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封印されし魔王は隠遁を望む  作者: おにくもん
第九章・北方四神伝・II
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1564話・ヤオシュの決断

褐色の怪物は、まるで昏倒したように俯せのまま動かない。

これを目の当たりにしたヤオシュは心配でしかたがなかった。

何故なら、この褐色の怪物が部下のサーディクだからだ。



「そんなに不安がらないで下さい。ただ気絶しているだけですし、ちゃんと元に戻るように治療しますから」



『そうだ……私が心配しても何も出来ない…』

やるせ無い自分の気持ちを押し殺し、ヤオシュはロギオスへ頭を下げた。

「はい…宜しくお願いします」



俯せの怪物の前に立ち、ロギオスはヤオシュへ言った。

「変質した様に見えますが、実際は変化してはいません。まぁ放置すれば何れは完全に変わってしまいますが、」



「どう言う事ですか?」

怪訝そうに聞き返すヤオシュ。

余りに回りくどく、本音で言えば苛立ちを感じてしまう。



「厳密に言うとサーディクさんは、その生体力と魔力を使い魔神核にされているのです。ですから周りに増殖した外骨格を除去すれば、元の人間の姿に戻りますよ」



「ほ、本当ですか?!!」



ロギオスはサーディクの傍へ屈み込む。

「本当です。そしてそれを可能とするのが私なのです」



刹那、サーディクの体から水蒸気のような物が立ち上る。

そうして暫くすると、褐色の巨躯が徐々に小さくなっていった。



「これは…分解しているのですか?」



ロギオスはニヤリと笑みを浮かべて頷く。

「左様です。ですが、そう簡単に分解など出来ません。なので先ずは核となるサーディクさんから、伝達回路を遮断して動きを止めた訳です」



狂気の魔法医師(ルナメディクス)でも流石に動き回る相手を分解出来ないか…』

などと思うヤオシュだが、行き過ぎた考えだと気付く。

そんな事が本当に出来たら、戦いに於いて最強最悪な存在になるからだ。

仮に出来る存在が居るなら、それは神か地獄の王くらいだろう。



そうこうしている内に、すっかり怪物然とした外骨格が消失する。

すると真っ裸なサーディクの姿が露わになったのだった。



「サーディク!」

堪らず駆け寄るヤオシュ。



「外骨格の構成に、随分と生命力と魔力が吸われたようですね」



「…! サーディクは大丈夫なのですか?!」

ついヤオシュは声を荒げてしまう。

生命力の損耗は直接的に命に関わり、魔力枯渇は意識を失わせる。

この両方が併発すれば、まず助からない。



「心配ありませんよ。この”医者である私”が元の姿に戻ると言ったでしょう」



唖然とするヤオシュ。

「………」

確かに言ったが、それが何だと言うのか?



「私はトゥレラ‐ロギオス……狂気の魔法医師(ルナメディクス)と呼ばれてはいますが、患者を一度も見捨てた事は有りません。まぁ、その所為で悪名になったのも否めませんが…フフフッ」



自嘲する狂人に、ヤオシュは目を見張った。

『そうだ……この人は列国に脅威認定された狂人…』

人類が抗えない存在…不死王ノーライフキングに比肩する程の人間なのだ。

そんな存在が元に戻ると言ったのなら、その通りになるのは自明の理であり、そもそも態々嘘を付く理由が無い。



呆然としているヤオシュを尻目に、ロギオスは意識の無いサーディクの傍に屈む。

「衰弱しているので先ずは栄養を補給しましょうか」

と言って白衣の内側から何かを取り出す。


それは、どう考えてもポケットに入らない大きさの瓶。

大きさは小ぶりな酒瓶程もある。



「何をするのですか?!」

不安になり尋ねるヤオシュ。

まさか意識の無い相手に、口から注ぐのか?…と心配したのである。



「輸液ですよ。魔術を使っての回復は手っ取り早いですが、患者が持つ回復力を損ないます。ですから患者自身の回復力を使うのが、医療的には正しい治療となるのですよ」

そう答えたロギオスは、その輸液瓶を逆さにしてヤオシュへ手渡した。



「え? え?!」



「大切な貴女の部下なのでしょう? なら貴女が世話をしなさい。その段取りを私はするだけです」

ロギオスは素っ気無く答えると、何処からか輸液針とチューブを取り出す。

そうしてサーディクに点滴処置を施して続けた。

「その輸液瓶を下げないように。それと管に空気が入らないよう注意しなさい」



「は、はい! 承知しました!」

瓶を抱えたままヤオシュは居住まいを正した。


現在、一般的な治療に輸液は存在しない。

何故なら口径からでは無く、直接血管へ薬液を投与するのは危険だからだ。


また最たる理由は輸液の管理にある。

輸液は緊急時に必要とされるが、輸液の劣化が著しく、作り置きが非常に難しいのだ。

痛んだ輸液を点滴してしまえば、当然に患者へ悪影響を及ぼし、下手をすれば死に至る事だろう。

以上の点から北方では輸液治療はされていない。


そんな現在常識を踏まえて、ヤオシュはロギオスへ尋ねた。

「その…点滴治療をして大丈夫なのですか?」



「ん? ああ〜〜心配には及びません。私が有する保管庫内は時が止まっていますからね、劣化などは起こり得ません」



「と、時が止まっている?!?」



少し思考してからロギオスは訂正した。

「……いえ、厳密には違いますか。保管される物は情報化されて保存するので、そもそも劣化の概念が無いのです。ですが保管する側の機構には、動力を元に運用しているので劣化は避けられません。こちらは定期的に保守管理をしていますがね」



「?????」

全く理解が及ばないヤオシュ。



「フフフッ…難しいですか?」



「は、はい…」



「人間は知らない物を理解する事が不可能です…ですから貴女の反応は至極当然なのですよ」

そのロギオスの言い様は他者を嘲るのでは無く、ただ淡々と告げるものだった。



だからだろうか、学んでも良い…否、学びたいと言う気持ちがヤオシュの中で湧き上がる。

今回の件もそうだ…ロギオスの叡智に少しでも及んでいれば、自分でサーディクを救えたかも知れないのだ。

「ロギオス様…私に知識と知恵を与えて下さいませんか?」



少しばかり呆気に取られるロギオス。

「……」

こんなに早くほだせるとは思わなかったからだ。



「ロギオス様??」



「あ……これは失礼しました」

ロギオスはネクタイを整えて続けた。

「そうですね…貴女がその気なら私は全然構いません。後悔しないならね」



『後悔……』

知って、そして得て後悔する事など、ヤオシュは想像もつかない。

しかし何もせずに後悔するよりは、絶対にマシだと思える。

「無知のまま後悔したくは有りません。宜しくお願いします」



「フフッ…分かりました。貴女を弟子として受け入れましょう」



そのロギオスの笑みが何を指すのか、ヤオシュには察し得ない。

それでも最初に感じた恐怖は無くなっていた。


今よりも幸福に、今よりも利便的に…そんな人の性が成せる錯覚か?

或いは根本的な知識欲ゆえの情動の所為か?

どちらにしろ、もう引き返せない。



楽しんで頂けたでしょうか?


もし面白いと感じられましたら、↓↓↓の方で☆☆☆☆☆評価が出来ますので、良かったら評価お願いします。


続きが読みたいと思えましたら、是非ともブックマークして頂ければ幸いです。


また初見の読者様で興味が惹かれましたら、良ければ各章のプロローグも読んで貰いたいです。


なろう作家は読者様の評価、感想、レビュー、ブックマークで成り立っており、して頂ければ非常に励みになります・・・今後とも宜しくお願いします。


〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜

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