16話・突破準備(1)
15km程南に歩いただろうか・・・陽は既に昇りきっていた。
クシフォスが程よい広さの沢を見つけ、休憩しようと提案した。
プリームスは抱えられているだけなので、異を唱える立場にない。
だから黙って頷く。
沢の水は何かしらの病原や寄生虫の危険を考慮して触れない事にする。
スキエンティアは収納機能を付加したダガーをジャケットの内側から取り出した。
これはプリームスとスキエンティアしか使えないように、魔力認証による鍵をかけてある。
つまり2人の魔力のみを感知して収納機能を解放するので、他の人間には只のダガーに成り下がるのだ。
昼食の用意をする為、スキエンティアは淡々とダガーから調理道具を取り出し始める。
それを見ていたクシフォスが感心したように唸った。
「出る筈の無い物体の先から、突如物が現れるは何度見ても驚いてしまうし、不気味だ・・・」
スキエンティアはクスクスと笑う。
「でしょうね。収納魔法は普通、元有る収納機能を拡張する感じで、家具やカバンなどに付加しますから。指輪やダガーだと違和感ありますよね」
木陰の木を背もたれに座らされたプリームスも小さく笑った。
「クシフォス殿、何だか物欲しそうに見えるぞ。なんなら貴方専用の収納アイテムを作ってやろうか?」
武器の手入れをし始めたクシフォスが、それを聞いて驚いたのか武器を落としてしまった。
「む?! 本当か?!! 可能であれば是非お願いしたい!」
プリームスは「フ」と笑うと、自身の指輪を眺めた。
「では、どのような物に収納機能を付加したい?」
クシフォスは落とした武器を拾うと独り言のように呟く。
「う~む・・・出来れば常に身に着けているような物がいいな」
そしてそのまま考え込んでしまった。
「武器であるなら状況によっては身に着けれん場合があるし・・・困ったな」
するとプリームスは自身の腕にはめてあったブレスレットを外した。
とても簡素な物で黒い光沢のある金属で出来ている。
「では、これなどどうかね? これはそもそもが魔法の装飾品で、はめる場所によって大きさが調整される。指に通せば指輪にもなるしな」
プリームスが見せた細いブレスレットを、物欲しそうに見つめるクシフォス。
「う、うむ・・・俺が身に着けても違和感がなさそうだ」
それを聞いたプリームスはクシフォスに手招きする。
「では、傍に来たまえ」
言われた通りにクシフォスは、プリームスの傍に来て地面に座り込んだ。
まるで主人の言う事を聞いて傍に来た飼い犬の様だ。
プリームスはブレスレットを渡すのかと思えば、握りしめた逆の手を差し出した。
不思議そうに釣られてクフィフォスも手を差し出す。
そしてプリームスから何か石のような物を手渡された。
「これは?」
少し気怠そうに説明しだすプリームス。
「それは魔晶石の残骸だ。元々は自然界にある魔力が蓄積されていた物で、魔術の触媒や錬金術に使用する。それを5分ほど握っていなさい」
良く分からないままプリームスの指示にクシフォスは従った。
その間、プリームスは疲れたように目を閉じて木にもたれる。
熱が引かないのかその表情は上気したように、うっすらと赤みを帯びていた。
病人を酷使するようで何だかクシフォスは申し訳なくなってきた。
するとプリームスが呟くように告げる。
「そろそろ良いだろう、その石を貸しなさい」
クシフォスが握っていた石は、いつのまにか青白く光輝いていた。
それに驚いたクシフォスを促す様にプリームスは再度告げる。
「その魔晶石は魔力が枯渇していると只の石に見える。だが5分握る事で貴方の魔力を吸って魔晶石らしくなった訳だ。だから早く貸しなさい」
少し慌てたようにクシフォスは魔晶石をプリームスに手渡す。
その魔晶石を地面に置き、プリームスはブレスレットを重ねるように追加で置いた。
そして手をかざすと、
「貴方の魔力が蓄積した魔晶石を使って、このブレスレットに魔力認識の鍵をかける。これでクシフォス殿しか扱えないブレスレットになる」
クシフォスは急くように問うた。
「それで収納機能が付加されるのか?」
プリームスは呆れたように、そして疲れたように答える。
「そう急くな。同時に収納機能を付加するゆえ、黙って見ていなさい」
そうしてプリームスは古代マギア語で魔法詠唱を始めた。
「この魔力を以って認識のカギとせよ・・・エンチャント、タウィーザ・ミフターフ。固有の世界を以って其の物に恩恵を・・・エンチャント、インフィニート・トラステーロ」
プリームスが詠唱した瞬間、小さな魔法陣がブレスレットの周囲に現れ直ぐに消える。
そして魔晶石は光を失い、只の石コロの見た目に戻ってしまった。
見た目は特になんの変化も起こっていないブレスレット。
それをプリームスは地面から拾い上げると、手のひらに乗せてクシフォスへ差し出した。
「さぁ、完成だ。身に着けてみなさい」
クシフォスは少し挙動不審な様子でブレスレットをプリームスの手から受け取ると、それをマジマジと見つめた。
「う~む・・・今のが錬金術で使う魔法言語なのか? 古代魔法語の様に聞こえたが・・・それに、このブレスレット・・・特に見た目は変わらんのだな?」
『ハイエイシェント?』
と聞き慣れない言葉に訝しむプリームス。
気にはなったが取りあえずは身に着けて貰おうと促す。
「見た目は変わらんが、身に着けてみれば分かる。収納機能を使うには、”タウィーザミフターフ”と魔力を込めて念じればいい」
するとクシフォスは言われた通りに腕に着け、なにやらモゴモゴ呟いた。
「おおお?!」
驚愕の表情を見せるクシフォス。
どうやら魔力認証の鍵を解除出来たようだ。
”魔力を込める”という行為は、この世界の人間とプリームスとの間に差異が無いという事が証明された。
恐らく今クシフォスの目には、ブレスレットの上に収納物一覧が浮かぶように見えている筈だ。
何も収納していないので空欄ではあるが・・・。
説明を続けるプリームス。
「収納したい物が有れば、ブレスレットをそれに近づけて”トラステーロ”と念じる。取り出したい物があるなら、浮かんで見える一覧から意識的に指定すれば良い」
そう説明してやると早々にクシフォスは試し始めた。
背中に担いでいた大剣を出したり入れたりと楽しそうである。
本来こういった魔法の品は、易々と他人に作ってやったり譲渡するべきではない。
争いや諍いの原因になるからだ。
しかしクシフォスにそうしたのは信用したからだとも言えるが、これから行う事への準備とも言えた。
先ずは食事をして英気を養ってからだ。
そうしてこれから起きる事への対処を考えながら、プリームスはスキエンティアが作る昼食を待つ事にした。




