1564話・ヤオシュの決断
褐色の怪物は、まるで昏倒したように俯せのまま動かない。
これを目の当たりにしたヤオシュは心配でしかたがなかった。
何故なら、この褐色の怪物が部下のサーディクだからだ。
「そんなに不安がらないで下さい。ただ気絶しているだけですし、ちゃんと元に戻るように治療しますから」
『そうだ……私が心配しても何も出来ない…』
やるせ無い自分の気持ちを押し殺し、ヤオシュはロギオスへ頭を下げた。
「はい…宜しくお願いします」
俯せの怪物の前に立ち、ロギオスはヤオシュへ言った。
「変質した様に見えますが、実際は変化してはいません。まぁ放置すれば何れは完全に変わってしまいますが、」
「どう言う事ですか?」
怪訝そうに聞き返すヤオシュ。
余りに回りくどく、本音で言えば苛立ちを感じてしまう。
「厳密に言うとサーディクさんは、その生体力と魔力を使い魔神核にされているのです。ですから周りに増殖した外骨格を除去すれば、元の人間の姿に戻りますよ」
「ほ、本当ですか?!!」
ロギオスはサーディクの傍へ屈み込む。
「本当です。そしてそれを可能とするのが私なのです」
刹那、サーディクの体から水蒸気のような物が立ち上る。
そうして暫くすると、褐色の巨躯が徐々に小さくなっていった。
「これは…分解しているのですか?」
ロギオスはニヤリと笑みを浮かべて頷く。
「左様です。ですが、そう簡単に分解など出来ません。なので先ずは核となるサーディクさんから、伝達回路を遮断して動きを止めた訳です」
『狂気の魔法医師でも流石に動き回る相手を分解出来ないか…』
などと思うヤオシュだが、行き過ぎた考えだと気付く。
そんな事が本当に出来たら、戦いに於いて最強最悪な存在になるからだ。
仮に出来る存在が居るなら、それは神か地獄の王くらいだろう。
そうこうしている内に、すっかり怪物然とした外骨格が消失する。
すると真っ裸なサーディクの姿が露わになったのだった。
「サーディク!」
堪らず駆け寄るヤオシュ。
「外骨格の構成に、随分と生命力と魔力が吸われたようですね」
「…! サーディクは大丈夫なのですか?!」
ついヤオシュは声を荒げてしまう。
生命力の損耗は直接的に命に関わり、魔力枯渇は意識を失わせる。
この両方が併発すれば、まず助からない。
「心配ありませんよ。この”医者である私”が元の姿に戻ると言ったでしょう」
唖然とするヤオシュ。
「………」
確かに言ったが、それが何だと言うのか?
「私はトゥレラ‐ロギオス……狂気の魔法医師と呼ばれてはいますが、患者を一度も見捨てた事は有りません。まぁ、その所為で悪名になったのも否めませんが…フフフッ」
自嘲する狂人に、ヤオシュは目を見張った。
『そうだ……この人は列国に脅威認定された狂人…』
人類が抗えない存在…不死王に比肩する程の人間なのだ。
そんな存在が元に戻ると言ったのなら、その通りになるのは自明の理であり、そもそも態々嘘を付く理由が無い。
呆然としているヤオシュを尻目に、ロギオスは意識の無いサーディクの傍に屈む。
「衰弱しているので先ずは栄養を補給しましょうか」
と言って白衣の内側から何かを取り出す。
それは、どう考えてもポケットに入らない大きさの瓶。
大きさは小ぶりな酒瓶程もある。
「何をするのですか?!」
不安になり尋ねるヤオシュ。
まさか意識の無い相手に、口から注ぐのか?…と心配したのである。
「輸液ですよ。魔術を使っての回復は手っ取り早いですが、患者が持つ回復力を損ないます。ですから患者自身の回復力を使うのが、医療的には正しい治療となるのですよ」
そう答えたロギオスは、その輸液瓶を逆さにしてヤオシュへ手渡した。
「え? え?!」
「大切な貴女の部下なのでしょう? なら貴女が世話をしなさい。その段取りを私はするだけです」
ロギオスは素っ気無く答えると、何処からか輸液針とチューブを取り出す。
そうしてサーディクに点滴処置を施して続けた。
「その輸液瓶を下げないように。それと管に空気が入らないよう注意しなさい」
「は、はい! 承知しました!」
瓶を抱えたままヤオシュは居住まいを正した。
現在、一般的な治療に輸液は存在しない。
何故なら口径からでは無く、直接血管へ薬液を投与するのは危険だからだ。
また最たる理由は輸液の管理にある。
輸液は緊急時に必要とされるが、輸液の劣化が著しく、作り置きが非常に難しいのだ。
痛んだ輸液を点滴してしまえば、当然に患者へ悪影響を及ぼし、下手をすれば死に至る事だろう。
以上の点から北方では輸液治療はされていない。
そんな現在常識を踏まえて、ヤオシュはロギオスへ尋ねた。
「その…点滴治療をして大丈夫なのですか?」
「ん? ああ〜〜心配には及びません。私が有する保管庫内は時が止まっていますからね、劣化などは起こり得ません」
「と、時が止まっている?!?」
少し思考してからロギオスは訂正した。
「……いえ、厳密には違いますか。保管される物は情報化されて保存するので、そもそも劣化の概念が無いのです。ですが保管する側の機構には、動力を元に運用しているので劣化は避けられません。こちらは定期的に保守管理をしていますがね」
「?????」
全く理解が及ばないヤオシュ。
「フフフッ…難しいですか?」
「は、はい…」
「人間は知らない物を理解する事が不可能です…ですから貴女の反応は至極当然なのですよ」
そのロギオスの言い様は他者を嘲るのでは無く、ただ淡々と告げるものだった。
だからだろうか、学んでも良い…否、学びたいと言う気持ちがヤオシュの中で湧き上がる。
今回の件もそうだ…ロギオスの叡智に少しでも及んでいれば、自分でサーディクを救えたかも知れないのだ。
「ロギオス様…私に知識と知恵を与えて下さいませんか?」
少しばかり呆気に取られるロギオス。
「……」
こんなに早く絆せるとは思わなかったからだ。
「ロギオス様??」
「あ……これは失礼しました」
ロギオスはネクタイを整えて続けた。
「そうですね…貴女がその気なら私は全然構いません。後悔しないならね」
『後悔……』
知って、そして得て後悔する事など、ヤオシュは想像もつかない。
しかし何もせずに後悔するよりは、絶対にマシだと思える。
「無知のまま後悔したくは有りません。宜しくお願いします」
「フフッ…分かりました。貴女を弟子として受け入れましょう」
そのロギオスの笑みが何を指すのか、ヤオシュには察し得ない。
それでも最初に感じた恐怖は無くなっていた。
今よりも幸福に、今よりも利便的に…そんな人の性が成せる錯覚か?
或いは根本的な知識欲ゆえの情動の所為か?
どちらにしろ、もう引き返せない。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




