1567話・アドウェナ 対 魔法医師
「一体…何者が貴方を動かしたと言うのか!!?」
アドウェナは思わず叫んでしまう。
これに相対するロギオスは静かに答えた。
「永劫の帝国の聖女皇陛下ですよ…」
「なっ…?!」
予想だにしない答えに、一瞬だが思考が止まるアドウェナ。
『………聖女皇???』
南方の軍事強国の女帝が、どうして火炎島領督の娘と関係が有るのか?
全くもって理解が及ばない。
半ば固まるアドウェナへ、ロギオスは苦笑いを浮かべて告げる。
「聖女皇陛下は安穏と過ごされる方では有りません。今やお忍びで北方に足を伸ばす始末…臣下としては気が気で為りませんよ」
ここで漸くアドウェナは状況を察する。
「まさか……眠りの森の団長が…」
「貴女の推測通りです。傭兵団・眠りの森の団長ディーイーは、私が仕える主…プリームス聖女皇陛下なのですよ」
「……!!」
驚愕のあまり、アドウェナはタタラを踏むように後ろへ蹌踉ける。
そして傍で聞いていたハクメイも驚きを隠せないで居た。
何と、かの狂気の魔法医師がディーイーの臣下で、更には自分を助ける為にやって来たのだ。
驚かない方が可笑しいだろう。
なによりディーイーが、自分を見捨てなかった事が嬉しくて堪らない。
『お姉様…』
しかしながら何故に来たのが狂気の魔法医師なのか?
それだけが少しばかり釈然としない。
『ひょっとして…お姉様に何かあったの?!』
そんなハクメイの疑問を他所に、ロギオスとアドウェナの遣り取りは続く。
「アドウェナ…諦めて体を引き渡しなさい」
恰も脳内に直接語り掛けるような言霊。
その師の命令にアドウェナは、意識を集中させて堪えた。
「それは出来ません。強引に奪おうとするなら、この体ごと消滅して見せましょう」
「ほほう…」
師である自分に対して強気な姿勢…これにロギオスは感心して見せた。
しかし胸中は若干の焦りを抱える。
『これは失敗しましたね。すんなり折れると思っていたのですが…』
複製体として新生したロギオスは、弟子のアドウェナの事を直には知らない。
実際は超次元情報体から得た記録であり、それを利用して装っているだけなのだ。
その所為だろうか、アドウェナの反応が予測と違い、ロギオスの予定とは異なる状況となってしまった。
『やはり…この体も傷付けたく無いようね』
僅かだが状況に光明が見え、ほくそ笑むアドウェナ。
ディーイーが聖女皇だったのは正に青天の霹靂だった。
だが手の内が全く分からない相手より、師の方が来たのは不幸中の幸いと言うしか無い。
『なら打算で折れるように仕向けるだけよ』
自分が知るトゥレラ-ロギオスは、自身の研究と最終目的の為なら、幾らでも折れる為人だ。
なら、そうし向ければいい。
「ロギオス師…ハクメイ姫はお返しします。それに私が研究で得た半世紀分の情報もお渡しします。ですから私を見逃して頂けませんか?」
ロギオスの右眉がピクリと動いた。
上手く行くとアドウェナは確信する。
『フフッ…! やはり研究情報は見過ごせないわよね』
瘴気炉は理論上の機構でしかない。
何故なら禁忌であり、実際に実験運用さえしていない筈なのだ。
ならロギオスにとって、喉から手が出る程に欲しい情報となる。
「やれやれ…この私に駆け引きを仕掛けるとは、貴女も偉くなったものですね」
と呆れた様子で呟くロギオス。
『乗ってくる筈!』
アドウェナの知るトゥレラ-ロギオスは、自身の時間が奪われる事を極端に嫌う。
なのに此処まで伸ばすのは、益へ対する天秤に逡巡しているからだ。
そうで無いなら、出会う前に無力化されていたに違いない。
片やロギオスは、アドウェナの推測とは異なる状態に在った。
『うむむ…原体とアドウェナの関係を確認するつもりが、どうも失敗してしまいましたね』
こんな事なら、この迷宮諸共に無力化するべきだった。
しかし直接相対して会話をしてみたい…そんな欲が勝ってしまったのである。
されど、これ以上の弱みは見せられない。
「残念ですが、私の欲を優先する事は出来ません。全ては聖女皇陛下の御心へ準じるだけ…ですから貴女の取引には応じられません」
「くっ!!」
後が無い…そう悟ったアドウェナは、ハクメイに仕掛けた呪法を発動させた。
これは対象を中心に、半径100mを瞬時に焼き尽くす爆破呪法だ。
普通であれば、これだけの規模の魔法を一人で発動など出来ない。
だが"呪法"として時間をかけ魔力を蓄積する事で、それを可能としたのだ。
つまりアドウェナにとって本当の奥の手と言えた。
そして自分は爆発のドサクサに紛れて、転送で安全圏へ離脱する。
漸く見つけた適合者を失うが、自分が滅びては何の意味も無いのだから仕方ない。
「………?!?」
アドウェナは目を見張った。
椅子に座ったハクメイが、全く爆発の兆しさえ見せなかった為だ。
「本当に愚かですね。私が何の準備もせずに現れ、また会話中に何もしなかったと思いますか?」
「…!」
ロギオスの言葉に、アドウェナは愕然とする。
そう、狂気の魔法医師は、何の算段も無しに敵の前に現れたりしない。
「終わりですよ、アドウェナ・アウィス」
などと言い放ったロギオスは、徐に上げた右手をアドウェナへ向けたのであった。




