39話・隣国セルウスレーグヌムの王女 ※挿絵有り
フィエルテの提案により一行は、一旦落ち着く場所で話をする事になる。
そしてタクサに案内された部屋は貴賓室のようであった。
この奴隷商の建物自体、外観は無骨だが内装はかなり凝っており貴族の屋敷並みに豪華な作りだ。
故にその貴賓室も貴族、又は王族でも耐えうる内装を誇っていた。
クシフォスも王族であり大公と言う事で、何度かタクサに通された一室である。
センターテーブルを中心に上座の1人掛けソファーへクシフォスが座る。
そして少し大きめで3人掛け出来そうなソファーへ、スキエンティアが座った。
勿論抱きかかえていたプリームスは、同じソファーに寝かされスキエンティアが膝枕をしている。
タクサとフィエルテは、スキエンティアの座るソファーの正面に座った。
「さて、詳しい事情を話してもらおうか」
とクシフォスが切り出した。
タクサは諦めたようにぐったりとソファーに座したまま無言だ。
するとフィエルテが話し出した。
「私が何者なのかクシフォス様以外はご存知無いでしょう。まずは私の事から知って頂きます」
困った表情のクシフォス。
「1番知っておいて欲しい"主人"は意識が無いがな・・・」
庇うようにスキエンティアが答えた。
「まぁ私が全て聞いて、後でプリームス様に伝えておきますので大丈夫ですよ」
それを聞いて安心したのか、フィエルテは落ち着いた様子で話を再開した。
「私は西の隣国であるセルウスレーグヌムの元王女で、"幼名"をフィエルテと言います」
訝しむスキエンティア。
「元王女? それに何故幼名を名乗られる?」
フィエルテはジッとスキエンティアを見つめて尋ねた。
「貴女は、プリームス様とどう言った関係なのですか?」
いま気付いたとばかりにスキエンティアは苦笑すると、フードを脱ぎその姿をフィエルテとタクサに晒した。
「すまない・・・名乗り忘れていましたね。私はスキエンティア。プリームス様の腹心であり、このお方との関係は50年を超えます。ですから信用して頂いて結構ですよ」
驚いた表情で呟くフィエルテ。
「50年ですか・・・」
そして確認するようにクシフォスを見やった。
クシフォスは頷くと、
「プリームス殿など俺の9倍近くの人生を送って来たと言っていたぞ。この2人は我々の常識を色々逸脱している。まぁそれは嫌でも自身で体験する事か・・・」
少し呆れたように言い放つ。
更にクシフォスは続けた。
「それにプリームス殿もスキエンティア殿も、見た通りこの美しさだ。いつもは要らぬ混乱や諍いを避ける為、フードを被って貰っている訳だが・・・」
フィエルテは半ば信じ難い表情で相槌を打った。
「なるほど・・・」
スキエンティアが再び同じ問いをフィエルテに投げかけた。
「今はどうして幼名を名乗っているのです? それに”以前”は王女で今はそうでは無い・・・と言う風に聞こえましたが」
俯き意気消沈するフィエルテは静かに話し出した。
「私の父である国王は暗殺されてしまったのです。公式では病死と言う事になっていますが・・・。そうして国政は宰相に乗っ取られて、私は王位を得る道具として婚姻を迫られました」
初めて聞く話でクシフォスは驚いた顔をした。
「国王が亡くなられたのは存じていた。そして近いうちに盛大に葬儀が行われる為、我が国からも参列する人員を選定していたところだったのだ。まさか暗殺されていたとは・・・」
フィエルテへ話の続きを促すようにスキエンティア呟いた。
「で、その先は?」
嫌な記憶なのか顔をしかめ、フィエルテは話を続けた。
「勿論、私は婚姻を撥ね退けました。そうすると直ぐに宰相の手勢が私の公邸を取り囲みました。私を完全に殺すつもりだったのでしょう。抵抗しましたが火まで放たれてしまい、大火傷を負いながらも何とか逃げる事が出来た訳です」
そして傍に腰掛けるタクサを見やると、
「このタクサが私を連れて逃げてくれねば、今頃焼死していた事でしょうね」
フィエルテは儚く微笑んだ。
クシフォスは唸りながら腕を組んだ。
「う~む・・・では今、国元はどうなっているのだ?」
タクサがおずおずと話し始めた。
「今はフィエルテ様の影武者を使っているようです。このまま行けば国王様の葬儀の後、宰相と影武者による婚姻が進むでしょう。そうなれば完全に国は乗っ取られます」
フィエルテは悔しそうな表情を浮かべた。
「レギーナ・イムペラートムの名を影武者が名乗っている・・・こんな悔しい事は無い。だが取り返す術も、そして取り返す意味も私には無いのだ。今となっては最早、国も王位もその名もどうでもいい・・・」
「レギーナ・・・王女と言う意味か。そしてイムペラートムは・・・軍を司る将の称号だな」
と眠っていた筈のプリームスの声がした。
そうそれはプリームスのみが良く知る、失われた古代マギア語の言葉だった。
少し驚いた様子でプリームスを見つめるスキエンティア。
「陛下・・・あ、えい・・・プリームス様」
プリームスは目を閉じたまま言った。
「すまんな・・・もう少しこのままでいさせてくれ。それから私からも訊きたい事がある」
フィエルテはプリームスに恭しく頭を下げると、
「我が主よ・・・何なりとご質問くださいませ、私が答えられる事でしたら包み隠さず話しましょう」
そう澄んだ声で答えた。
プリームスの語る内容も、そして質問に至るまで意味が有る事ばかりだ。
それを良く知っているクシフォスは、プリームスが何を問うのか楽しみでならなかった。
そしてそこから進む事態の把握が、全ての核心を突く事にクシフォスはまだ気付いてはいなかった。