66話・人は城壁、人は城
賓客用であろうか、6頭立てで華美な装飾が施された馬車にプリームス達は乗せられた。
プリームスと共に乗車したのはギルドマスターのメルセナリオ。
そして従者のスキエンティアとフィエルテ。
最後に仕方なくフィートが同行を許された。
また案内役兼監視役として騎士隊長が同乗する。
が、自分より確実に格上である漆黒の従者2人と、メルセナリオが同乗している為、非常に居心地が悪そうであった。
馬車は王宮御用達の物のようで、特に調べられることも無く内郭城門を通過する。
戦時を想定された高く頑強な城壁を抜けた時、プリームスから感嘆の声が洩れた。
「この地の建築技術は大した物だな。素晴らしい・・・」
そう素直にプリームスは楽しそうに呟く。
騎士隊長がプリームスへ尋ねた。
「聖女様がおられた地では、このような建築物は無かったのですか?」
プリームスは馬車の窓から興味津々な様子で、城壁や王城を交互に見やり答える。
「これ程の規模の物は記憶に無い。そもそもこういった物に拘らない文化の影響があったのも確かだ。人は城壁、人は城と言う俚諺があるくらいだしな」
そのプリームスの話に対して興味を惹かれた者がいた。
「おぉ? 何だその言葉は? 詳しく聞かせてくれぬか?」
などどメルセナリオがプリームスに問い質したのだ。
馬車の揺れなどお構いなしにプリームスに迫るメルセナリオ。
何だかクシフォスに似ている感があり暑苦しい。
そう思いつつも答えてやるプリームス。
「そもそも何故、強固な城壁や王城を構えるのだと思う?そこに”この”俚諺・・・ことわざの本質が隠れている」
結局、質問を提示する形になってしまうが・・・。
メルセナリオも騎士隊長も唸るように考え出した。
するとフィートが答えてしまう。
「当然の事ですが守る為ですよね。国の首都に敵軍が迫った時の事を考えれば、迎え撃つために強固な城壁は必要です」
「ふむふむ」と頷くプリームス。
だがニヤリと笑うと補足するように語り出した。
「それは戦時中の備えと言える。しかし戦争という物は常に一生続いている物では無かろう? しかも首都に攻め入られる事など殆ど無い筈だ。そんな事の為に時間と労力と大金を使って、強固で強大な城壁や王城を築くのは可笑しいとは思わんか?」
少し思案した後、納得するように頷くメルセナリオ。
「確かにそうだな、考えれば変だ。そして無駄に思えるな」
だがメルセナリオはそこから反論に転じた。
「しかしな、これは戦時を想定してはいるが、それは建前でもある。プリームス殿はその事を言っているのでは?」
「ほぼほぼ正解だ」とプリームスは笑みながら言った。
騎士隊長は良く分かっていない様子で首を傾げる。
「申し訳ありません、小官にも理解できるように説明して頂けますか?」
プリームスは馬車の内装を指でコンコンと叩く。
「この馬車の華美な装飾もそうだ。戦時中ではこんな金のかかる物を作らない。詰まり強固な城壁、王城、華美な馬車や施設・・・全て平和な時期に権威を象徴し誇示する為に作られる。これ程に無駄で美しい物は無いよ」
騎士隊長が少しムッとした表情で言った。
「それは我々の国を、この王宮を侮辱しているのですか?」
プリームスは苦笑して片手を小さく横に振る。
「いやいや、勘違いしないでくれ。これは人の、そして世の常と言えよう。皆同じだよ・・・」
それを聞いた騎士隊長は安心したように憤りを収めた。
そしてメルセナリオは他人事のように見つめていたが、話の続きが気になったようで再びプリームスへ詰め寄る。
「で、違うのだろう? プリームス殿の居た地では、この地とは”考え方”が?」
『顔と図体に似合わず、こんな話が好きなのだな』
そうほくそ笑むプリームス。
そうしてメルセナリオに説明するように語り出した。
「私の居た地は長く紛争が続いていてな、権威の誇示など何も役には立たない。そんな物に使うなら兵站を補強させ充実させる。そう言った世界なのだ」
するとメルセナリオが少しだけ切なそうな表情を浮かべて言った。
「なら人は城壁、人は城とは・・・我々には皮肉に聴こえるな」
プリームスは苦笑しつつ話を続ける。
「まぁそうだな。人の信を得ていれば強固な壁や城は必要ないと言う事だ。それは詰まり王は臣下から強固で揺るがない信を得て城とし、多くの人民の信を以って城壁と成す。そして王や臣下による優れた手腕によって、国外からの信を得る。そうすれば戦争も起きない・・・と言う教訓から来ることわざだな」
豪快に笑い出すメルセナリオ。
「何と言うか、この地の権力者に聞かせてやりたい話だな。今は平時でゆえ軍事費が国庫を圧迫する事は無い。その為に無駄も多い・・・愚かな事だよ」
漸く理解できたのか騎士隊長は項垂れてしまった。
それもその筈、その愚かな中枢に己は所属しているのだから。
そうしている内に馬車は停車する。
王宮の本殿に到着したのだ。
一応、賓客扱いで連れて来られたようだが、無礼が過ぎるようであれば力で払い退けるつもりでプリームスはいた。
『しかし直ぐに暴れては相手の真意も見抜けんしな・・・少しは付き合ってやるか』
そう面倒臭そうにプリームスは思いスキエンティアを見やる。
プリームスの考えを察し得ているのか、スキエンティアは小さく頷いた。
一方フィエルテとは出会って日が浅い為、スキエンティアとの様に阿吽の呼吸と言うのは無理だ。
『私が直接フォエルテに指示してやり、怪我をせぬ程度に場数を踏ませてやるべきだな』
従者の育成には余念のないプリームスである。
そしてメルセナリオとフィートをプリームスは一瞥した。
『まぁ~このオッサンは・・・放っておいても大丈夫か。傭兵王とか自分で言っておったしな。フィートは・・・クシフォス殿の預かり物。怪我をしないように庇ってやらねばな』
そうして騎士隊長に先導されて、プリームス達は王宮内へ案内された。