62話・傭兵ギルドマスター(1)
傭兵ギルドに突然現れたプリームスに、絡もうとする者は居ない筈だった。
ただ一人の男を除いて。
その人物はかなりの巨漢で、クシフォスよりも大きい。
年齢は50歳くらいか? 初老に入りかけと言ったところだ。
軽くプリームスへ声をかけた後、身体に似合わず俊敏な動きで近づいて来た。
「お嬢ちゃんと思ったが・・・身体は・・・凄いな!」
少し驚いた様子で、その男はプリームスを上から下まで見つめる。
顔に似合わず扇情的過ぎるプリームスの身体に驚愕したようだ。
傍に居たフィートは何も言わず静観したままだ。
しかし主に対して、無礼な物言いをする者を黙って見過ごす従者など居ない。
プリームスの背後に控えていた2人の黒い影は、瞬時にその巨漢の男とプリームスの間に立つ。
そして腰に下げた剣を抜かずに、マントの隙間から柄のみを見せた。
警告したのだ。
これ以上近づく事と、無礼な物言いをすれば斬ると暗に伝えたのだ。
更に死神のような黒い2人の動きは、この巨漢の男を驚かすには十分であった。
巨漢の男は見事に毛が無くツルツルに輝いた頭を掻くと、
「すまんすまん・・・無礼を働くつもりなど無いのだ。ワシはこの傭兵ギルドのマスター、メルセナリオと言う」
そう言って困ったような顔をした。
それを聞いたプリームスは静かに2人の黒い影に言う。
「二人とも下がりなさい」
主の指示に従い速やかにプリームスの背後へ控えるスキエンティアとフィエルテ。
胸を撫で下ろすようにメルセナリオは溜息をついた。
そしてメルセナリオはプリームスに、その大きな片手を差し出す。
「何と言うか、すまんな。少し馴れ馴れしく行き過ぎた。只者ではないとお見受けするが・・・名とここに来た目的を聞かせてもらえないか?」
小さく頷くプリームスは、メルセナリオの手を取り握手を交わす。
「プリームスだ。この国の首都に観光に来たばかりでね、右も左もよく分かっていない。差し当たって興味があった傭兵ギルドに見学に来た訳だが・・・」
メルセナリオは「うはは」と豪快に笑いながら言った。
「それでいきなりワシに絡まれたのか」
それからフィートをチラリと一瞥する。
そうしてすぐにプリームスを見やると、
「お詫びと言っては何だが、ワシがここの事を色々おしえてやろう。どうだ? 奥で2人きりで飲み食いしながら話そうではないか」
そう人の好さそうな笑顔で告げた。
プリームスは困った表情で答える。
「この2人の従者は私が居なければ制御が効かない。分かったと思うが相当に危険な者達ゆえ、私から離して何かあっても責任をとれないぞ」
すると今度はメルセナリオが困った顔をした。
「う~む、そうか、・・・なら仕方ないな、従者も一緒で構わんよ。だが、そこの舎人は駄目だ」
首を傾げるプリームス。
「どう言うことだ?」
「ギルドと言うのはな治外法権だ。国からの依頼の話なら仕方ないが、ワシの個人的な酒の席に”この国側”の人間を同席させたくない」
そうメルセナリオは然も当然の様に言い放った。
プリームスは少し感心した様子でメルセナリオに尋ねる。
「ほほう。彼女がレクスデクシア大公の舎人と知っていたのか?」
ニヤリと笑み「まあな」とメルセナリオ言うと、
「文官にしろ武官にしろ役人は好かん。ワシの我儘になってしまうがね」
悪びれる事無く続けた。
抑揚のない声でフィートが言った。
「私はここで時間を潰しておきます。ですからお気になさらずギルドマスターと食事をなさって下さい」
「なら決まりだな!」
そう言ってメルセナリオはプリームスを案内するようにその背に手を添えた。
プリームスは申し訳なさそうにフィート振り返る。
「すまんな・・・」
そのまま促されるようにプリームスはメルセナリオに連れられて奥へ進んで行ってしまう。
その後を静かに音も無く追う2人の影。
ギルドマスターと天使のような美少女のやり取りを見ていた周囲の無頼漢達。
メルセナリオの肝の据わり様にも周囲は驚いたが、2人の黒い従者が恐ろしくて仕方が無かった。
その2人を連れて行ってくれたのだ。
ギルドマスターには感謝せねばなるまい。
そう皆は思いつつ再び食事と酒の席は、賑やかな喧騒に包まれるのであった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
受付の横を抜け、更に奥へ進んだ先に頑丈な扉が見えてくる。
中に案内されるとそこは派手さは無いが、高級な造りの賓客室になっていた。
食事が出来るテーブル席と、寛いで談話が出来るソファー席に分かれていて、プリームスは当然のようにテーブル席へ着かされる。
メルセナリオはテーブルを挟んでプリームスの正面の席に着いた。
それを確認したプリームスはスキエンティアとフィエルテに、
「2人も席に着きなさい。それから仮面を取りフードを脱ぐことも許可します」
と静かに告げた。
速やかにプリームスの指示に従う2人の黒い影。
仮面を取りフードを脱いだスキエンティアはプリームスの右側に、フィエルテは左側の席に着いた。
2人を見たメルセナリオは驚きに目を見張った。
プリームスの連れている恐ろしい従者がどちらも女性で、しかも主にも劣らない麗人だったからだ。
「これはこれは・・・」
給仕達により飲み物が素早く持ち込まれ、プリームス達に提供される。
メルセナリオは自身のグラスに酒を注ぐ。
そしてプリームスの傍にあるグラスにも給仕が酒を注ぐと、
「いける口かい?」
とメルセナリオが笑顔で訊いて来た。
頷き酒の入ったグラスを手に取るプリームス。
それをメルセナリオへ差し出すと、彼も差し出しグラスを重ねた。
小さな甲高い音が響き、
「絶世の美女との出会いを祝して」
とメルセナリオは嬉しそうに言い放つ。
「フフフ」と小さく笑うプリームスは、
「新しい伝手を得た事を祝して・・・」
などと言った。
一気に酒をあおった後、メルセナリオは豪快に笑い出した。
「治外法権に位置し、この国の国王にも憚る必要のないワシに”伝手”とはな! それにその外見にそぐわない落ち着いた立ち振る舞い・・・何者なのか気になって仕方がないぞ!」
どんどん食事がテーブルに並べられていくのをプリームスは静かに見つめていた。
『ある程度は腹を割って話す必要があるだろう。しかしその前にこの人物と傭兵ギルドの立ち位置を確認しておく必要があるな』
そう思案し一口酒を含むプリームス。
そしてメルセナリオを見据えた。
「済まないが、そちらの事を詳しく話して貰えねば、何処まで話して良い物か判断しかねる。この国の事や市井の事は詳しく無くてな」
と申し訳なさそうにプリームスは伝える。
「成程な」と納得したような様子のメルセナリオ。
「取り合えずは食ってくれ! 全てワシ持ちだから遠慮はするなよ」
何とも豪快で大雑把な男だな・・・とプリームスは笑みが漏れる。
クシフォスにも似たような所があるが、自分はこんな男ばかり周囲に寄せ付けてしまうのかと少し困惑してしまうのであった。




