1616話・クラーウィスと手合わせ(3)
背後を取られたクラーウィスは、反撃に備えて"仕方無く"振り返った。
何故なら目の前は山の斜面で、当然に足場が無く前に逃げられなかったらからだ。
だが隙は最小元にしなければ為らず、下手に攻撃も振るえない。
仮に反撃を想定して迎撃を勘で置いた場合、それを見透かされたら?
無論のこと此方が隙だらけになる。
だからこそ何もせずに振り返るしか無かった。
「ぅあっ!?」
振り返った直後、慣れない刺激に声が漏れるクラーウィス。
『くそっ! また!』
"何もしない事"を見透かされ、両胸の先端を指で押されてしまった。
「フフフッ…どう? 私の強さを知れたかい?」
不敵な言い様のディーイーだが、その語調は屈託なく聞こえた。
「うぅぅ…もう手合わせは結構よ。多分どう足掻いても、ディーイーさんの足元にも及ばないだろうし……」
クラーウィスは胸を押さえると、恥ずかしそうに答えるのだった。
『やれやれ…何事も無く終わったか』
二人の立ち合いを見終え、ホッと胸を撫で下ろすリキ。
しかしティミドの反応は違った。
焦った様子でディーイーに駆け寄ると、有無を言わさずに抱き上げたのである。
「ちょっ?! ティミド…急にどうしたの?!」
困惑するディーイーを他所に、ティミドはローレの傍まで来て尋ねた。
「ローレ村長、休める場所は有りませんか?」
「え……あ…それでしたら…家の裏手に小屋が有ります。そちらをお使い下さい」
ローレ曰く、クラーウィスが訓練の為に寝泊まりしていた小屋らしい。
本来ならリキの家で暮らすのが道理だが、どうやら何か訳が有るようだ。
因みにローレが自分の家を挙げなかったのは、とても来客者が使える広さでは無く、また綺麗でも無いからだった。
それを察したのかクラーウィスは、文句も言わずに先導を買って出た。
「じゃあ私に付いて来て」
「良いのですか?」
一応は確認を取るティミド。
「うん、全然構わないわ。夜は家に帰ってリキと寝れば良いし」
クラーウィスの返しに、妙に勘ぐったリキが赤面して声を上げた。
「ちょっ!! 変な言い方するんじゃない!!」
「は? 何言ってるの? 元々は養女だし、これからは夫婦なのよ。今も前も家族なんだから、一緒に暮らして寝るのは変じゃ無いでしょ」
一瞬でシュン…となるリキ。
「うぅぅ……そ、そうだな……すみません」
完全に尻に敷かれているのが窺えた。
そんな二人の様子を見てディーイーはホッコリする。
『フフッ…リキさんも身内には弱いようだな』
こうしてディーイー達はクラーウィスに案内され、村長の家の裏手を進んだ。
そして少しずつ後悔し始めるティミド。
村長が裏手と言ったにも拘らず、細い登山道を200mは歩かされたからだ。
『これは流石に…』
ディーイーをお姫様抱っこしながらの山登りはキツい。
仕方無くディーイーを背中に背負って登る事に。
「ディーイー様、申し訳ありません。少々揺れますが辛抱下さいね」
「いや…別に私は歩けるよ。ティミドこそ無理しないでよ」
自覚の無いディーイーに、ついティミドは語気が強くなってしまう。
「そうディーイー様は言いますが、いつも無理が祟るじゃないですか! 私の見立てに狂いは有りませんから、大人しく負ぶされて下さい!」
「は、はい……」
シュン…となるディーイー。
それを見たリキが笑いながら言った。
「ぶはは! やっぱりディーイーさんは身内に弱ぇな!」
「うるさい! あんたも似たようなもんでしょ!」
「ははは! 違ぇねぇな」
300mは登っただろうか…漸く山小屋らしい物が見えて来た。
そこは意外に開けた場所で、山小屋自体も割と大きい。
「ここって…殆ど頂上なのでは……」
ティミドは少し息を上げながら言った。
「うん。実は先に祠が有ってね、そことの行き来に此処が便利で、つい小屋を建てちゃった」
などと言うクラーウィス。
「……まさかクラーウィスさんが一人で建てたのですか?!」
「そうだよ。簡単な建築技能なら、ここに入ってるからね」
とクラーウィスは指で自身の頭をつつきながら答えた。
「そうですか……」
ティミドは半ば呆れながら、負ぶっているディーイーへ視線を向ける。
『これって…』
"覚醒"とやらの所為ですか?…と暗に尋ねたのだ。
これを察したディーイーは小声で答えた。
「秘匿された服わぬ一族の女王だしな、下手に詮索しない方が良いだろう」
すると耳聡くクラーウィスが突っ込んで来る。
「聞こえてるよ〜! 訊きたい事が有るなら言ってみなよ」
「え…?! 良いのか?」
意外な反応にディーイーは意表をつかれた。
服わぬ一族は誰にも従わず、如何なる相手でも協調を旨とする?…だった筈。
それは詰まる所、多くの秘密を抱えているからに違い無い。
その一族の女王であれば、尚更のこと秘密が多いのは想像に容易い。
『なのに言ってみな…って、馬鹿なのか?』
少しクラーウィスの事が心配になるディーイー。
「あ〜〜!! 今、私の事を馬鹿にしたでしょ!!」
察しが良すぎるクラーウィスに、ディーイーはタジタジだ。
「え…あ…う……ご、ごめん。でも、そんな安易に他人の秘密を聞けないぞ?」
『関係の浅い相手に言えない事なんて、私も沢山有り過ぎるしな…』
ここで見兼ねた様子でシンが口を挟んだ。
「取り敢えず中に入って落ち着いて話しませんか? ディーイー様もお疲れでしょうし。と言うか、ティミドさんが相当に疲労されているようで…」
「え? あ…! ごめんごめん! ずっと負ぶさったままだった!」
慌ててティミドの背から降りるディーイー。
流石は常に冷静沈着で、常識論を口にしてくれるシンさんだと感心する。
こんな存在こそが補佐役に相応しい…そう染み染みと思うのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




