65話・聖女様をお出迎え
この傭兵ギルドへ王宮からの使者が来た。
そして”ボレアースの聖女”を引き渡せと言っているらしい。
引き渡せとは何とも物騒な物言いである。
恐らく幾らか手勢を連れているに違いない。
だが国王と同格である傭兵ギルドマスターを差し置いて、そんな事を要求するのではメルセナリオが黙っている筈も無かった。
メルセナリオはドカドカと賓客室の扉まで歩むと、勢いよく扉を開け放つ。
そして報告に来た目の前に立つ侍女へ告げた。
「帰ってもらえ! そのような礼を失する輩の要求には応えられん!!」
メルセナリオの対応はプリームスとしては嬉しいが、それでは意図した展開から遠ざかるので困るのも事実。
首謀者の顔を見ることが出来るこの機会を逃したくは無かった。
「まあまあ待て、メルセナリオ殿。使者の話を直接聞いてみようではないか」
ゆえにプリームスはメルセナリオを諫めるようにそう言ってみる。
すると少し不満そうだがメルセナリオはプリームスを見やると、
「貴女がそう言うならワシは構わんが・・・ギルドから出れば何も手助け出来んぞ、いいのか?」
そう心配そうに言った。
プリームスは席から立ち上がり告げる。
「そうなれば貴殿が私に付き添ってくれれば良かろう? それとも私と関わって騒動に巻き込まれるのは怖いかね?」
少し挑発的で意地悪な言い回しだったかもしれない。
しかしメルセナリオは気にする所か嬉しそうに笑みを浮かべた。
「な~にを馬鹿な事を・・・ワシはこれでも南方では傭兵王と呼ばれているのだぞ! 多少の荒事など屁でも無いわ」
プリームスも笑みを浮かべて賓客室の出口へ向かい言い放つ。
「では決まりだな。私を確保しようとする愚か者の顔を拝みに行くとしよう」
スキエンティアとフィエルテは立ち上がると、慌ただしく仮面を身に着けフードを被りプリームスの後を追った。
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プリームスはメルセナリオを連れ、ギルドの待合フロアーまで戻って来た。
勿論、背後には2人の禍々しい従者も連れている。
フロアーの中央には純白の鎧を見に付けた、いかにも権威丸出しの騎士20名程が屯していた。
思ったより人数が多い。
傭兵ギルド内での抵抗を考え武装と人数を揃えて来たのだろう。
メルセナリオが彼らの前まで歩み出ると、一番先頭にいた騎士隊長が軽く頭を下げた。
「これはギルドマスター」
メルセナリオは少し不機嫌そうに返す。
「騒がしいから来てみれば、王宮の近衛騎士が何用だ?」
するとワザとらしく訊き返す騎士隊長。
「おや? 我々の口上は伝わっておりませんか? それとも暗に要求を拒否しておられるのかな?」
「チッ」と舌打ちをして苛立ちを隠さないメルセナリオ。
本当に王国関係者、特に王宮の者は嫌いなようだ。
「お前達が探している聖女とやらが何故ここに居ると思った? それに対応が早すぎる」
そう訝し気にメルセナリオは問い返す。
騎士隊長は兜のフェースガードを上げてニヤリと笑みを見せた。
「それはここに”ボレアースの聖女”が居ると告げているような物ですよ」
何だかこのまま押し問答が続きそうでイライラしてきたプリームス。
故にメルセナリオの影に隠れていたが前へ歩み出した。
その美しい銀に近い白髪をなびかせて。
「お前たちが探しているのは私の事だろう? 何用だ?」
プリームスの美しい声音が凛と周囲に響き渡る。
騎士たちから感嘆の声が洩れる。
その余りにも儚く美し過ぎるプリームスを目の辺りにしてしまったからだ。
気圧されてしまった騎士隊長が正気を取り戻すと、
「貴女様が・・・ボレアースの聖女様でありますか。我が主の命により、お迎えに上がりました」
そう恭しくプリームスへ告げる。
メルセナリオが割って入って来た。
「迎えにあがっただと? 貴様、どこの所属だ? 誰の命を受けた?」
騎士隊長は佇まいを正すと言い放った。
「小官は近衛隊所属、宮廷魔導士直下の騎士隊。聖女様をお連れするように指示されたのは、ポリティーク・レクスアリステラ伯爵閣下であります」
ポリティークは宰相の息子で、プリームスが目を付けている容疑者でもある。
現在は隣国へ出払っている父親に代わり、宰相代理を務めているとの事だが。
『宮廷魔導士とは・・・何だ?』
あまり魔術が進歩していないように見えるこの世界で、そんな役職が有る事にプリームスは訝しんだ。
するとメルセナリオが毒づく。
「あの魔法かぶれの青二才か」
やはり魔術や魔法は蔑まれているように思えた。
でなければ”魔法かぶれ”などと言われることもないだろう。
もしくはある程度の者しか魔術は学べないのかもしれない。
そして青二才と罵られるのは、大した才のが無いと言う事か。
どちらにしろ直接会えば分かる事だ。
そう思い早々に話を進める事にするプリームス。
「もう時間も遅い故、早く済ませよう。私はそろそろ御睡だ・・・」
緊張した空気の中でプリームスが可愛らしい事を言った為、場が一気に緩んでしまった。
背後で小さくクスクスと笑うフィエルテ。
釣られてメルセナリオも苦笑した。
「聖女様もこう言われておる。お連れするがいい・・・しかしワシも同行するからな!」
と少し語気を強めてメルセナリオが騎士隊長へ告げる。
それを聞いた騎士隊長は、恭しく頭を下げて道を空けた。
「聖女様をお連れする為に、馬車を用意しております。どうぞお乗りくださいませ」
プリームスは騎士隊長の傍へ近づくと、
「従者2人とギルドマスターは私の傍から離す訳にはいかん。それでも構わんな?」
と呟くように告げた。
騎士隊長の顔が青ざめる。
それはプリームスの背後に控える2人の黒き従者の所為であった。
黒き従者の外面の禍々しさも然ることながら、肌がピりつく程の凄まじい殺気を放っていたからだ。
今ここで同行を拒否すれば、この禍々しい従者に皆殺しにされ兼ねない。
そう思わせる程の実力差を殺気から感じさせられたのだ。
かくいう傍にいたメルセナリオも、2人の殺気に当てられて表情が引き攣っていた程だ。
騎士隊長は静かに返答する。
「仰せのままに・・・」
そして少し離れたテーブル席近くに立ちすくむ女性を見やった。
「ですが、あちらの女性は同行せずとも良いのですか?」
それはクシフォスから案内役につけて貰った、舎人のフィートである。
プリームスはウッカリした表情で告げた。
「あ、忘れていた。どちらでも良い・・・任せる」
「そ、そんな~」
冷静沈着なフィートには珍しく、慌てた様子でプリームスへ訴えるのであった。




