47話・隣国の陰謀(2)
”ボレアースの町に死熱病を持ち込むよう、アポラウシウスに依頼した者”
”隣国セルウスレーグヌムの国王を暗殺した首謀者”
この2人が同一人物なら一体どうなるのか?
この問いにクシフォスが頭を混乱させてしまったようだ。
そこでプリームスはクシフォスへ噛み砕いて説明する事にした。
「おかしいと思わぬか? セルウスレーグヌムの国王が暗殺された機に、この町で死熱病が発生した事が・・・」
とプリームスはクシフォスへ問いかける。
「う~む・・・偶然ではないと?」
と考え込みながら返すクシフォス。
食事がテーブルに全て並べられてプリームスはスープから手を付けた。
一口、二口と味わった後、再びクシフォスへ問う。
「クシフォス殿は王都に居たのだな? そして自分の領地で混沌の森の魔物が暴れていると報告があった。更に死熱病の犠牲者が出ていると報告も受けた・・・。故に100kmも離れたボレアースに大公自ら出向いたのだろう?」
「その通りだ」とクシフォスは頷く。
「そして同じくして王都に隣国の王が死去したと連絡が入った。そこで直ぐに宰相であるレクスアリステラ大公が隣国に向かった・・・。こうなるとこの国の中枢には、2人の最高管理者が不在になってしまうな」
そうプリームスはテーブルに付いている一同を見渡しながら説明した。
するとクシフォスより早くフィエルテが反応した。
「まさか大公2人の不在を見越して何者かが謀反を?」
頷くプリームスは説明を続ける。
「この場合、リヒトゲーニウスの国で利益を得る者と考えるのではなく、その周辺で利益を得る者が暗躍していると考えた方が良い。謀反とするならば、それは利用されているだけに過ぎん」
フィエルテの顔から血の気が引いた。
「まさか・・・セルウスレーグヌムを乗っ取っただけに飽き足らず、アンビティオーはこの国まで狙って?!」
小首を傾げるプリームス。
「アンビティオー?」
「アンビティオー・ファトゥウス公爵・・・前セルウスレーグヌムの宰相であり、国王の葬儀が済めば王女と結婚して国王になる男だ」
とクシフォスが補足した。
不機嫌そうにフィエルテが言い放った。
「本当の”元”王女はここにいますけどね・・・」
クシフォスは申し訳ない表情でフィエルテに愛想笑いを向ける。
「そう気を悪くするな・・・アンビティオーがフィエルテの影武者と結婚しようとも、それを影武者と証明する方法がない。それにもうお前さんは国に未練はないのだろう?」
「その通りです! 私はプリームス様に生涯を捧げると誓ったのですから」
きっぱり言い張るフィエルテ。
そして少し心配そうに続けた。
「母国の事はもうどうでも良いのです。それよりもクシフォス様・・・ご自身のおられるこの国が心配では無いのですか?」
顎に手を置いて視線を他所に流すとクシフォスは言う。
「う~む、正直それ程心配はしておらん。王都には私の息子と娘が軍司令の代行を務めているしな。それに国政はレクスアリステラ大公のご子息が代行しておる」
そうしてフィエルテにニヤリと視線を送ると、
「このご子息のポリティークも父親に似てかなりの切れ者だからな。謀反が起こるなどとても考えられん」
そう自信ありげに言い放った。
突然核心を突くように呟くスキエンティア。
「そのポリティークとやらがアンビティオーと繋がっていたら?」
何を馬鹿な事を・・・と言わんばかりにクシフォスの視線がスキエンティアを射貫く。
「・・・・まさか、そんな訳が有るまいに・・・」
そして慌てたようにクシフォスはプリームスを見つめて訴えた。
「王都には国王陛下も居られるのだぞ!」
ジロリとクシフォスを見つめ返すプリームス。
「国王は直接に国政、軍事を管理していまい。何の為の宰相と軍司令か?」
「ウッ」と口ごもるクシフォス。
プリームスは溜息をつくと呑気に食事を進めた。
グラスのワインを一気に呷るクシフォス。
そうして請うようにプリームスへ言った。
「プリームス殿の洞察した所を語ってくれまいか? 俺はどうも脳筋でいかん・・・」
プリームスとスキエンティアが笑いを堪えて互いを見合わせた。
『脳筋、認めたな・・・』
『認めましたね、脳筋を』
そして我慢できず少し笑いを漏らしながら、プリームスはクシフォスへ問う。
「そのポリティークとやらの人となりを話してみよ」
「む? あ、ああ・・・分かった」
とクシフォスはたどたどしく返事をする。
個人の武力、そして軍事の才はあるのだろうが、こういった権謀術数は気質的に苦手なのだろうな、とプリームスはほくそ笑んだ。
クシフォスの話によれば、ポリティークは非常に聡明な男らしい。
計算高く良く目端も利くので、父の跡を継いで宰相になる事が周囲からも期待されているとの事だ。
ここまではクシフォスが見る表面的なポリティークへの評価だ。
そしてここからが違った。
幼少期より知っているポリティークの性質に、クシフォスは違和感を感じていたと言う。
「何と言うか、10歳も満たぬ頃から氷の様に冷めた目をする事があってな。それに子供なのにいつも冷静過ぎて、相対した時など賢しい”大人”と話しているような錯覚に囚われたものだ。それでな、この子が将来父親の跡を継いだならどうなってしまうのか・・・と少し怖くなった」
そうクシフォスは思い出すように語った。
「ほほう。で、今現在はどうなのだ?」
とプリームスはクシフォスへ先を話すよう促した。
空になったグラスにワインを注ぎながら、クシフォスは話を続ける。
「俺のそんな過去の思いは、杞憂だと言わんばかりに至極”優秀”だ。優秀だが無難でまとも過ぎて、まるでそれを装っているように見える。確かな事は言えんが”違和感”が有る」
プリームスはクシフォスの人を見る審美眼は悪くないと思っている。
確かに武人然と過ぎる故に、謀略や策略に疎いところは有る。
しかしそれと人の内面を見る力は別にあるのだ。
ならば答えは一つしかないな・・・そうプリームスは判断した。
「恐らくこの国の王都で、何かが起こるのは確定していると言っていいだろう。後はそれを確かめるか、成り行きに任せるのか・・・それはクシフォス殿次第だな」
そう他人事のようにプリームスは言った。
クシフォスはまるで捨てられた子犬の様にプリームスを見つめる。
「プリームス殿は俺の友人として共に王都へ行ってくれると言った」
頷くプリームス。
「ああ、言った」
「それは死熱病に関してのみ手を貸してくれると言う事か? ”友人”の俺が他に困った事があっても、何も助けてくれないのか?」
などとクシフォスは図々しい事を言い出した。
その余りの図々しさと率直な素直さに、プリームスは笑いで吹きそうになった。
「ぶっ、くっ・・・クシフォス殿は面白い男だな」
クシフォス本人は到って真剣な様子だ。
さぁ、どう答えたものか・・・。
プリームスにとってクシフォスは、この世界で初めて知り合った人間であり大切な伝手である。
そして”友人”でもあるのだ。
『ここは多少の無理は聞いてやらねばなるまいか』
そう諦めたようにプリームスは溜息をつくのであった。