96話・大転倒
プリームスは自身の過去を掻い摘んで説明した。
それによりエスティーギアの訝しんでいた様子もすっかり消えてしまう。
そして良いのか悪いのか、一層プリームスへ尊敬の眼差しを向けるのであった。
『これ以上懐く人間が増えても困るな・・・』
そう思いつつプリームスは、聞きそびれた事を再度エスティーギアに尋ねた。
「私の事はもういいだろう? 大転倒の事を詳しく教えてくれぬか?」
うっかりしていたような表情をするエスティーギア。
「そうでした! では一般的な大転倒の説明と、その後に私の考えた仮説もお付け致しましょう」
と嬉しそうに言い放った。
「ほほう、これは楽しみだな」
エスティーギアと同じ学者肌であるプリームスは興味津々の様子。
一方スキエンティアは、自身の事を問われず胸を撫でおろした。
エスティーギアは眼鏡の位置を直す様に、中指でクイッとあげるとおもむろに話し出した。
「大転倒は今よりおよそ千年前に起こった天変地異を指します。ですがどのような事が起きたかは詳しい文献は残っていません。何故なら殆どの人類が死滅してしまったからです」
詰まり今ある国家やそこで営む人々は、その大転倒の生き残りという事になる。
しかし大転倒が実際どのような物だったのか記録が残っていないのは訝しまれた。
混沌の森と言い、何か作為的な物をプリームスは感じてならない。
そんなプリームスの思いを他所にエスティーギアは話を進める。
「僅かに生き残った人類により新たな時代が始まりました。それは1人の聖者が現れ、人類を導いたからだと言われていますね。そしてその聖者が現れた最初の年を新生歴元年と定めたらしいです」
「う~む」と考え込んでしまうプリームス。
そんなプリームスを見てエスティーギアは首を傾げた。
「どうされました? 何か可笑しな点がございましたか?」
「いや、何か色々と作為的な物を感じてな・・・大転倒にしてもそうだ。生き残った人類が居るというのに、その記録が残っていないのは可笑しい」
そうプリームスが答えるとエスティーギアは同意するように頷く。
そして補足するようにエスティーギアは語る。
「プリームス様の言われるように、私もその考えに到りました。飽く迄、仮説ですが、大転倒自体が人為的に起こされた物ではないかと私は思っています。そしてその人為的に起こした”何者”かが記録を隠蔽したのでしょう」
少し慌てたようにフィエルテが口を挟んできた。
「それは禁忌になります。公にそのような事を言えば、新生教会が粛清に動きますよ」
「禁忌? 新生教会?」
そう呟きプリームスはフィエルテに疑問の視線を向ける。
その時、確信したようにエスティーギアもフィエルテを見つめて言った。
「フィエルテさん、貴女・・・レギーナ・イムペラートムね?」
自身の事を見透かされたフィエルテは何も出来ず硬直してしまう。
片やエスティーギアは少し思い出す様な仕草をしながら話し出した。
「私はね5年前、隣国セルウスレーグヌムに招かれた事があったの。王女の成人の儀に参列する賓客としてね。そして成人した王女は国王の後継者としてレギーナの名を受け、更に王の矛を継ぐために将の称号イムペラートムを冠されたわ。まだ幼さの残る美しい姫だったけれども・・・」
そこで話すのを止め、エスティーギアはフィエルテの目の前まで歩み進む。
そうして優しくフィエルテの頬に片手で触れると、
「美しく立派になられましたね、レギーナ王女」
ニッコリ微笑んでそう言った。
驚いた様子で呆然とするフィエルテ。
「お、覚えておられたのですか?」
「フフフ・・・」と微笑むエスティーギア。
「あの時、私は貴女の傍で魔力の強い波動を感じたの。そして思ったわ、武力だけで無くきっと素晴らしい魔術の才能も持っていると・・・だから忘れられなかったのよ」
と嬉しそうに語る。
スキエンティアが少し困った様子で言った。
「しかしこれは不味いですよ。王妃様が知っていると言う事は、他にもフィエルテの事を見知っている者が居るかもしれません。要らぬ疑惑や諍いを招きかねないでしょう」
そんなスキエンティアを見てエスティーギアは首を傾げた。
「貴女はプリームス様の・・・従者の方ですね? レギーナ王女をフィエルテと呼び捨てにする所を見ると・・・どういった関係なのかしら?」
慌てたフィエルテが割って入る。
「スキエンティア様は私のお師匠であり、プリームス様の腹心そして軍師をされていた方です」
そう説明されて少し驚いた様子のエスティーギア。
それから眼鏡の位置を指で微調整してジッとスキエンティアを見つめた。
「!!?」
今更ながらにエスティーギアは驚愕した。
そのスキエンティアの美しさに。
主であるプリームスにも引けを取らないその絶世の美に。
そしてスキエンティアにプリームスの面影を感じてしまう。
「スキエンティアさんは、プリームス様と同じ血統なのですか? その余りにも似ていらっしゃるから・・・」
スキエンティアは自分で墓穴を掘った事に後悔する。
折角自分から注意が逸れていたと言うのに、自ら誘ってしまうとは・・・。
これにはプリームスが助け舟を出した。
自身にも関係する事なのだから当然の事ではあるが。
「まぁ、そんな所だ。スキエンティアは私と共に”この世界”にやって来た唯一の”身内”。私が最も信用し、私と同等と言っていい程の力を持つ。故に私の従者だからといって安易に扱い、機嫌を損ねんようにな」
再び驚いてしまうフィエルテ。
スキエンティアが只者でないのは承知していた。
しかし主と共に世界を飛び越えて来たとは思っていなかったからだ。
少しだけだが慄き怯んだ様子を見せるエスティーギア。
スキエンティアとしては、腫物を触るような扱いも困りものであった。
しかし下手に馴れ馴れしくされて”動き難く”なるよりはマシかと思い至る。
主であるプリームスが良い例なのだから。
そしてアグノスはと言うと、強大な恋敵が居る様に思えて少し気落ち気味であった。
「ところで、何故フィエルテが隣国の王女と分かったのだ? 気付いていても確信は他に有るように思えたのだが・・・」
とプリームスが話を戻してエスティーギアへ尋ねる。
するとエスティーギアは少し勿体ぶるように言った。
「禁忌、そして新生教会と言う言葉ですよ」