42話・一般的な強者と超常者の差
クシフォスの屋敷に戻った一行。
すっかり寝入ってしまったプリームスを、スキエンティアは宛がわれた賓客室のベッドに寝かせた。
そしてフィエルテに自身の実力を認識させる為、ある提案をした。
「私と試しに手合わせしてみましょうか」
驚くフィエルテ。
「え? あ、はい。で、目的はどういった物なのでしょうか?」
中々に良い思考をしているなと思うスキエンティア。
行動には意味があり、言葉にして”試す”と出せば更に思惑と目的が潜んでいるのだ。
結果は別にして、スキエンティアがフィエルテを試そうとしている事以外に、何か有る事は伝わっているようだ。
「貴女がどの程度の実力が有るか試したい・・・それは表向きで、貴女の潜在能力を知っておきたいと思ったのです」
とスキエンティアは言った。
真剣な表情でフィエルテは頷いた。
屋敷の中庭でスキエンティアはフィエルテと手合わせする事にした。
クシフォスが自身の修練用に中庭を整備していて、地面は綺麗に刈り揃えられた芝生で覆われている。
これなら多少倒れたりしても大怪我にはなり難そうだ。
修練用の木剣をお互い持ち、5m程の距離を空けて相対する。
少し離れた位置でクシフォスが興味津々の様子で2人を見つめていた。
スキエンティアはロングソードを模した木剣を無形に近い形で下段に構えた。
「いつでもいいですよ。全力でかかって来て下さい」
対してフィエルテは片手でも両手でも扱える、少し小振りのバスタードソードを模した木剣を握っていた。
スキエンティアの呼びかけに頷くと、片手で胸元の高さまで木剣を構える。
次の瞬間、凄まじい速度で踏み込みフィエルテは突きを繰り出した。
その切っ先はスキエンティアの胸を狙い定める。
その余りの鋭さに見ていたクシフォスが感嘆の声を上げた。
「おおお」
スキエンティアは下げて握っていた木剣を無造作に上げる。
防御する、または攻撃する、そう言った物を全く感じさせない動き。
まさに”無造作”で意識しないようなスキエンティアの動きだった。
そのスキエンティアの上げた木剣が、鋭く突き出されたフィエルテの木剣の切っ先に触れたように見えた。
その刹那、フィエルテの突きの軌道が外に逸れる。
驚愕に目を見開くフィエルテ。
受け流されたのだ。
しかも全くそのような素振りをスキエンティアの動きから確認できなかった。
フィエルテが突きに込めた力が全てすっぽ抜けたように、スキエンティアの右外側に流れていく。
このままでは自身の放った力で前のめりに体勢を崩してしまう。
そう考えたフィエルテは、開き直って前へ飛び込みスキエンティアの横を抜ける事にした。
そしてそのまま距離を取り、振り返り体勢を整えようと考えたのだ。
それをスキエンティアが予測していれば、同じく横を抜けたフィエルテに振り向き追撃をしてくるだろう。
そうなれば、ぎりぎり五分の状態か?
しかしそうはならなかった。
スキエンティアは横を抜け背後に回ったフィエルテを、ほんの少し首を後ろへ向けて視線を流しただけであった。
『舐められている・・・!』
そう思ったフィエルテは血気にはやり、木剣を振り上げスキエンティアへ縦に斬り付けた。
速度こそある物の、動きの”起こり”が丸見えの攻撃だった。
するとスキエンティアは振り返りもせず、木剣を右肩に担ぐような仕草をした。
またもや無造作な動きだ。
何気なく行ったその無造作な動きは、フィエルテが放った縦斬りをまたもや逸らせてしまう。
スキエンティアの肩に担がれた木剣の先が、再びフィエルテの木剣の切っ先に触れ、ほんの少しスキエンティアが横に動いただけで軌道が変わってしまったからだ。
そのほんの少し動いたスキエンティアの動作も何気なく無造作で、フィエルテの方に振り向いただけの様に見えた。
そしてフィエルテの木剣は、力いっぱい切り込んだ為に地面に激突していた。
あまりの展開に驚いて硬直してしまうフィエルテ。
近くで観戦していたクシフォスも唖然として口が半開きだ。
スキエンティアは追撃することなく、木剣で自分の肩をポンポンと軽く叩くと、
「う~ん・・・。速度は申し分ないですが、経験も技も未熟ですね。これは鍛え甲斐がありそうです」
そう言い溜息をついた。
フィエルテは自身の未熟さを痛感した。
そしてスキエンティアと自身の差が余りにも開きすぎていて、気が遠くなってしまった。
地面に片膝をつきフィエルテはスキエンティアに頭を下げる。
「スキエンティア殿・・・いえ、スキエンティア様! 師匠と呼ばせてください!」
え~~・・・と少し困った顔をするスキエンティア。
『ちょっと力の差を見せすぎたか? 私に懐かれたり忠誠を誓われても困るのだけど・・・』
とスキエンティアは後悔してしまう。
スキエンティアは愛想笑いを浮かべてフィエルテを見やった。
「フィエルテさん、別に貴女の剣の師になるのは構わないのだけど、忠誠はプリームス様にお願いしますよ」
フィエルテは顔を上げると、満面の笑顔で告げた。
「勿論です! ですが私はスキエンティア様にも感服したのです。貴女の弟子としてお慕いさせて下さい」
スキエンティアは、またもや溜息が出てしまった。
『これは陛下にも一手、手合わせをして頂かないと・・・この娘の一番は陛下でなければならないのだから』
そんな2人を眺めていたクシフォスは、他人事のように笑っていた。




