればずっと少ないほうだろう。


「では、然るべき処置の後、もう一人の斬首刑を執行する」


 これまた東国の風に聞く噂話なのだが、地獄には階層があって、悪い人ほど下へ下へ落ち、責め苦を味わい続けると聞いたことがある。


「どうした、聞いているのか、死刑執行人」


 すると私は、どこまで落ちていくのだろうか?


 



 

 

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