94話・学園案内(2)
エスティーギアに案内され、理事長室の壁際に有る螺旋階段を上がって行くプリームス達。
すると1番上の突き当たりに扉が見えた。
エスティーギアが率先して扉を開けると外の明るい日差しが螺旋階段に差し込み、薄暗い階段を淡く照らす。
そして野外の暖かい湿った空気も入り込んで来た。
この学園を訪れて直ぐは陽も低く、気温もまだそれ程高く無かった。
故に外と室内の温度差を感じなかったが、今は昼前の為か随分と外気を暑く感じる。
しかし室内の温度は全く変わっていないようにプリームスは思えた。
「理事長室は随分涼しいのだな。いや、この建物自体なのか? 何か細工してあるな?」
とプリームスは興味津々でエスティーギアに尋る。
この辺りの気候は亜熱帯に近く、湿度と気温が比較的高い。
陽が頂点に近づくに連れて気温も湿度もどんどんと上がって行く。
とてもでは無いが長袖の上着など着れる気候てはなかった。
しかし不思議な事にこの学園の建物内は涼しい。
一階に居た女子4人も長袖のブラウスを着て、平然としていた程だ。
するとエスティーギアが自慢げに話し出した。
「実はこの塔にもですが、建物の内壁に"冷石"を使用しているのです。それによって室温が一定に維持されている訳です」
聞き慣れない"冷石"という言葉に訝しむプリームス。
そんなプリームスの様子を見て、察したエスティーギアは補足するように語り出す。
「冷石とは周囲の熱を吸収する魔石になります。王都近郊に魔石の鉱脈がありまして、そこで量は多くは有りませんが産出するのですよ」
「ほほう・・・」
そうプリームスは言うとエスティーギアが開けた扉を抜ける。
目の前に広がるそこは何も無く簡素な屋上だが、非常に見晴らしが良かった。
この理事長室がある塔は、この辺りで最も高い建物のようだ。
その為、屋上は王宮まで見下ろせる高さにあり、その後方に海が見えた。
海を見つめた後プリームスは背後に居たエスティーギアへ問いかける。
「興味深いな・・・それは魔力を宿した特殊な鉱石と言ったところかね? 他にも種類があったりするのか?」
てっきり屋上の景色を褒められるとエスティーギアは思っていたので、期待が外れ膝から力が抜けた。
「えっ、あ、はい・・・大転倒以前には無かったと言われている鉱石ですね」
直ぐに居住まいを正し説明を始める。
「他には熱を発したり、水が滲み出たりなど魔石には色々ありますね。面白い物では傍に有ると、物が腐り難くなったりなど変わり物もあったりします」
プリームスは少し考え込むように呟く。
「魔石・・・大転倒・・・」
どちらの言葉もクシフォスが口にしていたような気がした。
大雑把な為、差し当たって必要に迫られたりしない限り結構忘れがちなプリームス。
そしてこのような事を補佐する為に部下や臣下が居る訳である。
いちいち細かい事まで気にしていたら、本当に大切な事を疎かにしてしまう。
大雑把であっても本質は外さない、それが王という物だのだ。
しかし細かい事でも気になってしまえば、それはそれで仕方ない。
プリームスは他人よりも知識欲が旺盛なのだから。
そう言う訳で学園の事よりも先に、”大転倒”の事をエスティーギアに尋ねる事にした。
「クシフォス殿にも聞いたが、大転倒とはどういった物なのだ?」
エスティーギアは少し驚いた表情を浮かべたが、直ぐ真顔に戻ると話始めた。
「失礼ですが・・・プリームス様は私達が常識で知り得ている事を全くご存じでは無いようですね。この程度の事は子供でも知っていると言うのに」
『まぁ、そう思うだろうな・・・軽率だったか。私がこの地の者では無いと誤魔化す事は出来ようが・・・信を得るには至らんだろうし、困ったな』
とプリームスが答えに窮してしまう。
借りにも貰い受ける娘の母親、つまりエスティーギアは義母なのだ。
義理や信用を失うような嘘をつきたくはない。
かと言って真実を全て話すには間柄としての距離が遠すぎた。
既に”身内”であるフィエルテにさえ全てを話していないと言うのに・・・。
『ならば一層の事、この場に居る”身内”に全てを話してしまうか?』
そうプリームスは思いスキエンティアを一瞥した。
プリームスとは阿吽の呼吸であるスキエンティア。
察してくれたようで、恭しくスキエンティアは首を垂れた。
『御身のままにと言う事か? 詰まる所、勝手にどうぞと言う事だろう。丸投げではないか・・・』
そうプリームスは内心でぼやき溜息をつく。
スキエンティアを頼るのを諦めたように、プリームスは小さく首を横に振った。
そしてプリームスを訝しみ、黙って出方を伺っていたエスティーギアへ向き直り言い放つ。
「私の事を話しても構わんが、聞けば後悔するかもしれんぞ?」
プリームスが危惧しているのは、自身が強大な力と権勢を振るっていた王と思われる事だ。
しかも人類と戦っていた”魔王”であったと知れれば、恐怖から警戒されるのは想像に容易い。
そう扱われる事がプリームスは居たたまれ無くて嫌で仕方がないのだ。
好きで魔王としての覇道を歩んだ訳では無かったのだから。
エスティーギアはプリームスのその言い様に思考し、少し逡巡した様子だった。
だが直ぐに意を決したようにプリームスを見つめて告げる。
「私が後悔するとしたら、それは知り得る機会が有ったのに、それを手放してしまった時だけでしょう。例え貴女が悪魔や”魔王”だったとしても、私は後悔などしませんよ」
プリームスは内心でニヤリとする。
言質を得たからだ。
後は吐いた唾を飲み込むような事をしないと願うばかりだ。




