1570話・ルナメディクスの由縁
「ちょっ!?」
ハクメイは慌てた。
ロギオスが配慮の無い事を、ヤオシュへ言ったからである。
これにヤオシュは少し俯くと、小さな声で返した。
「そうですか…お母様は亡くなりましたか」
思った反応とは違い困惑するハクメイ。
「え…?! そ、それだけですか?!」
うっかり自分も配慮の無い問いをしてしまう。
「……はい。アドウェナに母を奪われ10年も経ったのです、取り戻せない覚悟はしていました」
『なんて気丈な…』
ハクメイは感心する。
いや、この場合は諦めが良いと言うべきか?
どちらにしろ傍に居る身としては、実に居た堪れない。
するとロギオスが小さく笑い出した。
「フフフッ……」
『怖っ?!』
「ロギオス様、どうかしましたか?」
ハクメイに問われ、どうしてかロギオスは勿体ぶった返をする。
「どうしたと思いますか?」
ムキー!!…と内心でなりつつも、ハクメイは冷静さを装って答えた。
「え〜と…何か良い事でも起こったとか?」
適当に答えたつもりだが、不幸の直中に居るヤオシュを前に、これが当たっていれば最悪である。
「良い事…ですか。違いますね」
「ちょっ?! まさか…もっと悪い事でも起こったのですか?!」
狂気の魔法医師と言われるくらいだ、恐らく狂っているだろうし、何が起きても笑って居そうだ。
ロギオスは人差し指を立て小さく横に振った。
「違いますよ。そもそも何も起こっては居ないのです」
『この人…ちょっとイラッとするわね』
「え〜と…私にも理解し易く説明して貰えませんか?」
立てていた人差し指を、ロギオスは顳顬に当てて告げた。
「ある指定した空間の記憶を参照し、そこへ限定的な夢の世界を再現しました。ですから、そこで起こった事は事実ですが、真実では有りません」
「んん?????」
全く言っている事が分からず、ハクメイは怪訝そうに片眉を上げる。
しかしヤオシュは違った。
「もしや…! 呪法で幻覚を見せて、アドウェナに死んだと思わせたのですか?」
少しばかり感心して見せるロギオス。
「ほほぅ…流石はヤオシュ嬢です。しかし幻覚とは異なるのですよ。分かり易く言えば別次元に形成した仮想世界…そこでの事象は当事者に対し事実として認識されます。まぁ当然ですよね…実際に体感するのですから」
『仮想世界? 別次元??』
やはり全くチンプンカンプンなハクメイは、要約して尋ねた。
「兎に角、都督妃は死んで無いと? じゃあアドウェナは…?」
「肉体が生命活動を停止した…と認識したのですから、肉体を捨てざるを得ないでしょう」
「肉体を捨てたアドウェナは、どうなるのです?」
ハクメイは段々イライラして来る。
端的に答えを口に出さず、小出しにする言い様が実に気に食わない。
その様子を見て、ヤオシュは苦笑いを浮かべる。
『あらら……まぁロギオス様と会話すると、どうしても苛立ってしまうわよね』
そんな会話術をする師の意図…もとい為人と言うべきだろうか、理解出来なくも無かった。
トゥレラ-ロギオスは根っからの研究者であり、また優秀な教育者なのだろう。
だからこそ直ぐに答えを告げず、他者に思考と探究の機会を与えているのだ。
しかしながら、それは時と場合に因る。
生徒や弟子でも無い相手からすれば、迷惑この上ない話なのだから。
ロギオスは態とらしく思考してから告げた。
「アドウェナは逃げ出しましたよ…情報体としてね」
『また意味の分からない事を!』
苛立ちを抑えながら尋ねるハクメイ。
「情報体? それは何なのですか?」
ロギオスは大げさに両手を広げて言った。
「この世界は凡ゆる物質に情報が刻まれています。例えば人の目では捉えられない極小の物から、そもそも人間の感覚では認識出来ない物まで色々有ります。特に魔力は量や硬度に因って、様々な形態に変化すると言って良いでしょう」
「……」
前置きが長い……そう即座に感じたハクメイは、苛立ちから疲れへと気持ちが変化しだす。
正直、ガツンと言って改善させたいところだが、自分を救ってくれた命の恩人でもある。
その所為で強気に出れないところが非常に歯がゆい。
見兼ねたヤオシュが、この話に混ざった。
「ひょっとして…その魔力で出来た情報体になって、アドウェナが逃げたと言う事ですか?」
このまま講釈だけが続けば、自分は良いがハクメイが可哀そうだからだ。
「左様、流石は私の弟子となっただけの事はありますね」
そうして軽く咳払いをしてロギオスは続けた。
「遥か昔…アドウェナを私が救った事がありました。その際、既に死滅しかけていた肉体だった為、アドウェナの魂を別の器に移す事にしたのです。そして私の選んだ手段は…」
「魔力で作った器…ですか?」
ヤオシュの問いに頷くロギオス。
「はい。正確には人間の中に有る”魔力核”を基礎に、アドウェナの魂を入れる器を作りました。これは当時、私の理論では可能な施術でしたが、実際には1度も臨床実験を行っていませんでした。ある意味で非常に危険な賭けと言える行為でしたねぇ」
遠い昔に思いを馳せる…そんな言い様だ。
されど妙な愉悦を含んでおり、他者の生殺与奪を握っていただけに不謹慎さは否めない。
なのでヤオシュは苦笑いを浮かべ、ハクメイに至っては露骨に嫌そうな顔をした。
それに気付いていないのか、或いは意に介さないのか…ロギオスは飄々と続けた。
「元からの才なのか、それとも妄執から来る因果の力か…アドウェナの魂の器は私の想定を超えた物になったのです」
今現在までアドウェナが存在したのだから、魂の施術は成功した事になる。
そして想定を超えた物…それはつまり他者の肉体を乗っ取る能力だと、直ぐにヤオシュは察した。
『それって…』
結局、今に至る事態は狂気の魔法医師が起因だと言うことなのだ。
そう…あの歴史の闇に葬られた魔教と正道の戦争も…。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




