78話・王宮名物
朝食の準備が整っているらしいが、取り合えず湯浴みをさせられる事となった。
アグノスの話によると寝起きに湯浴みするのは習慣であるらしい。
その理由として身だしなみの面もあるのだが、何とこの王宮に温泉があると言うのだ。
つまり簡単にお湯を用意出来る事から、湯浴みが習慣化したのだろう。
何とも素晴らしい事だ。
そして侍女からアグノスに嬉しい知らせが伝えられた。
国王の容態が一気に快方へ向かったのだ。
高熱もすっかり引き、軽い食事を摂るまでに快復したという。
恐らく重篤化する前に特効薬を飲ませた事が良かったのだろう。
湯浴みと食事を済ませ次第、国王がプリームスに直接会いたがっていると侍女から伝えられる。
プリームスは困ってしまった。
きっと礼や感謝の気持ちを国王から言われて、褒美やら何やら言いだすに決まっている。
アグノスと共に浴場に案内されつつプリームスはぼやいた。
「国王に会うのは億劫だな・・・すっぽかせないか?」
国王が面会を求め得ているのに、それを”億劫だからすっぽかしたい”とは前代未聞である。
アグノスはプリームスの余りに破天荒な言い草に唖然としてしまった。
「だ、駄目に決まっているでしょう! それにプリームス様は救国の英雄でもあるのですから! ちゃんと父と会って礼と褒美を受け取って下さいまし」
アグノスに一気に捲し立てられて及び腰になるプリームス。
「やっぱり駄目か・・・」
「当たり前でしょう・・・さぁ、先ずは我が王宮の名物である温泉を楽しんで下さい」
そう言ってアグノスはプリームスの手を引き、王宮内をどんどん進んで行ってしまう。
案内する筈の侍女は2人の着替えを持ったまま置いてきぼり状態だ。
侍女の案内とはこれ如何に・・・。
浴場の前まで到着すると、豪奢で大きな両開きの扉が出迎えてくれた。
その扉の両端には王宮の警備兵が1人ずづ立っている。
一応、王族と来賓客用の浴場と言う事で、しっかりとした警備が設けられているのだ。
その警備兵がプリームスをチラリと見て顔を紅潮させた。
魅惑的な肉体を持つプリームスがガウン一枚で歩いて来たのだから、見るなと言うのが無理な話だ。
プリームスとしても見られて減る物でも無く特に気にはしない。
だがアグノスからすれば少し事情が違って居たようだ。
不機嫌な様子で扉を開け浴場へ進むアグノス。
その手は少し強引にプリームスの手を引いた。
「プリームス様は自覚が無さ過ぎます。そのお身体は扇情的過ぎて他の者には目の毒なのです!」
何だか既視感を感じたプリームス。
以前にも似たような事を誰かに言われたような・・・。
取り合えずアグノスを宥める事にした。
「露骨過ぎる服装は控えるよ。だがアグノスは私が他人に見せないような所まで知っておろう?」
するとアグノスは少し恥ずかしそうな表情を浮かべて振り返った。
「うぅ・・・もうその話はいいです。それより到着しましたよ」
そこは驚く程に広い空間だった。
貴族が集って行う社交会でも催せそうな程広い。
奥の半分が露天構造になっており、まるで中規模な中庭の敷地の様に空を眺める事が出来る。
そして床面積の半分以上は有ろう浴槽が湯で満たされていた。
手前の半分は屋内構造で、天井に幾つか設置された天窓により明かりが差し込む仕組みだ。
勿論こちらも広大な浴槽が床に掘られるように造られていて、温泉がかけ流し状態である。
「おぉ~、これは素晴らしいな。人工の物でこれだけ作り込まれた温泉浴場は初めて見た」
とプリームスは素直に感心した。
アグノスもその様子を見てご満悦だ。
「気に入って貰えたようで私も嬉しいです。何せこの王宮、この王国の自慢の一つですから」
そう言ってプリームスのガウンを脱がせに来た。
拒否する理由もないので、そのままアグノスにされるがままのプリームス。
そしてアグノスもガウンを脱ぐと、プリームスの手を引いて手前の温泉へ誘った。
温泉の温度は長湯してものぼせる事は無さそうで丁度いい感じである。
2人で肩まで浸かりホッと一息をついた。
だが天窓から差し込む光が身体を照らした時、プリームスは唖然とそして愕然としてしまう。
何に唖然としたのか?
自身の身体を確認した為だ。
では何故、自身の身体を見て唖然とするのか?
それはプリームスの身体のあちこちが薄い痣だらけだったからだ。
「ふぁぁ?!」と思わず素っ頓狂な声をプリームスは出してしまった。
「な、な、なんだこの痣は?!」
そう戸惑いながらアグノスに助けを求める様に訴える。
アグノスは少し申し訳無さそうな顔をした。
「あぁ・・・昨夜、私がプリームス様を求めて愛で過ぎたのが原因かと・・・。雪のように白い肌をなされていますから、少し吸い付いただけで痣になってしまうのですね」
人間生きていれば、どこかにぶつけたりして痣の1つや2つ出来たりするものだ。
しかしプリームスの様子は例外と行って良いかもしれない。
作為的に首筋や胸元、乳房に至るまで彼方此方に小さな痣が出来てしまっているのだ。
痣が出来た事を気にしている訳では無かった。
こんなもの2,3日すれば綺麗にひいてしまう。
しかしこの姿をスキエンティアに見られれば、何を言われる事やらか・・・。
スキエンティアはプリームスを深く慕っているのだから。
「う~む、スキエンティアにグチグチ言われそうだ」
とプリームスは項垂れた。
その様子を見たアグノスが不思議そうに首を傾げた。
「スキエンティア?」
プリームスは溜息をつきアグノスを見やると簡単に説明する。
「あ~、会ってはいるが知らないのだったな。私の最も信頼のおける腹心だよ。最近は少し拗ね気味で機嫌がわるくてなぁ」
「誰が拗ね気味ですって?」
そうプリームスの背後にある浴場の入り口から声が聞こえた。




