88話・王妃エスティーギア(1)
感極まったアグノスを何とか落ち着かせて、漸くプリームスは魔術師学園に向かう事になる。
しかし落ち着くまでプリームスに抱き着いたままのアグノスと、それをジッと見守る2人の従者の状況は、傍から見れば非常に異質であっただろう。
異質と言うか、「何をやってるのだ?」と変な目で見られたに違いない。
そう考えるとプリームスは少し恥ずかしかった。
当のアグノスはまったく気にしている様子では無いが・・・。
そうして4人で王宮を出て外庭に到る。
更に王宮の入り口で警備の任に就いていた騎士にお願いし、馬車を用意して貰うことにした。
魔術師学園は内郭には無く、軍司令部などの重要な国の機関が在る外郭に存在する。
要するに内郭外郭はかなり巨大な構造になっているので、徒歩での移動は時間がかかり過ぎる為に馬車を用意するのだ。
直ぐに豪奢な王族専用馬車が用意され、アグノスに急かされるように乗せられるプリームス達。
アグノスはプリームスを早く王妃に紹介したいようだ。
そんなアグノスを見ていると、王妃はどう言った人物なのかプリームスは少し気になり始める。
「そう言えば王妃の名を聞いていなかったな」
何気なくプリームスが呟いた。
するとアグノスは失念していたとばかりに頭に片手を置き苦笑する。
何気に可愛らしい仕草をするアグノス。
17歳で大人びてはいるが、まだまだ子供っぽさを残している。
これから数年もすれば更に美しくなるだろうとプリームスは未来に思いを馳せた。
「母の名は、エスティーギアと言います。私は母に似ていまして、会えばきっと驚きますよ」
と楽しそうにアグノスは答える。
そんな風に言われると増々どのような為人なのか気にもなり、その様相を見るのも楽しみになって来た。
そのためプリームスはお世辞抜きに正直に感想を言う。
「となれば未来のアグノスを見ているように感じるのかもしれないな。さぞかし美しいのだろうな・・・母君は」
プリームスの言い様にアグノスは顔を赤らめる。
遠回しにアグノスへ美しいと言っているのだから。
この時、傍で見ていたスキエンティアは少し呆れて溜息をつく。
『プリームス様は無意識にそのような事をいうのですから・・・また純真な女心を掌握して・・・困ったものだ』
そうスキエンティアは諦めつつも内心でぼやく。
フィエルテはと言うと、3人の様子を見て苦笑をする。
何となく師匠であるスキエンティアの考えが読めたからである。
『恐らく自分の時もプリームス様に対してぼやいていたのだろうな』
そう思うと笑いがこみ上げてしまうのだった。
それから15分程すると馬車は停車した。
どうやら魔術師学園に到着したようである。
先にアグノスが急くように馬車から降り、続いて従者2人と最後にプリームスが降りる。
この時アグノスが馬車から降りるプリームスの手を取り支えた。
「いつもはされる側なので、一度やってみたかったのです」
そう嬉しそうにアグノスは言った。
プリームスは微笑むとアグノスの頭を優しく撫でる。
アグノスの行動や仕草が可愛くて仕方ないプリームス。
アグノスはプリームから伴侶のような扱いを受けたいのかもしれない。
しかしプリームスからすれば330歳も歳の差があり、感覚は正直娘を通り越して孫の域であった。
故に可愛くて仕方無いのだ。
だがプリームスは面倒臭がり屋で大雑把であるが、鈍感では無かった。
関心がある他人の事を洞察し、その為人に思いを馳せる癖は最早趣味と言って良い程だ。
だからこそ他者から向けられる好意には敏感でもある。
プリームスは溜息をつくと、自身の考えを思い直す。
『まぁ、少しずつでも良いから私の感覚を、アグノスやフィエルテに近づけて行くべきなのだろうな・・・』
詰まりそれは自身を慕う者へ、いつかは報いると言うプリームスの心の現れだった。
アグノスに手を引かれたプリームスは、魔術師学園の門を目の前にする。
華美さは無く巨大で厳かな雰囲気が漂う石造りの外装で、門の部分は鉄格子で出来ており固く閉ざされていた。
そして学園を取り囲むように築かれた石造りの壁が、内部を隠すようにそびえ立っている。
鉄格子の門から学園の敷地を見るに、かなりの広さが有るように感じた。
王宮に匹敵するか、下手をすればそれ以上に広大な敷地のようだ。
この魔術師学園が内部を見透かせない理由も、広大な敷地が必要な訳もプリームスには洞察出来ていた。
それを独り言のように口に出すプリームス。
「どうやら魔術は機密に近い扱いのようだな。あまり市井的に魔術が発展していないように思えたのは、こういう事か・・・」
するとアグノスは感心したようにプリームスを見つめて語り出した。
「流石プリームス様です! 魔術は強大な力を発現する事が可能ですから。詰まりそれは兵器としての側面が強い為、こうして国家に委託された”学園”が厳重に管理していると言う訳ですね」
増々、魔術師学園に興味が湧きだすプリームス。
そしてそれを管理運営する王妃にも関心が増した。
知らない事を見聞きし、新たな知識や見分を広める。
プリームスにとってこれ程楽しい事は無いのであった。