98話・痛み分け
エスティーギアが驚愕の表情で一同へ告げた。
ポリティークが殺害されたと・・・。
アグノスとフィエルテは、エスティーギアと同じように驚いた様子である。
だがプリームスとスキエンティアは特に表情を変えることは無かった。
「そうか、これで本当の痛み分けと言ったところだな」
と溜息をついてプリームスは呟く。
そんなプリームスを怪訝そうに見つめるエスティーギア。
これ程の事態に全く取り乱しもしなかったからだ。
エスティーギアの気持ちを察したプリームスは説明を始める。
「策を講じるなら失敗した時の事も考えておくだろう? 隣国の宰相、いやセルウスレーグヌム時期国王アンビティオーは、それを実行したに過ぎんよ」
するとエスティーギアはプリームスに疑念と失意の入り混じった表情で訴えかけた。
「ではプリームス様は、こうなる事を予見していて放置したと? それでは余りにも無責任ではありませんか?!」
プリームスは何も答えない。
その目は遠方の海を静かに見据えるだけであった。
「プリームス様!」
とプリームスへ詰め寄るエスティーギア。
「お控えください・・・エスティーギア様」
そう静かな声がエスティーギアを制止させる。
静かではあるが鋭い、何人も異を唱える事は許されない強さを秘めていた。
冷静さを取り戻したエスティーギアは声の主へ向き直る。
それはスキエンティアであった。
スキエンティアはエスティーギアが自身を認識した所で、主に変わり話し始める。
「プリームス様は友人であるクシフォス殿の頼みにより、国王陛下を死熱病から救ったのです。只それだけの為にこの地に来たのですよ。貴女が考えるような責をプリームス様に問うのは筋違いと言うものです」
正にその通りであった。
エスティーギアは冷静になった頭で思い直し、己の失言に項垂れてしまう。
そもそもは国王を救ってくれただけで満足すべき所を、それ以上を求め責まで問うのだからお門違いも良いところである。
しかしプリームスがここに来て甘い事を言いだす。
「まぁ責任は無いが、義理はあっただろうな。一応、舎人には注意せよとクシフォス殿の娘には言っておいたのだが、言葉が足りなかったようだ」
これにはスキエンティアが頭を抱えた。
折角プリームスの自由を守ろうとしたのに、主自ら人の業に絡まれに行くのだから、お人好しにも程がある。
そしてこの後の展開も読めて溜息が漏れてしまう。
エスティーギアは残念そうに話し始めた。
「これでアンビティオーを追い詰める確実な材料を失った事になります。それにしても、重要な容疑者や政治犯を収容する場所に投獄した筈なのに、厳重な監視と警備を躱してどうやって・・・」
申し訳な無さそうに、それに答えるプリームス。
「死神アポラウシウスだ。あれは私に匹敵する特殊な移動手段を持っているようなのだ。それに暗殺者としての能力を鑑みれば不可能では無いだろう」
そうして少し俯く。
「私がこの事を話していればこんな事には・・・すまない」
いつも冷静で達観したようなプリームスが、まるで親に怒られた子供のようにしょげているのだ。
そんなプリームスを見てエスティーギアは理解する。
プリームスが権威や立場に縛られた関係では無く、義理や人情といった只の人同士の関係に重くを置くのだと。
更にその姿にキュンときてしまう。
以前の世界では魔王だった人物が、こんなにまで可愛らしい仕草でションボリしているのだから・・・。
エスティーギアはプリームスを抱きしめたい衝動を何とか抑え込んで話しかける。
「プリームス様は、この結果に後ろめたさを感じておられるのですか?」
するとプリームスは小さく頷く。
「あぁ、私の周囲に居る者達が困っているのだ。誰だってそんな気持ちになるだろう?」
言質を取ったとばかりに喜んだ表情で、エスティーギアはプリームスを抱きしめてしまった。
その様子にアグノスが頬を膨らませる。
嫉妬したのだ。
そんなアグノスなど余所にエスティーギアは、自身の腕の中にいるプリームスに優しく問いかけた。
「そうなってしまったものは仕方ありません。ですがプリームス様の心に後ろめたさが残るのであれば、私の願いを1つだけ聞いて頂けませんか? それでお気持ちが払拭出来ればと・・・」
表情をしかめるスキエンティア。
『この女、プリームス様の人の好さに付け込んで何を言いだすか!』
傍に居たフィエルテはスキエンティアから舌打ちが聞こえたような気がしたが、怖くてその表情の確認には至らなかった。
プリームスは「う~ん・・・」と少し思案する。
「そうだな、”身内”の母君として個人的にそれを伺おうか」
そう仕方なしに答えた。
詰まりそれは、ポリティークが殺害された件など関係無しにと言う事だ。
何とも辻褄が合わず矛盾している感じもするが、それが人間という物だ。
結局は気持ちの問題なのである。
それでお互いスッキリすれば、それで良いのである。
しかしこれを受け入れたのは失敗だったかもしれない。
そうプリームスは後悔してしまう。
エスティーギアは思った以上にとんでもない事を言いだしたのだ。
「今、政治の中枢はレクスアリステラ大公が戻るまで空洞状態です。それを回避するために私が一時的に宰相代行を買って出ようかとおもっているのですが・・・」
とプリームスを手放すとエスティーギアが話の口火を切る。
そして少し申し訳なさそうにプリームスを見つめる。
「その間、この魔術師学園の理事が不在になってしまいます。それをプリームス様に代行して頂ければと」
驚いたのはプリームスでは無く、周囲の者達であった。