191話・背後にあるもの
王都の散策中に突如狭い横路地へ入ってしまうプリームス。
慌ててアグノスが追うと、これまた急にプリームスに抱きすくめられ横路地内の物陰に2人して隠れる羽目に。
普通なら急に抱きすくめられれば悲鳴を上げそうなものだが、プリームスに直に触れられてご満悦そうな表情でアグノスは大人しい。
『本当にこの娘は私の事が好きなのだな・・・』
とプリームスは少し呆れてしまう。
アグノスとしてはプリームスを愛しているだけでは無く、全てを預けられる程に信用しているのだ。
この程度の事で騒ぐ筈も無かった。
そうして物陰で大人しくしていると、先程まで2人が居たその場所に一人の女性が現れる。
そこにはアグノスが手にしていた日傘が転がっており、その女性はそれを訝し気に見つめた後に周囲を伺った。
まるで誰かの後を付けて来たかのようにだ。
「あれはクシフォス様の舎人フィート・・・」
と小声でアグノスが呟いた。
フィートは如何にも文官と言う雰囲気を持った神経質そうな女性だ。
短めの黒い髪の毛で機能性を重視したその様相は、何か機械的な物を感じさせる。
「少しビックリさせてやるか・・・」
生真面目で事務的な表情しか見せないフィートに、プリームスは少し悪戯心が芽生えてしまう。
フィートが背を向けた瞬間に素早く近寄り、
「わっ!」
とプリームスは声を発した。
するとビクッとなった後にゆっくりと振り向き、フィートはプリームスを見つめた。
多少は驚いたようだが、全くもって冷静な表情を浮かべている。
「何だ、大して驚かんのか・・・面白味の無い奴だな・・・」
プリームスがそう言った直後、フィートは無表情のままその場にへたり込んでしまった。
その上、小刻みにフルフルと震えているのだ。
「あれ?」と逆に驚くプリームス。
「心臓が止まるかと思いました・・・」
と弱々しい声でフィートは告げた。
余りに驚き過ぎると人は表情に出せなくなる事があるが、どうやらフィートは元々感情を顔に出さない質らしい。
プリームスは申し訳なさそうにフィートへ片手を差し出す。
「すまんすまん・・・思った以上に脅かせてしまったようだな。で、私達の後を付けていたようだが何故だ?」
プリームスの手を借りて立ち上がったフィートは、余り抑揚の無い口調で答えた。
「いえ、別に後を付けた訳では無いのです。ただプリームス様が楽しそうに散策されていたので声を掛けるのが躊躇われまして」
首を傾げるプリームス。
『変に気を使う奴だな・・・』
「うん? なら何か用があるのだろう?」
すると少し畏まった様子でフィートは話し出した。
「実はクシフォス様付きからノイモン様付きの舎人になりまして・・・その挨拶と仰せつかった用件を伝えに参りました」
自身の配属先が変わったからと言ってプリームスへ態々(わざわざ)それを伝えに来るのは変である。
しかも”ノイモン宰相”の舎人になったと言うのだから何かきな臭い。
そうプリームスが思っていると、
「用件ですが、プリームス様に当分の間仕えよと言われました」
端的に、そして事務的にフィートは告げた。
それを聞いたアグノスが途端に不機嫌そうな表情を浮かべる。
プリームスと二人きりになれる今日の予定を邪魔されたからだ。
喜怒哀楽がハッキリしていて、どちらかと言うと欲望に忠実なアグノスはフィートと対照的である。
つまり下手をすれば相性が悪く仲違いする可能性があるだろう。
『う~む・・・これは面倒になるかもな・・・・しかし追い返すのも可哀そうではあるし』
プリームスがフィートの前で考え込んでい居ると、それを察したのかフィートが、
「アグノス様、御心配には及びません。お二人の邪魔は致しませんので私の事は居ないものと捨て置いて頂ければ・・・」
などと言って軽く首を垂れた。
目を点にするアグノス。
まさかそんな事を言われるとは思っても居なかったのだ。
因みにプリームスもフィートがそんな事を言う性格では無いと思っていたので少し驚いてしまう。
「まぁ目的の邪魔さえしなければ誰が傍に居ようが私は構わんが・・・」
とプリームスが呟くと、今度はフィートが意外そうな顔をして言った。
「ノイモン様の意図をお尋ねにならないのですか?」
ノイモンがフィートを寄こした理由である。
しかも自分の舎人をプリームスに仕えさせるなど、普通に考えれば可笑しな事だ。
そこをプリームスに問い質されるとフィートは思っていたのだろう。
プリームスはノイモン宰相の”本当”の意図を看破していたが、ここは敢えて気付かない振りをしておく事にした。
「意図か・・・まぁ宰相が私に会いたがっていた様だしな。それを私が無視して出かけてしまったから業を煮やして君を寄こしたのだろう? それで会える段取りが付くまで帰って来るなと指示された・・・という所か」
一瞬だけ無言の間がその場を支配する。
それはプリームスの言葉が本心なのか計り兼ね、フィートが判断に迷いを生じさせた為だ。
だが直ぐに言葉を返した。
「プリームス様のご明察通りです」
『こ奴は交渉事や駆け引きは不向きかもしれんな・・・フフフ』
と内心で呟きほくそ笑んでしまうプリームス。
要するに相手へ”疑われている”と気取られては、権謀の駆け引きには向かないのだ。
多種多様な表情を使い分け、言葉巧みに相手を惑わし自身の胸中を悟られず、だが相手の情報を引き出す、これが対人における駆け引きの肝なのだ。
そう言う意味ではフィートの性質は不向きと言わざるを得ない。
これだけ見た目通りの堅物で反応の種類が少ないと”読み難い”と思えるが、反って単調なだけに些細な反応で内心を読みやすいと言う物である。
しかしながら”このような”手を打ってくるとは意外であった。
ノイモンはこの国を支える2大大公であり、その片翼であるクシフォスが一筋縄ではいかないやり手だと言っていた人物である。
『そんな傑物がまさか他者の口車に乗せられたとは・・・』
プリームスはノイモンの背後に隣国の影を見たのであった。




