40話・王と成る者の苦しみ
プリームスはフィエルテへ率直に尋ねた。
「父へ暗殺を指示した者に復讐したいか? お前を殺そうとした者に報復したいか?」
フィエルテは逡巡した。
確かに国王である父を暗殺した宰相が憎い。
それにフィエルテまで亡き者にしようとしたのだ、復讐したい決まっている。
だがプリームスに出会わなければ、フィエルテは確実にこの世を去っていただろう。
つまり"諦めていた"のだ。
逃げおうせて生き残り復讐を果たすと言う選択肢が、フィエルテには既に存在しなかった。
故にその気持ちは萎えていたのだった。
「今はもう・・・そう言った気持ちは希薄になってしまいました。復讐出来るに越したことはないのでしょうが・・・」
とフィエルテは正直に答えた。
「ならば他に何か望みは無いのか?」と、プリームスは質問を変える。
フィエルテは小さく首を横に振った。
「もはや私は死人と同然なのです。死人が願いや望みを持ちましょうや?」
するとプリームスは気怠そうだが、鋭い語調で問い質す様に言った。
「本当にそうだろうか? 私はお前の瞳に、全てを振り切った先に有る"何か"を感じた。妄執といった物では無く、全てを失ったからこそ何かを見つけたような目だった」
フィエルテは主人となったこの超常の麗人に、自分の本心を知られて侮蔑される事を恐れていた。
故にそれを簡単に見透かされ驚愕してしまう。
溜息をついて諦めたようにフィエルテはプリームスを見つめた。
「私の本心を知って、侮蔑されたくなかったのです・・・」
そして悲壮な表情で俯いてしまうフィエルテ。
「何でもお答えします。でも私を嫌いにならないで下さい・・・」
フィエルテの先程までの王女然とした雰囲気はどこへやら・・・。
まるで親に嫌われるのを恐れる子供のようだ。
プリームスは目を開くと起き上がろうとした。
それをスキエンティアが慌てて支え起こし、プリームスをソファーに座らせる。
そうして優しく誘うようにプリームスは両手を広げ、フィエルテに言った。
「おいで、フィエルテ」
フィエルテはゆっくりと立ち上がる。
それからヨタヨタと力無くプリームスへ歩み寄り、その腕の中に身を預けた。
「プリームス様・・・」
プリームスの前に屈み込んだフィエルテは、その手で優しく撫でられた後、抱きしめられる。
「お前はもう私の物だ。侮蔑もしない、嫌いにもならない。だから本当の気持ちを打ち明けてみなさい」
フィエルテはプリームスに縋ったまま小さな声でゆっくりと話しだす。
「私は幼少の頃より女王となる為に帝王学を学ばされました。それは本当に厳しく、自身の個を失う程に教育されたのです。他を統べる者として、王として存在するならばそんな物は必要ないと・・・」
そして溜息を洩らし続けた。
「やがて15歳になり成人を迎えた私は、父の後を継ぐ女王としてレギーナの名を得ます。そしてそれと同時に、王の軍を統べる者として”イムペラートム”の称号も得ました。これにより私の人生は増々国への献身を余儀なくされたのです」
思い出すのが苦しいかのように、小さく震えだすフィエルテ。
「母は若くして亡くなった為、私に愛情を注いでくれる肉親などいませんでした。だから味方など一人も無く・・・心の休まる場所など何処にも無かったのです。私は自分の感情も精神もすり減って行くのを感じました。そして私は気付いたんです・・・こうやって”人”を失い”王”となるのだと・・・」
クシフォスもスキエンティアも、只々静かに耳を傾けるしか出来なかった。
タクサはフィエルテの事を良く知っていたのだろう。
目頭を押さえて、まるで泣くのを耐えるかのようだ。
だがプリームスは核心を突くような一言を呟いた。
「今回の一件で解放されたと?」
フィエルテは驚いた表情でプリームスを見上げる。
そしてまた俯くと頷いた。
「はい・・・全て失ってしまいましたが、私を縛る物は無くなったと思いました」
突然、否定するようにフィエルテは首を振る。
「違う! そもそも私は何も持っていなかったんです。親も無く、友も無く・・・そして愛も夢のある未来も無かった!」
プリームスに縋りついたフィエルテは泣いているようだった。
「だから今まで得られなかった物を、手に入れられるじゃないかって・・・死を目前にした時も諦めきれなかった。人生をやり直したいって思ってしまった・・・。こんな身勝手な自分が浅ましくて、恥ずかしくて、プリームス様に本心を言えなかった・・・」
プリームスは優しくフィエルテの背中を撫でた。
「人の欲望とは、最も強い思いの一つだ。それは希望であり夢でもある。そして夢は未来へと繋がる・・・人が未来を求めて何が悪い?」
そうしてその手は頬に触れ、その真紅の眼はフィエルテの瞳を射貫いた。
「そのお前の強い思いが私を呼び寄せ、お前は未来を掴んだのだよ」
フィエルテはプリームスにまるで許しを請うように訴える。
「私のこの思いは、間違っていないと? 私は恥なくとも良いのですか?!」
優しく微笑むプリームスは言い放った。
「お前はもう私の物だ。何人たりとも私の所有物に文句など付けさせはしない。それに他の誰が何を言おうと、お前のその思いを私が許すのだからな・・・何を思い悩むか」
「ありがとうございます・・・プリームス様」
そう呟くとフィエルテは離さないとばかりにプリームスを抱きしめた。
「?」
プリームスから反応が無いことに訝しむフィエルテ。
「・・・・!?」
フィエルテの訝しむ思いが心配に変わった。
スキエンティアが溜息をつく。
「眠ってしまわれましたね。いつ気を失ってもおかしくない状態で無理をされるから」
静かに寝息を立てるプリームスをフィエルテは愛おしく見つめた。
そんなフィエルテを見てスキエンティアは思う。
『また一人、陛下に篭絡されてしまいましたね・・・』
この先こんな調子でプリームスの”お人好し”が発動し続ければ、どうなってしまうのだろう。
そんな杞憂にも似た心配がスキエンティアの心を覆った。