36話・死にゆく者 フィエルテ
奴隷が男女含めて20人程居る展示室に案内されたプリームス達。
ここに来てスキエンティアが注文を付けた。
「男性奴隷は絶対に駄目です! プリームス様、宜しいですよね」
半ば強制的な言い方をするスキエンティア。
不思議に思ってプリームスは訊いてみた。
「えらく今回は頑なだな・・・どうしたのだ? スキエンティア」
するとスキエンティアはプリームスの耳元で囁いた。
「陛下のお身体は、何も経験しておられない処女ですよ・・・。男性奴隷など間違いが起こってしまう原因になります! それに陛下の傍に男を置くのは"私が"嫌なのです」
プリームスは溜息が出てしまった。
スキエンティアの言い分が余りにもくだらないからだ。
だが最も信頼を置く腹心であるスキエンティアの願いを、聞いてやらない訳にもいかない。
「好きにしなさい」
と一言、スキエンティアに告げる。
するとフードの下から嬉しそうな声がした。
「クシフォス殿!」
クシフォスは頭を掻くとタクサに言った。
「悪いがそう言う事だ。若い女性だけを見せてくれ」
「承知しました。ではこちらの良品の中には、お眼鏡に叶う者はおりませんでしたか?」
と少し頭を下げてタクサはプリームス達に伺いを立てる。
プリームスはこっそりとアナライズの魔法を使用して、奴隷達の筋肉量、心肺機能、骨格、その他肉体的な質を品定めしていた。
結果は至って普通であり、見た目ばかり重視した奴隷達であった。
一応スキエンティアに訊いてみると、
「駄目ですね、見た目だけで役に立ちそうにありませんね」
と答えた。
自分と同じ感想でプリームスは胸を撫で下ろす。
そしてタクサに伝えた。
「私の目からも見所がありそうなのは見当たらないな」
「承知しました。では、見た目の良し悪しは"取り敢えず"は考慮せず、若い女奴隷をお見せ致します」
とタクサは告げると、更に先にある扉を開けた。
そのままプリームス達はタクサに案内されて奥へと進み階段を上がった。
二階に上がると小さな個室が幾つも並んだフロアーに出る。
それぞれの扉はかなり頑丈な物で、中の物を守る為か、又は逃さない為にあるような作りだ。
そして扉には小さな覗き窓が付いていて、外から個室内を一方的に見る事が出来るようだ。
タクサが左側の個室列を指して、
「こちら側が全て女奴隷となっております。ご自由に覗き窓から御確認頂いて結構です。お気に召しましたら個室から出させますゆえ、直接確認も可能でございます」
それを聞いたスキエンティアは、サッサと個室を覗きに行ってしまった。
クシフォスはと言うと、奴隷を買いに来た訳でも無いので手持ちぶたさな様子。
プリームスもスキエンティアに任せているので、クシフォスと同じくする事が無い。
仕方無く自分の目で一応奴隷を確認してみる事にした。
しかしアナライズの魔法を使いつつ個室を覗いて見たものの、プリームスの基準に達する者は居ないようだった。
どうしたものかと考えていると、このフロアーの一番奥に更に頑丈な作りの扉が見えた。
少し気になったプリームスはその個室の前まで来ると、個室の作りも他と比べて少し広いように感じる。
タクサが慌てた様子でプリームスの傍までやってくると言った。
「プリームス様、こちらの奴隷は貴女様には不向きかと存じます。なにぶん病気を患っておりまして、当方でも扱いに困っている程の者なのです」
タクサの言葉など全く気にした風も無く、プリームスは扉に付いた小さな覗き窓から中を確認した。
この個室の中は特に薄暗く、プリームスが居る通路側の方が明るい為、中に居る人物を確認するのは無理があった。
千里眼の魔法を発動させるプリームス。
そしてアナライズも同時に発動させた。
アルゴスによりハッキリ中に居る女性の姿を確認する事が出来た。
その女性は顔を含めた半身が火傷に覆われており、その火傷が元で感染症を起こし病気になってしまったのだろう。
更にアナライズで確認すると、やはり傷口に細菌感染が見られる。
このまま放っておくと敗血症になり死に至ってしまう。
個室の中から声がした。
「私など買っても何の得もしないぞ。他を当たれ・・・」
奴隷にしては何とも尊大な物言いだ。
だが死に向かっていると言うのに媚びて助けを求めようとしない。
そんな所にプリームスは興味が湧いた。
『誇りというやつか・・・』
プリームスは背後に控えていた少し挙動不審なタクサに尋ねた。
「支配人、この娘の名は? 歳は幾つだ?」
タクサは困った様子で答えた。
「歳は丁度20歳です。名前はフィエルテと申します」
「私を中に入れなさい」とプリームスはタクサに言い放った。
その抑揚のないプリームスの声には、相手に対して拒絶を許さない、まるで魔法の言霊のようにタクサの内に響き渡る。
そして拒絶すれば押し潰されそうな、絶対的な権威にタクサは従う他無かった。
タクサは震える手で懐から鍵を取り出すと、それを目の前の鍵穴に差し込んだ。
鍵を回し錠を外すと、プリームスの邪魔にならないように直ぐに後ろへ身を引く。
特に躊躇う事無くプリームスは火傷を負った奴隷の個室に身を投じた。
そのフィエルテという奴隷は、起きているのが辛いのか奴隷にしては豪華なベッドの上に横になっていた。
プリームスはフィエルテの傍に立つと言った。
「私はプリームスと言う者だ。お前のその火傷と病は、放っておくと死に至る。このまま朽ち果てるつもりか?」
フィエルテは小さな声で答えた。
「私にはもう何も残されていない。すべて失い、生きる意味も失ってしまったのだ・・・。ならばこのまま朽ちるのが道理という物だろう?」
フィエルテへ更に近づき、その目をのぞき込む様にプリームスは傍に屈み込む。
そして静かに話しかけた。
「その目には消えない憎悪と後悔が宿っているように見える。まだやり残したことがあるゆえ、こうして生き恥をさらしているのだろう?」
フィエルテは何も答えない。
だがプリームスを見つめるその瞳は、とても死にゆく人の物では無かった。
プリームスは照明魔法を発動させ、淡い光で個室内を照らし出しす。
そうするとこの世の物とは思えない程の美しいプリームスの姿が、フィエルテの目に映し出された。
その余りの美しさに、フィエルテは呆然としてしまう。
優しく微笑みプリームスは言った。
「私に忠誠を誓え。そうすればその身体を綺麗に癒してやろう。そしてお前がやり残した事を、完遂出来る程度の力を与えてやる」
フィエルテの包帯で覆われた片手が、震え力無く上げられる。
その手は、必死にプリームスに触れようともがくように見えた。
「美しい人よ・・・それは真か?」
プリームスはその手に優しく振れると頷いた。
「約束しよう」
その後直ぐに震えるような声がした。
「忠誠を誓います・・・美しい人よ。私の命を貴女に預けましょう」
その声は消え入りそうに小さいが、良く響き力強くも感じた。