1627話・忠誠の先にあるもの
スィエラを追い、壁に穿った通路を進むと、急に開けた空間に出た。
しかし余りにも広く、ティミドが持つ角灯の明かりでは全貌が掴めなかった。
「な、何…この場所は……」
一方、スィエラはと言うと、5mほど先で佇んでいた。
『どうしたのかしら?』
不思議に思ったティミドは、直ぐにスィエラの傍へ歩み寄った。
「安全そう?」
するとスィエラは首を横に振る。
そして"これ以上は進むな"…と言わんばかりに、ティミドの前に片腕を上げた。
要領を得ずヤキモキしたティミドは、その上げた腕に触れて言った。
「身振りでは分からないから、ちゃんと話してくれる?」
正直、今でも朧げなスィエラの姿は怖いが、それどころでは無い。
『ここには色々な動力がある。人間が不用意に近付けば、体に悪影響が出るかも知れない』
手から伝わったのか、スィエラの声がティミドの脳裏に響いた。
「動力…?」
ティミドが知る限りでは、人間に危険な動力の最たるは"原子炉"だ。
現文明人では知る由もないが、ティミドが生まれた東方では話が違う。
東方は強引に混沌の森を開拓した地域で、それ故に幾つもの古代遺跡が存在した。
その中でも国家の根幹機構として利用したのが、原子核分裂炉…謂わゆる原子炉なのだった。
これにより膨大な動力を得て、ペクーシス連合王国は国として存在出来たのである。
だが原子炉からは、人体へ悪影響を及ぼす放射能が発生する。
その為、炉を何重にも囲う隔壁が施され、それを何重もの安全機構が管理するのだった。
また安全機構は人の管理の元で運用される。
つまり"人の居ない遺跡"で、果たして原子炉が安全に維持されているのかは疑問だ。
「これは…思った以上に危ない場所かもね」
「……」
ティミドの言葉に同調したのか、スィエラが頷いたように見えた。
「え〜と…今、丁度二人きりなのだけど、ちゃちゃっと契約を済ませられない?」
『構わないが…』
そう言いながらも、妙に躊躇いがちなスィエラ。
これにティミドが不審がらない訳が無かった。
「何か隠してるでしょ? 契約を提案しながらも躊躇うって…矛盾しまくりだわ!」
そうするとスィエラから言葉と共に、観念した風な情動が伝わってくる。
『……私が主人と契約せず従属するのは、主人の体を変質させてしまうからだ』
「え……」
『精霊と契約した者は、例外なく精霊力に侵食される』
「侵食…?!」
『契約せずに傍に居れば、その者を蝕み何は死に至らしめる。そう主人がならないのは魔力が高く、抗精霊力に優れているからだ』
スィエラの回りくどい言い回しに、ティミドの苛立ちが限界に達した。
「何度も何度も誤魔化した上、ここに来て話をすり変えるの? ちゃんと答えなさいよ!」
精霊の王相手に、ここまで強気に出れる者は居ないだろう。
それだけティミドは切羽詰まっているのだった。
スィエラが溜息をついた様に見えた。
「何? まだ誤魔化す気?」
『いや……貴女の言う通り、答えを先延ばしにしては何も解決しない」
「じゃぁ答えて!」
『私と契約すれば、いずれは人の体から完全に精霊化してしまう。そうすれば今までの様に人として生活出来なくなるだろう』
その答えは完全に想定外だったティミド。
故に唖然とする事となる。
「………」
やはり人間である以上、この真実には受け入れ難い…そうスィエラは確信した。
どれだけ強大な力を得ようとも、それは人だからこそ価値が有るのだ。
つまり人は、人としての枠組みからは抜け出せない。
故に真実を告げる事へ、スィエラは躊躇いを抱いてしまった。
されど、こうなる事は分かっていた筈。
なのに契約の話を持ち掛けたの何故か?
不可解な己の行動に困惑する。
いや…違う。
期待していたのだ。
このティミドと言う人間の女に、主人に勝るとも劣らない潜在能力を感じていた。
それは精霊との親和性などと単純な物では無い。
強大な力に対する羨望と嫉妬と欲望、そして主人の為に身を呈する覚悟。
これらをティミドから感じ取り、だからこそ自分は惹き付けられたのである。
そう…勝手に期待し、結果的に今こうして勝手に落胆するのだ。
何と愚かな事か…。
スィエラは諦めた時、ティミドが妙な声音で尋ねて来た。
「そ、そ、それって……自由に精霊界へ行き来出来たり、貴女みたいに大気の力を、”この私”が自由自在に操れるって事よね?!」
『え………そ、その通りよ……』
スィエラは怯む羽目に。
ティミドの声音には、明らかな狂気が含まれていたからだ。
「はは……ははは……この私が精霊王と同格の力を行使出来るなんて…」
『ティミド…?!』
「フフ……ごめんなさい、つい嬉しくなっちゃって」
『精霊化が怖くないの?』
スィエラの問いに、ティミドは笑みを浮かべて答えた。
「それは…まぁ少しは怖い気もするけど、本懐を遂げないまま終わると思うと、そっちの方が怖いわ」
『本懐…?』
「私は主君に身を捧げたの。だからプリームス様に貢献し、プリームス様を守る事が私の願いなの」
スィエラは怖々と問うた。
『まさか…己の死も厭わないと?』
「当然よ。死ぬ事に比べれば精霊化なんて、私にとって大した事ではないわ」
『狂ってる………』
潜在的に感じ取った期待が、まさかの狂気でドン引きするスィエラであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




