1562話・隠れ家の実験室
崩壊しかけた遺跡?内を進むと、急に通路の様子が変化した。
明らかに手を加えられた跡……否、殆ど作り替えられたような構造をしていたのだ。
ボロボロで朽ちかけた岩壁が、不可思議な石材に因って施工され、恰も別の空間に迷い出た錯覚を感じる程である。
例えるなら何処かの寺院のよううで、華美さは無いが厳かで整然としている。
また壁に発光魔石を埋め込んでいるのか、照明魔法を使わずとも不便無い程度には明るい。
「ここは一体…?」
ヤオシュは半ば呆然と尋ねる。
アドウェナが手を加えたに違い無いだろうが、何の用途として使われるか見当もつかない。
「何らかの実験施設と言ったところでしょうか。しかも実験対象は相当に凶暴なようですね」
とロギオスは答えると、壁をコンコンと叩いた。
「この壁…硬くて頑丈そうですが、見た事も無い材質です」
「無機固体材料ですよ」
ロギオスの告げた言葉に、全く理解が及ばず聞き返すヤオシュ。
「む、無機…? それは何ですか??」
「大まかに例えるなら硝子や陶器が同じ類いです」
「え?! あんな割れやすい物が、この壁の材質と同種だと?」
「フフッ…確かに割れやすく欠けやすいですが、形状や用途に因っては非常に頑強なのです。何より一度焼き入れしているので、高温や火に強いですしね」
「成程…同じ焼き入れでも、煉瓦より更に丈夫そうです」
初めて見る物なので、ヤオシュは興味が惹かれて止まない。
そして直ぐに我に返る。
「も、申し訳ありません! 敵の隠れ家だと言うのに、呑気な事をしてしまいました」
「いえ、構いませんよ。探知機構は軒並み無効化していますし、気が済むまで寄り道して下さい」
「…???」
まさかの言い様に、ヤオシュは困惑する。
自分の目的は捕らわれた部下の救出、そしてハクメイ姫を救出し聖女皇に贖罪する事だ。
なのに目の前の優男は、"気が済むまで寄り道して下さい"などと言う有様。
『こ、この人…本当に大丈夫なの?!?』
人の事を言えた質では無いが、これは余りにも不謹慎である。
するとロギオスはニッと笑みを浮かべて言った。
「冗談ですよ。しかし、こんな状況でも自身の知識欲を抑えられないのは、中々に気に入りました。貴女さえ良ければ、私の弟子にして差し上げます」
この時、ヤオシュは表現し難い悪寒を覚えた。
それは潜在的な危機予測であり、言葉にして明確に表現するのは難しい。
それでも1つ確実に分かる事がある。
彼の誘いを受ければ、きっと強大な力と叡智を得られるが、地獄の門徒となり二度と引き返せないだろう。
だからと言ってキッパリと断るのも怖いので、取り敢えずは濁しておいた。
「あ、有難うございます…考えておきますね」
「そうですか」
そう返したロギオスは、何事も無かった様に歩み出した。
『切り替え早っ!』
少し驚きつつもヤオシュは後に続く。
そうすると直ぐに異様な魔力の波動を感じた。
「これって…」
頷くロギオス。
「はい、変質…或いは改造された貴女の部下でしょうね」
魔力の波動は、本来なら殆ど感じる事はない。
魔術に精通している者なら、それを何とか感じられる程度なのだ。
だが今、ヤオシュが感じている波動は、その魔力を極限にまで濃くし、更に禍々しさを加えた風だった。
構う事なくロギオスは通路を進み、頑強そうな扉の前で足を止める。
そしてソッと扉へ片手を触れさせる…直後、重く頑強な扉は、枯れ木の扉の如く軽々と奥へ開いた。
ムワ〜ッと何かが部屋の中から通路へ漏れ出す。
それは熱された空気であり、余りにも密度の高い魔力その物だった。
「うぐっ!!」
堪らずヤオシュは蹈鞴を踏み後退する。
その刹那、ロギオスの背後から垣間見たもの……人型の何か。
否…人型と呼ぶには巨大過ぎて、魔獣と呼ぶのが相応しい。
また体高は2mを優に越し、身体中の筋肉が隆起して恰も装甲のようである。
頭部は…良く分からない。
何故なら隆起した肩や首の筋肉?が、頭部を半ば覆っていたからだ。
その他に特徴的なのは全身の色だ。
全てが褐色…それでヤオシュは察した。
この禍々しい巨躯の何かがサーディクだと。
「そんな…」
ここまで変質した体を、元の人間の姿に戻す事など不可能なのは明らかだった。
絶望したヤオシュへ、ロギオスは振り返らず静かに告げた。
「お嬢さん、下がっていて下さいね」
『駄目…』
戦うにしろ、こんなものに人間が敵う筈が無い。
諦めて引き返そう…と言うつもりが、恐怖と絶望の所為か全く声にならないヤオシュ。
褐色の巨体が一歩前進した。
ロギオスとの距離は至近…次にどちらかが動けば、致命の間合いとなる。
だがロギオスは微動だにしない。
まるでテラスから庭を眺める紳士のように、大らかに落ち着いている。
これから午後の茶会でも始めるのか?…そう思わせる場違いな佇まいだ。
ズンッと重い音がした直後、それよりも更に鈍重な音が周囲に響き渡った。
1つ目の音は褐色の巨躯が踏み込んだ音、そして2つ目の轟音は、サーディクがロギオスを殴り付けた音だ。
丸太の如き屈強な腕から放たれる一撃…人程度など簡単に押し潰すだろう。
その筈だった…。
実際は潰される事なく、ロギオスは涼しげな顔で立ったままだ。
『魔法障壁?!』
何に因って防いだのか、直ぐにヤオシュは看破する。
しかしながら、あれ程の一撃を完全に防御することなど有り得ない。
普通なら剣士や戦士の武器による一撃を、何とか防ぐのが関の山なのだ。
何より瞬きに等しい時間での発動…とてもでは無いが、人間技とは思えなかった。
不可視の壁に阻まれ、サーディクは不思議そうに首を傾げた。
「ふむ…まだ明確な命令は受けていないようですね。つまり変質したばかりですか」
明らかに殺し来る相手を前に、悠長な口調でロギオスは呟いた。
サーディクが今度は両腕を振り上げる。
片腕で駄目なら両腕で?…単純過ぎる思考だが、この巨躯に限っては十分な威力を発揮するだろう。
「ロギオス様!!」
咄嗟にヤオシュは叫んでしまう。
幾ら強大な魔力を誇ろうが、魔法障壁が突破されれば只の生身。
優男の体など一溜まりも無いのは明白だ。
何かが砕けるような音が響く。
魔法障壁がサーディクの膂力に突破されたのである。
そうして減衰しない両腕の拳は、ロギオスの脳天に直撃したのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




