1615話・クラーウィスと手合わせ(2)
ディーイーとクラーウィスの手合わせは、一旦仕切り直しとなった。
しかしその足場は先程と同じで、ディーイーが山道の下だ。
こうなると両者とも無手なので、山道の上に居るクラーウィスが有利となる。
「ディーイーさん…何だか顔色が悪くないか?」
誰にともなく呟くリキ。
元々体調が優れない状態に、尚且つ不利な足場での手合わせ…これにリキが心配するのも当然だった。
木漏れ日の所為で"そう見えた"可能性も有る。
それでも指摘されるまで配慮出来なかった自分が、ディミドは恥ずかしくなる。
『まさか身内でも無いリキさんが先に気付くなんて…』
兎に角、万が一を考えて手合わせを中止させるべきだ。
直ぐ様、ティミドは一歩踏み出して止めようとする。
だがディーイーが見透かしたように、ティミドを鋭く睨みつけた。
「…!!」
咄嗟に動きを止めてしまうティミド。
『そんな……』
これでは何も出来ない。
いつも小姑のように諫めるティミドたが、それは主君が真剣では無いからだ。
故に今回のような本気で楽しもうする事を、只の臣下が止められる筈も無かった。
徐に歩を進めるディーイー。
それに因り互いの距離が、間合いの外から内へと変化した。
『不思議…さっきと全然違う…』
近付くディーイーを前に、クラーウィスは別の意味で驚かされる。
今のディーイーからは全く殺気が感じられず、とても同一人物とは思えないのだ。
しかもその歩みは恰も散歩するようで、相対する側からすれば違和感しか無い。
本当に打ち込んで来るのか?…と勘繰ってしまう程だ。
至近まで迫ったディーイーは、今度は徐に右手を前に差し出す。
『成程…"蝕"をさせてくれるのね』
クラーウィスは少しホッとした。
蝕とは刀法や拳法にある技術の1つだ。
これは剣などの刀身を僅かに触れさせて、相手の動きや兆しを察知したりする。
また逆も然りで、相手に動きの誤認をさせる事も可能だ。
つまり駆け引きをする為の手法と言えた。
勿論、相手が蝕に乗ってこなければ、この技法は成立しない。
よって共通の技法を持つ者同士の、ある意味で作法とも言えるだろう。
そして今回は無手に因る蝕。
互いの手首が触れる超至近で、半歩踏み込めば必殺の一撃が出せる間合いだ。
だがクラーウィスは全く緊張をしていない。
『フフッ…遊んでくれると言うなら、胸を借りるつもりで行かせて貰うわ』
微動だにしない相手に、クラーウィスは先に仕掛けた。
左手を素早く繰り出し、触れていたディーイーの右手を押さえに行ったのだ。
刹那、クラーウィスは目を見張った。
「え…?!」
相手の腕を押さえる前に、瞬時に体勢を崩されていたのである。
『くっ…! まさか少し触れてるだけなのに!』
辛うじて倒れるのを堪え、何をされたか直ぐに察するクラーウィス。
僅かに触れた手首で、こちらに化勁を掛けたのだと考えられた。
するとディーイーが笑みを浮かべなら告げる。
「ほほう…今のを耐えるとは体幹がしっかりしているね。それに私が何をしたのかも気付いたようだし、中々に優秀だな」
「はは……あんまり褒められてる気がしないわね」
再び開始直後の状態に戻り、クラーウィスは如何に攻めるか逡巡した。
何故なら実力差は歴然としているからだ。
何をしても容易に返されてしまう…そんな諦めにも似た情動が胸中を満たしたのである。
その時、自身の胸の"先っちょ"に違和感を感じた。
『????』
「ちょっ?!」
つい声を上げるクラーウィス。
何と、いつの間にかディーイーの右人差し指が、胸の先端を寸分違わず押していたのだ。
「ぶはは! そんなに何を緊張してるのよ? もっと気軽に立ち合えばいいのに」
『なっ…なんて破廉恥な!』
と思いつつもクラーウィスは、今ので緊張が解れたのを自覚する。
「はぁ……ディーイーさんって、随分と変わってるよね」
「そう? 何と比べてるか知らないけど、私も褒められてる気がしないなぁ〜」
真似をされて少しイラッと来るクラーウィス。
「くぅっ!!」
それでも何だか楽しい。
こんな高揚感は、リキを好きだと自覚した時以来だろうか。
また胸を触れられた事に全く気付けなかった。
『兆しさえ認識出来ないなんて…』
ディーイーの底の知れない強さに、只々驚愕するばかりである。
そんなクラーウィスに、あからさまな動きをディーイーが見せた。
触れ合った右手首を急に外し、抜き手の形で突いて来たのだ。
『これは…誘い!』
如何に防ぎ、如何に返すか見せてみろ…そう暗に告げているとクラーウィスは悟った。
力で跳ね除ける事も出来るが、それでは技にならない。
技術の見せ合いなら、ここは端的で単純な技で捌くべきだろう。
その理由は、単純な技ほど最も練度が影響するからだ。
それこそを相手は望んでいる筈なのだから。
「おっ…!」
少し驚いた声を漏らすディーイー。
抜き手を弾かず、また受け流す訳でも無く、体を半身にして回避したのだ。
更に右半身が前に出て、お返しとばかりにクラーウィスも抜き手を放っていた。
顔を狙う抜き手の反撃。
既にディーイーは攻撃を空振った体勢で、ここから回避行動を取る事は出来ない。
なので仕方なく受け流す為、左手を素早く間に差し込む。
「おぉっ!」
再びディーイーは驚きの声が漏れる。
抜き手を正確に受け流したが、その一撃は非常に軽く、こちらの"受け"を明らかに誘う物だった。
『これは…痛いのが来るな』
受け流された抜き手は軌道を内側に逸らしつつ、急に形を変化させた。
普通ならば慣性に逆らえず、クラーウィスが前のめりに崩れるのは必然。
しかし腕を畳むと、別の攻撃へ変えたのである。
肘打ち…超至近で最も威力を発揮する技だ。
こんな物を体重の軽いディーイーが受ければ、例え防御しても吹き飛ばされるのは明白だった。
「…!!!」
今度はクラーウィスが驚愕した。
"見せてやった"と思っていただけに、その衝撃は相当な物だ。
何とディーイーは肘打ちを体に受け、その反動を使って体を回転させた。
そのまま回転しながらクラーウィスの二の腕を這い、いつの間にか背後を取ったのである。
『くそっ!』
直ぐに背後へ振り返るクラーウィス。
それが悪手と分かっていても、どうしても選ばざるを得なかった。
今の一合で向きが代わり、目の前が山の斜面だったからであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




