4話・新たな人生の幕開けへ
プリームスを次元転送させると言う勇者達。
しかし人間の脆弱な魔力でそれが可能なのか・・・不安が過った。
そんなプリームスに気付いたのかディケオスニーが笑顔を向けて、
「大丈夫ですよ。我々の魔力を使う訳ではありませんし、聖剣に元々蓄積されていた魔力を使うのです」
ペンシエーロが頭を掻きながら申し訳なく続けた。
「ただ、1回分しか送り出す魔力が無い・・・。再び聖剣に魔力が蓄積するまで、どれだけ時間がかかるか予想も出来んのだ。つまり陛下を呼び戻したくとも、その時に聖剣が使い物になるかは何とも言えん」
同じくディケオスニーが申し訳ない顔をした。
「後ですね、私が生きている間に教会を何とか出来るかと言えば難しいでしょう。私の意思を継ぐ者を必ず用意しますが・・・何十年も先になるかもしれません」
「フッ」と小さく笑うプリームス。
「構わんさ・・・私は魔界を統一するのに100年もかけたのだぞ、その程度気にはしない。それに仮初とは言え新しい人生を満喫できるのなら、私も何十年かは時間が欲しいと言うものだ」
頷くディケオスニーは、聖剣を鞘から抜くと立ち上がった。
「分かりました。そう言う事なら早速準備にはいりましょう」
プリームスは自身の背中を支えているベーネ見やると、
「すまないが、私を玉座まで運んではくれぬか?」
少しキョトンとした様子のベーネ。
「え? あ、はい」
そう言うとベーネはプリームスをお姫様抱っこした。
少し驚くプリームス。
まさか抱き上げられるとは思わなかったからだ。
ベーネは心配する表情でプリームスを見つめると言った。
「魔王陛下は華奢で軽う御座いますな・・・とても我々を圧倒した方とは思えません」
苦笑するプリームス。
「そうかね? 卿も軽々と私を抱えたではないか。それに先程のシールドチャージ・・・卿のような可憐な少女が放つような威力ではなかったぞ」
慌てるベーネ。
「も、申し訳ありません・・・ですが、あれは仕方なく・・・」
笑みを向けてプリームスはベーネの言葉を遮った。
「分かっている・・・」
そのままゆっくりと玉座まで運ぶと、ベーネは優しくプリームスを座らせた。
プリームスは玉座の肘掛けを懐かしむように触れ、全てを払拭するように溜息をつき告げる。
「さあ、始めてくれ」
ディケオスニーは抜き身の聖剣をプリームスの正面の床に突き立てた。
そして聖剣の柄に指先で触れ、古代マギア語で言葉を紡ぐ。
『サクロ・エスパーダよ・・・我が命に答え、彼の者を此岸より解き放て』
すると聖剣の刃から放たれた淡い光がプリームスを照らし出し、徐々に光を強めたかと思うと一瞬で覆い隠した。
ディケオスニーが別れを告げる様に小さく片手を上げた。
「その聖剣で受けた聖痕が必ず貴女を見つけ出します。そして時が来れば貴女を召還するでしょう。その時まで、お別れです」
ベーネの寂しそうな顔が見えた。
ペンシエーロも杖を掲げ別れを告げる。
プリームスは眠るように瞳を閉じた。
「さらばだ・・・勇者達よ」
「陛下・・・」
「プリームス陛下・・・」
何者かがプリームスを呼ぶ声がした。
まどろむ意識の中で、自分がどうなったかを思い出そうとする。
「確か、私は・・・」
自分が地面に仰向けになって寝そべっている事に気付く。
土と緑の匂い、そして草が柔らかな感触を背中に伝えていた。
身体は思い通りに動きそうだ。
早々に上半身を起こして辺りを見渡すと、どうやら森の中のようだった。
「陛下、意識が戻られましたか・・・心配しましたぞ」
その声の主はスキエンティアだった。
プリームスの首にかけられたネックレスであり、知性を持つインテリジェンスアイテムだ。
声と言っても思念波なので、プリームスに聞こえても他人には聞こえない。
プリームスはまだ完全に覚醒していないせいか、疲れたように頭を抱えた。
「スキエンティア・・・ここがどこだか分かるか?」
スキエンティアは少し考えるかのように間を置き答える。
