1561話・狂気なダミー
不可思議な薬瓶…ナノスマキーナで入口を確保したロギオスは、目の前に出来上がった階段を徐に下り始めた。
それを慌てて追うヤオシュ。
「ま、待って下さい! ロギオス様!」
階段自体は余り良い物では無く、随分と経年劣化が見て取れた。
例えるなら誰も寄り付かない古代遺跡である。
加えて上がり降りした形跡も無く、ここが本当にアドウェナの隠れ家なのか怪しく思える程だ。
「全く人気を感じませんね…」
ロギオスの後ろを付いて降りるヤオシュは、怖々と言った。
本当に間違い無いのか?…そんな不安が無意識に口を突いたのだ。
「ここは未発見の小規模な迷宮のようです。入り口は幾つか有るようですが、この経路は全く使われていないのでしょうね」
「成程…ところで、アドウェナの不意を突くつもりですか?」
「ハクメイ姫の位置と、貴女の部下の位置も把握しています。ですがアドウェナの位置は不明なので、そこは運ですね」
「そ、そうですか。では把握している方を先に当たりませんか?」
ヤオシュとしては逸早く部下を救い出したい。
アドウェナに何かをされた可能性が有る為、尚更に気になり焦るばかりだ。
階段が終わり、そこでロギオスは足を止めた。
「ふむ…私の最優先事項はハクメイ姫を無事に奪還する事です。ですが…そうですね、貴女の部下も無下には出来ませんか」
ロギオスの判断に固唾を飲むヤオシュ。
「……」
するとロギオスの体が一瞬だけ霞み、直ぐに元に戻った。
それが目の錯覚だと思ったヤオシュだが、次の瞬間に驚愕する羽目となる。
何とロギオスが二人になったのである。
「なっ?!???」
お陰でヤオシュは腰を抜かしそうになった。
ロギオスは、片方のロギオスを見やって告げる。
「これは私の複製体です。凡そ私の3割程度の出力ですが、演算機能、処理速度、思考や判断などは私と同等。なので心配いりません」
「え…? 心配? どう言う意味ですか?」
「この複製体を貴女に付けます。優先的に部下を救いたいなら、私とは別行動が良いでしょう」
まさかの提案、否…これは最早、強制的な処置と言える。
ここまでの配慮?をされて、今更ヤオシュが嫌と言える訳も無かった。
「あ、有難う御座います。その…私は部下の位置が分からないのですが」
「それも問題ありません。この複製体が案内しますから」
そう告げたロギオスは、さっさと先へ進んでしまう。
取り残されたヤオシュ…とロギオスの複製体。
一瞬、気不味い空気になるが、意に介した様子も無く複製体が言った。
「貴女の部下は此処から北東100mの位置に居る様です。しかし複雑に道が分岐しているので、焦らず私の後を付いて来て下さい」
「了解しました」
『これが複製体?!』
何一つロギオスと変わらない姿に、ヤオシュの胸中は驚きと戸惑いで満たされる。
姿だけでは無い…その発せられる隠しきれない魔力。
仕草や口調など寸分も違わないように思えた。
それは人の姿だけで無く、記憶や性格まで複製する魔獣を彷彿とさせる。
そう…まるで伝説の二重存在のようだ。
首を傾げるロギオス。
「どうかしましたか?」
「え……あ…! いえ、自分自身の分身?を容易に作り出すなんて、やはり狂気の魔法医師の二つ名は伊達では無いのですね」
「フフフッ。一応は褒め言葉と受け止めておきましょう」
苦笑混じりに返すと、ロギオスは徐に歩み始めた。
その後ろ姿は少し猫背…正に卯建の上がらない研究者のようで、列国を震撼させた稀代の魔術師とは、とても思えない。
そんな事を思うが、その考えをヤオシュは直ぐに改めた。
『いや…違うわね。人は見かけに因らないし、一目で凄さが分かるのは二流以下よね…』
ディーイー…もとい聖女皇が良い例だ。
あんなに華奢で、しかも絶世の美貌を持つ少女なのだ。
一目見て、一体誰が超絶者だと見抜けるだろうか?
そうして白衣の猫背に追随する事、凡そ10分が経過する。
入り組んだ上、崩壊しかけの通路を進み、ヤオシュは来た道が分からなくなっていた。
つまり一人で引き返す事は不可能で、何が起ころうが先に進むしか無いのだった。
幸いなのは魔獣や魔物に遭遇していない事だろう。
急にロギオスが足を止めた。
着いた…そう確信したヤオシュは小声で尋ねる。
「ひょっとしてサーディクが居る所に着きましたか?」
「はい。どうやら状態は良く無いようですね」
と暗い通路の先を見据えてロギオスは答えた。
愕然とするヤオシュ。
"状態は良く無い"…その言葉が指すのは、サーディクなのが明白だからだ。
それでも生きているのなら、まだ希望は有る。
そう自分に言い聞かせてヤオシュは一歩踏み出した。
それをロギオスは片手を上げて遮った。
「言ったでしょう。私より前に出てはいけません」
「で、でも…この先にサーディクが居るのですよね? 早く助け出さないと!」
首を横に振るロギオス。
「駄目です。今のサーディクさんは、貴女を認識出来ない状態にあります。恐らく何らかの魔術的な改造をされたのかも知れません」
「そんな……」
その場にヤオシュは崩れ落ちた。
ロギオスはソッと手を差し出す。
「助けられないとは一言も言ってませんよ」
「……え?! でも、魔術的な改造って…」
「私の二つ名は何と言われていますか?」
「ルナ…メディクス……狂気の魔法医師です」
「相手が狂気の沙汰なら、私の得意とする分野です。それに私は医者なのですから、救うべき患者が居るなら救うまでですよ」
ヤオシュはロギオスの手を取った時、自分が泣いている事を自覚した。
それは悲しみや絶望の所為では無く、安堵から来るものであった。
「有難うございます…」
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




