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封印されし魔王は隠遁を望む  作者: おにくもん
第九章・北方四神伝・II
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1567話・アドウェナ 対 魔法医師

「一体…何者が貴方を動かしたと言うのか!!?」

アドウェナは思わず叫んでしまう。



これに相対するロギオスは静かに答えた。

永劫の帝国アイオーン・アフトクラトリアの聖女皇陛下ですよ…」



「なっ…?!」

予想だにしない答えに、一瞬だが思考が止まるアドウェナ。


『………聖女皇???』

南方の軍事強国の女帝が、どうして火炎島領督の娘と関係が有るのか?

全くもって理解が及ばない。



半ば固まるアドウェナへ、ロギオスは苦笑いを浮かべて告げる。

「聖女皇陛下は安穏と過ごされる方では有りません。今やお忍びで北方に足を伸ばす始末…臣下としては気が気で為りませんよ」



ここで漸くアドウェナは状況を察する。

「まさか……眠りの森の団長が…」



「貴女の推測通りです。傭兵団・眠りの森の団長ディーイーは、私が仕える主…プリームス聖女皇陛下なのですよ」



「……!!」

驚愕のあまり、アドウェナはタタラを踏むように後ろへ蹌踉よろける。



そして傍で聞いていたハクメイも驚きを隠せないで居た。

何と、かの狂気の魔法医師(ルナメディクス)がディーイーの臣下で、更には自分を助ける為にやって来たのだ。

驚かない方が可笑しいだろう。


なによりディーイーが、自分を見捨てなかった事が嬉しくて堪らない。

『お姉様…』


しかしながら何故に来たのが狂気の魔法医師(ルナメディクス)なのか?

それだけが少しばかり釈然としない。

『ひょっとして…お姉様に何かあったの?!』



そんなハクメイの疑問を他所に、ロギオスとアドウェナの遣り取りは続く。



「アドウェナ…諦めて体を引き渡しなさい」



恰も脳内に直接語り掛けるような言霊。

その師の命令にアドウェナは、意識を集中させて堪えた。

「それは出来ません。強引に奪おうとするなら、この体ごと消滅して見せましょう」



「ほほう…」

師である自分に対して強気な姿勢…これにロギオスは感心して見せた。

しかし胸中は若干の焦りを抱える。

『これは失敗しましたね。すんなり折れると思っていたのですが…』


複製体として新生したロギオスは、弟子のアドウェナの事を直には知らない。

実際は超次元情報体ピブリオテーカーから得た記録であり、それを利用して装っているだけなのだ。

その所為だろうか、アドウェナの反応が予測と違い、ロギオスの予定とは異なる状況となってしまった。



『やはり…この体も傷付けたく無いようね』

僅かだが状況に光明が見え、ほくそ笑むアドウェナ。


ディーイーが聖女皇だったのは正に青天の霹靂だった。

だが手の内が全く分からない相手より、師の方が来たのは不幸中の幸いと言うしか無い。


『なら打算で折れるように仕向けるだけよ』

自分が知るトゥレラ-ロギオスは、自身の研究と最終目的の為なら、幾らでも折れる為人だ。

なら、そうし向ければいい。

「ロギオス師…ハクメイ姫はお返しします。それに私が研究で得た半世紀分の情報もお渡しします。ですから私を見逃して頂けませんか?」



ロギオスの右眉がピクリと動いた。



上手く行くとアドウェナは確信する。

『フフッ…! やはり研究情報は見過ごせないわよね』


瘴気炉は理論上の機構でしかない。

何故なら禁忌であり、実際に実験運用さえしていない筈なのだ。

ならロギオスにとって、喉から手が出る程に欲しい情報となる。



「やれやれ…この私に駆け引きを仕掛けるとは、貴女も偉くなったものですね」

と呆れた様子で呟くロギオス。



『乗ってくる筈!』

アドウェナの知るトゥレラ-ロギオスは、自身の時間が奪われる事を極端に嫌う。

なのに此処まで伸ばすのは、益へ対する天秤に逡巡しているからだ。

そうで無いなら、出会う前に無力化されていたに違いない。



片やロギオスは、アドウェナの推測とは異なる状態に在った。

『うむむ…原体とアドウェナの関係を確認するつもりが、どうも失敗してしまいましたね』


こんな事なら、この迷宮諸共に無力化するべきだった。

しかし直接相対して会話をしてみたい…そんな欲が勝ってしまったのである。


されど、これ以上の弱みは見せられない。

「残念ですが、私の欲を優先する事は出来ません。全ては聖女皇陛下の御心へ準じるだけ…ですから貴女の取引には応じられません」



「くっ!!」

後が無い…そう悟ったアドウェナは、ハクメイに仕掛けた呪法を発動させた。


これは対象を中心に、半径100mを瞬時に焼き尽くす爆破呪法だ。

普通であれば、これだけの規模の魔法を一人で発動など出来ない。

だが"呪法"として時間をかけ魔力を蓄積する事で、それを可能としたのだ。

つまりアドウェナにとって本当の奥の手と言えた。


そして自分は爆発のドサクサに紛れて、転送で安全圏へ離脱する。

漸く見つけた適合者ハクメイを失うが、自分が滅びては何の意味も無いのだから仕方ない。



「………?!?」

アドウェナは目を見張った。

椅子に座ったハクメイが、全く爆発の兆しさえ見せなかった為だ。



「本当に愚かですね。私が何の準備もせずに現れ、また会話中に何もしなかったと思いますか?」



「…!」

ロギオスの言葉に、アドウェナは愕然とする。

そう、狂気の魔法医師(ルナメディクス)は、何の算段も無しに敵の前に現れたりしない。



「終わりですよ、アドウェナ・アウィス」

などと言い放ったロギオスは、徐に上げた右手をアドウェナへ向けたのであった。



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