95話・真実の語らい
プリームスはフィエルテを一瞥すると、エスティーギアとアグノスへ向き直った。
「フィエルテにも私の事情を全て話していなかったな。いい機会ゆえ、ここで皆に全てを話しておこう」
するとフィエルテとスキエンティアが居住まいを正す様に仮面を外す。
皆でプリームスの秘密を共有するのだ。
共有する者同士の様相を相手に見せないのは不敬だと考えたからだ。
エスティーギアがフィエルテの顔を見て少し驚いた様子を見せる。
しかし何も無かったように直ぐにプリームスへ視線を戻し、話し出すのを待った。
フィエルテもエスティーギアの反応に気付いたようで、何だか居たたまれ無い表情を浮かべる。
「私はこの世界の住人では無いのだ・・・」
少し寂しそうにプリームスは呟いた。
元より何か察していたのか、冷静な表情でエスティーギアが聞き返す。
「それは詰まり、この大陸でも無く、他の大陸でも無く・・・この次元とは全く異なる場所からやって来たと?」
静かに頷くプリームス。
「その通りだ」
これにはフィエルテが驚愕した反応を見せた。
そもそも別の世界、そして別の次元があると言う事など思いもしなかったからだ。
プリームスは順を追って説明を始める。
かつて自分が魔族の住まう広大な魔界を統べていた”魔王”であった事を。
そして人類と敵対し敗れ、この世界に封印と言う形でやって来た事を。
にわかには信じ難い表情をするフィエルテとアグノス。
更にそれが誠なら、これ程恐ろしい人物も居ないと思ってしまう。
しかしエスティーギアは迷いなく受け入れる様に頷いたのだ。
「左様でしたか・・・長い時の中、ご苦労をされたのですね」
そうエスティーギアは親身になって呟く。
目を丸くするプリームス。
不思議に思いエスティーギアに問い返してしまう。
「私の言う事が信じられるのか? ならば私の事が恐ろしいと思わぬのか?」
エスティーギアはニッコリ微笑むとプリームスの傍にやってくる。
そしてプリームスを優しく抱き寄せてしまった。
「以前は・・・でありましょう? 今はこんなにも可愛らしくて美しくて、それにご自身に利が無いというのに、友の義理だけでこの国を救ってくれました。恐ろしいなどと思える訳がありません」
正にその通りであった。
フィエルテは自身の不甲斐なさに悔しくて涙が出そうになってしまう。
プリームスは奴隷として死にかけていた自分を救ってくれたのだ。
気に入ったからと言って、自身の命を削るほどの大魔法を使用して迄。
それなのに、その恩に報いると誓った筈なのに、フィエルテはプリームスへ一瞬だが疑念と恐怖を抱いてしまったのだ。
故に己の心が卑しくあった事を声に出して、プリームスへ許しを請いたかった。
『でもそれは出来ない。プリームス様に見る目が無いと皆に言わしめるような物だ』
フィエルテはグッと堪えて心で再び忠誠を誓い、そして深く謝罪した。
一方、アグノスは恐ろしいと思った。
しかしフィエルテとは少し心理の方向性が違っているようだった。
「こんな儚げで美しい方が魔王だったなんて・・・。でも昨夜の謁見の間での立ち回りを見るに納得せざるを得ません」
そしてアグノスはエスティーギアと同じようにプリームスの傍に近寄る。
エスティーギアはアグノスの様子に違和感を感じて、慌ててプリームスから離れてしまった。
それは実の娘から強烈な負の感情を感じ取ったからだ。
そんな母親をアグノスは横目で一瞥すると、「フッ・・・」と小さく笑みを浮かべる。
そうして優しくゆっくりとプリームスへ寄り添い抱きしめた。
「プリームス様がその気になれば、この世も手に入れる事が出来るのではありませんか?」
更にアグノスは邪悪な笑みをうかべて続ける。
「あぁ何と素晴らしい事でしょうか! これ程の方が私の伴侶になるとは・・・もう幸せ過ぎてどうにかなってしまいそうです」
そう言い放ちアグノスはウットリしてしまった。
唖然としてしまう一同。
アグノスの余りの反応に皆驚いてしまったからだ。
プリームスはアグノスへ真剣な面持ちで尋ねた。
「お前は私に世界を手に入れて欲しいなどと思っているのか?」
アグノスはキョトンとした表情で首を傾げる。
「プリームス様は世界を手に入れたいのですか?」
逆に問い返されて少し戸惑うプリームス。
だが少し思考し正直に答えることにした。
「いや、そんな気は毛頭ない。闘争や権謀の日々にもう疲れた・・・。故にこの世界ではのんびり人目に付かず、隠遁したいのが本音だよ」
そう少しとぼける様にプリームスは告げる。
すると楽しそうな表情をするアグノス。
「ならばそうされれば良いのです。私はプリームス様がどのような事をされても御傍にいますから」
過去の事などどうでもいい、今のプリームスを慕っているのだと暗に言っている様だった。
そんなアグノスの真っ直ぐな恋慕にプリームスは胸を打たれる。
何故なら以前居た世界を含め今までの長い時で、これ程愚直に慕ってくれる者は久方ぶりであったからだ。
スキエンティアは呆れて苦笑する。
『やれやれ、人間にも色々居たものだ』
そして自身の説明も求められそうで億劫になってしまった。