「いえ・・・私の索敵能力で周辺を確認しましたが、私の記憶に有るような場所ではありません」
「そうか・・・」と特に残念がる様子も無く呟くプリームス。
そしてプリームスが立ち上がろうとした時、突如めまいと右胸に激痛が走った。
「ぐぅぅ・・・」
堪らずその場にしゃがみ込んでしまう。
「へ、陛下?!」
慌てたスキエンティアの声がプリームスの脳裏に響き渡る。
激痛の原因を確認するため、プリームスはドレスの胸元をめくり聖剣の傷跡を見やった。
するとそこには傷跡の上に重なるよう紋様が浮かび上がっていた。
”その聖剣で受けた聖痕が必ず貴女を見つけ出します”
ディケオスニーの言葉を思い出したプリームス。
そして顔をしかめた。
この聖痕がただの目印であるなら問題はない。
だが聖剣で深く斬り付けられたせいか、プリームスの身体に巡る魔力と聖痕が反発し合っていた。
その為、プリームスの魔力を聖痕が中和し続け、命の危険を孕んでしまっていたのだ。
「このままでは不味い・・・身体を維持できない」
心配するスキエンティアの声がした。
「そ、それはつまり・・・」
「死ぬと言う事だ」
とアッサリ言い放つプリームス。
スキエンティアの声には怒りが含まれていた。
「なりません!! こんな所で貴女様を失うなど、許されません!!」
プリームスは優しくネックレスに触れると、
「そう怒るな・・・まだ手は有る。それにはスキエンティア・・・お前の力を借りる事になる」
逸るスキエンティアの声。
「誠ですか?! であるなら、何でも致しましょう。望みと在らば、この存在を消失しようとも後悔はありません!」
プリームスは溜息をついた。
「馬鹿な事を申すな。力を借りると言っても、この私の身体を管理してもらうだけだ」
妙に残念そうな声色のスキエンティア。
「左様ですか・・・で、管理とはどういう意味ですかな?」
プリームスは左の小指にはめていた指輪を外した。
「スキエンティア・・・お前が肉体を失った時に使用した魔法を私に使ってみようと思う。そしてこの指輪には、本来お前が依代に使うべく用意した物を保管していたのだが・・・」
スキエンティアは驚いた様子で問い返した。
「まさかリンカーネーションを使うおつもりですか?! 危険すぎます!」
過去に思いを馳せる様にプリームスは少し俯いた。
「お前が戦で致命傷を受け死を目前とした時、何とか存在だけでも残したいと私は願った。解明してから一度も使った事のない魔法だったが・・・上手く行ったではないか。故にお前は消滅せずに、インテリジェンスアイテムとして存在し永らえている」
尚も食い下がるスキエンティア。
「私めが心配しているのは、自らを捕まえて自ら投げる様な行為に無理があると言っているのです。術者が本来他者にかけるべき魔法を自身に施すなど、正気の沙汰とは思えませぬ」
「しかし他に方法は無い」
そう言い放つとプリームスは外した指輪を地面に置いた。
そして指輪に魔力を送り込み呟く。
「解放せよ」
すると指輪は甲高い音を立てて砕け散り、指輪が有った場所を中心に半径1m程の光のドームが覆う。
徐々に光が収まってゆき、その場所には10代半ば程の少女が横たわっていた。
その容姿は美しく、どこかプリームスに似ているようでもあった。
驚いた声で呟くスキエンティア。
「こ、これは・・・もしや!?」
頷くプリームス。
「これは私の細胞から作り上げた複製体だ。スキエンティア・・・お前が肉体を失ってから直ぐに造り始めた、お前専用の依代でもある」
そしてプリームスは申し訳ない表情し続けた。
「だがすまない・・・これは私が依代とする。その代わり、お前にはこの私自身を預ける・・・頼まれてくれるな?」
スキエンティアは切迫した声音で答える。
「もう時間が無く、他に方法がないのであれば仕方ありません。ですが、どう言った方法でご自身の危機を乗り切るのか詳しく、今一度お教え下さいませ」
最もな話だ。
プリームスは右胸の痛みを堪えつつ出来るだけ早く、そして詳しく説明する事にした。