1566話・狂気が仕える者
気配も無く現れた白衣の男に、アドウェナは驚愕し半ば呆然とした。
「……」
それはハクメイも同じだった。
突如、背後に現れた事もだが、その佇まいに違和感しか無い。
特に強そうでも無く、どちらかと言えば優男。
しかし存在感を全く感じない点から、只者では無い事が窺える。
『だ、誰なの?!』
故にハクメイの疑問は、その一点に収束された。
「トゥレラ-ロギオス……何故…貴方がここに…!?」
とアドウェナが信じられない様子で問う。
『トゥレラ-ロギオス!?』
その名をハクメイは知っていた。
南方や西方で国家脅威認定された最凶最悪の魔術師…それがトゥレラ-ロギオスだ。
そして二つ名が"狂気の魔法医師であり、その能力は不死王に匹敵すると言われている。
そんな人物が何故ここに?
アドウェナと同じ疑問が、ハクメイの胸中を覆った。
二人の疑問など他所に、ロギオスは飄々と告げる。
「久しいですね、アドウェナ・アウィス。こうして貴女と対面するのは100年振りくらいでしょうか」
アドウェナは椅子から立ち上がり、少し警戒した様子で後ずさった。
「……さぁ? そんなに経ちましたか?」
妙な空気が室内を満たす。
それは互いを警戒しあい、様子を窺う非常に不安定な間の所為か?
否…警戒しているのはアドウェナだけに思える。
それ程に両者の力関係には差が有るのだ。
これを肌で感じたハクメイだが、どうしてこの事態に自分が居合わせるなか疑問で為らない。
「私が北方に殆ど干渉しなかったのは、アドウェナ…弟子の貴女が居たからです。しかし残念でなりませんね。あれほど忌避していた力を利用していたとは…」
などと残念そうに告げるロギオス。
『弟子??!!』
驚いたハクメイは少し体が跳ね上がった。
「困難な目的を達するに、手段を選んでいる余裕は有りません」
そう返したアドウェナは、僅かに後退しながら続ける。
「ロギオス師よ、貴方こそどうなのですか? 神を憎み手段を選ばなかった狂人が、今更になって妙な信条を説くとは…」
「フッ…私は確かに手段を選びませんが、それは信念に基づく範囲の話です。しかし貴女は違う…人類の敵である魔神を走狗にするとは、私としては見過ごせませんね」
見過ごせない…この一言が決定的だった。
アドウェナはロギオスを敵だと認識し、直ぐさま此処から離脱する事を決断する。
ロギオスが現れた理由は定かで無いか、それを悠長に問い質している余裕は無い。
今この時でも、何を仕掛けられているか分かったものでは無いのだから。
ジリジリと後退するアドウェナへ、ロギオスは不敵に言った。
「逃すと思いますか? そんな訳が無いでしょう」
「私が魔神を走狗にしたくらいで、そこまで怒る事は無いと思いますが?」
「数体の魔神を使う程度なら…ですが瘴気炉を作ったのは間違いです。あれは世界の因果を歪める…この世に在ってはならない物ですよ」
「…!」
気付かれていた…そう悟ったアドウェナは血の気が引く。
「貴女は神が作った北方の仕組みを、心底恨んでいたのではないですか? だからこそ私は貴女を弟子にし、壊す為の力と知恵を与えたと言うのに…」
師から見下げられ、その事実にアドウェナは混乱をきたす。
「違う……私は間違っていない……あの時…結束しなければ私は…」
それだけ彼女にとって、ロギオスは偉大な存在だったのだ。
「北方四国の結束ですか? それだけ貴女が作った魔教が脅威だったのです。なのに一度敗退した程度で信念を曲げるとは…情けない」
「違う!! 私はロギオス師から学んだ事を利用しただけです! それなのに咎めるなんて…初めから教えなければ良いでしょう!」
「愚かな…」
そう呟いたロギオスは、溜息をついて告げた。
「はぁ……知らなければ対応する事が出来ません。闇を知る者にしか、闇と真面に対峙出来ないように…」
「そんなもの、詭弁よ!」
ロギオスはハクメイの前へ歩み進んだ。
「問答は終わりです」
粛清される!…その恐怖がアドウェナを更に後退させた。
粛清…それは即ち死を意味するのだから。
『こんな所で死ぬ訳には…』
何としても此処から逃げ果せ、トゥレラ-ロギオスの追跡を断たねば為らない。
『追跡…?』
ふと疑問が過った。
どうしてトゥレラ-ロギオスが急に現れたのか?
瘴気炉に於いては、運用を始めて数十年は経っている。
今更になって咎めに来るなど納得がいかない。
『まさか……ハクメイが原因??!』
たかが火炎島領督の娘を、かの狂気の魔法医師が手ずから奪還に来るなど有り得ない。
されど状況から推測するに、それしか思い当たる節が無いのも確かだ。
故にアドウェナは意を決した。
「私の粛清など、本来の目的を誤魔化す為の方便でしょう」
「……本来の目的?」
態とらしく首を傾げるロギオス。
「何故、ハクメイ姫を庇うように立つのですか?」
するとロギオスは小刻みに体を震わせて笑い出した。
「クククッ…ククッ……上手く誤魔化したつもりでしたが、気付かれてしまいましたね」
「ハクメイ姫を取り返し来たのですか?!」
「フフッ…そうですよ。ハクメイ姫と、貴女が依代にしている体を取り戻しに来たのです」
先程まで二人の遣り取りは、ハクメイにとって殆ど蚊帳の外のような状況だった。
なのに今は急に当事者となってしまい、戸惑いを隠せない。
「うぅ…?!」
そんな少女を一瞥するロギオス。
「おやおや…可哀想に。随分と自由を制限されているようですね」
そうしてアドウェナへ言い放つ。
「アドウェナ…貴女は逆鱗に触れたのです。当事者が私なら、まだ酌量する事も可能だったかも知れませんが…」
「…!?」
『意味が分からない…』
アドウェナは困惑する。
この言葉を率直に受け止めれば、更に強大な何者かの命で狂気の魔法医師が動いた事になる。
『そんな筈が無い!』
「一体…何者が貴方を動かしたと言うのか!!?」
絶望を含んだアドウェナの叫びが、この何も無い無機質な空間に響き渡ったのであった。
楽しんで頂けたでしょうか?
もし面白いと感じられましたら、↓↓↓の方で☆☆☆☆☆評価が出来ますので、良かったら評価お願いします。
続きが読みたいと思えましたら、是非ともブックマークして頂ければ幸いです。
また初見の読者様で興味が惹かれましたら、良ければ各章のプロローグも読んで貰いたいです。
なろう作家は読者様の評価、感想、レビュー、ブックマークで成り立っており、して頂ければ非常に励みになります・・・今後とも宜しくお願いします。
〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




