1601話・東陽省の辺境
「下船の準備をお願い致します」
気配も無く幽霊のように現れたカルボー010は、抑揚無く淡々と告げる。
その見た目は20cm程の人型で、非常に美しい女性の姿をしており、色素が薄いのか肌も髪も真っ白である。
また淡い光を放って飛んでいる所為で、恰も御伽話に登場する妖精のようだ。
「お化けみたいに入ってくるなよ…」
とリキは嫌そうな顔でボヤいた。
これにカルボー010は素っ気なく返す。
「我ら人工精霊は、ある程度の物理法則を無視します。これ位は慣れて頂かないと困りますね」
『いや……ドキドキして困ってるのは俺なんだが…』
と文句を言いたいが、そこはグッと堪えるリキ。
これから故郷の村に向かい、村民を南門省の四方京に移動させねば為らない。
こんな所で雑談している場合では無いのだ。
ふと思う…どうやって400人近い村民を移動させるのかと。
「ディーイーさん! 移動手段は?」
タイツを穿いている最中だったので、危うく転けかけるディーイー。
「急に声を上げないでよ…」
そして一旦ソファーに座って聞き返した。
「どの移動手段の話よ?」
因みにディーイーが今着ている服装は旗包で、腰まで入った深いスリットが特徴的だ。
なので無造作に座ると太腿だけで無く、下着まで見えてしまいそうである。
と言うか、実際に見えてリキは咄嗟に顔を背けた。
『おいおい…無防備過ぎるだろ』
「え〜と…俺の故郷の人間を移送するんだろ? 400人は居た筈だしよ、どうやってやるんだ?」
「あ〜〜その事ね。それだったら心配ないよ。少し準備に時間は掛かるけど、400人程度なら簡単に移送は可能かな」
「そうか…なら……」
心配ないか…と言いかけてリキは止めた。
『ん…待てよ…』
それ程の事をするのなら、人智を超えた魔法くらいしか方法が無い。
そしてディーイーは超絶者であり、それを可能とするだろう。
故に"それこそ"が問題だった。
「ディーイーさんよ…ちょっと待ってくれ。あんたは魔法を使ったら駄目なんだろ?」
「その事だったら大丈夫。"私が"魔法を使わずとも、幾らでも方法が有るからね」
「お、おう…」
胸を撫で下ろすリキ。
既に返し切れない恩が有るのだ。
ここで更に身を呈されては、立つ瀬が無いどころか、自分の存在意義すら怪しくなると言うものである。
居間の扉が静かに開くとシンが姿を見せた。
「ディーイー様、準備は宜しいですか?」
「うん。ところでティミドは?」
「ティミドさんは次の経路を確認してから、直ぐに甲板へ向かうと言っておりました。ですから私がお迎えにあがったのです」
「そっか…」
『何だか様子が…』
僅かにシンが苛立っている?、或いは焦っているようにディーイーは見えた。
なのでソッと近付いて尋ねてみる。
「何か気掛かりでも?」
「え……? あ……申し訳ありません。ここが片付いてからお伝えするつもりでした、私もまだまだですね…」
「いや、別に気にする程の事では無いよ。で、何?」
「……わかりました。それでしたら歩きながら話しましょう」
そうシンは言って、エスコートするように片手を差し出した。
「フフッ…子供じゃないんだから、そんな簡単に転ばないよ?」
などと苦笑しながら返すディーイー。
その直後に何も無いのに躓き、思いっきり顔面から床へ飛び込む羽目に。
「どわっ!?」
だが顔面を強打する事は無かった。
シンが危なげなく抱き止めたのである。
「フフッ…どうやら子供で無くとも、盛大に転ぶようですね」
ディーイーは顔が真っ赤になる。
「うぐっ……と、取り敢えず有難う…」
『うぅ…寝起きの所為で、頭と体の連動が上手くいってなかったか』
この体になってからと言うもの、血の巡りが悪いように思えた。
朝が非常に弱くなったのが良い証拠だ。
しかしながら昼寝の起き抜けで、これだけ鈍臭いのは自分でも驚きを隠せなかった。
こうしてディーイーは、シンにエスコートされながら居間を出る。
因みにリキはと言うと、万が一にディーイーが後ろに転ばぬよう、2mほど空けて追随するのだった。
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ディーイー達が甲板出入口へ到着すると、先にティミドが来て待機していた。
「あれ…? ディーイー様…体調が優れないのですか?」
シンにエスコートされながら来たディーイーに、心配そうに尋ねるティミド。
「え? あぁ〜〜ちょっと起き抜けでフラついてね、転んだら不味いから支えて貰ってたの」
「………」
ティミドはジト〜〜っとディーイーを見つめた。
「いや、本当に何でも無いから!」
「はぁ……左様ですか。ですが念の為、些細な不調でも仰って下さいね」
補佐役…もといお目付け役のティミドに釘を刺されては、流石のディーイーも無下には出来ない。
「う、うん…分かったよ」
「うはは! ディーイーさんは無茶苦茶つよいのに、てんで身内には弱いよなぁ」
透かさず揶揄うリキ。
「仕方ないでしょ! 何か有ったらメッチャ怒られるんだから!」
『怒られるから弱いって…子供かよ』
などとリキは突っ込みたかったが我慢した。
きっと藪蛇になるからだ。
「ほほぅ…まぁ体の具合が悪い時は俺に言ってくれ。片腕で担いでやるからよ!」
するとこれへティミドが即座に反応した。
「な〜にを言ってるんですか! むさ苦しいリキさんがディーイー様に触れるなど、私が許しませんからね!」
「えぇぇ?! 善意で言ったのに!」
結局は藪蛇だった。




