1160話・ナノスマキーナ
身体中が焼けるように熱い。
まるで業火…己の行ってきた悪行が、今まさに贖罪の時を迎えたかの如くだ。
だが実際は違った。
この体はアドウェナの施術により、異形へと変化する過程にあるのだ。
それを精神力で抗った事で、拒絶反応として彼女を苦しめていた。
そこは伽藍とした広い室内で、薄暗く殺風景だった。
その中央に据えられた架子牀に、仰向けに寝かされているサーディク。
捕らわれの身でありながら、体には一切の拘束具は無い。
何故なら指一本も体を動かす事が出来ず、故に拘束の必要が無いからだ。
「気分はどうかしら?」
いつの間にか現れた気配がソッと告げた。
「ア…アドウェナ……」
辛うじてサーディクは声が出る。
「あらあら…ここまで抵抗するのは貴女が初めてよ。全て身を委ねれば、苦しむ事も無いのにねぇ」
「ぐぅぅ…ぅぅ…」
確固たる意志を見せつけ、少しでもアドウェナを困らせてやりたい。
しかし侵食する力に抗うのが精一杯で、まともな言葉さえサーディクは口に出来なかった。
「万が一に追って来たら、貴女を打つけるつもりよ。その時に現れるのは貴女の主かしら? それとも"あの超絶者"かしら?」
サーディクの怒りが頂点に達した。
「おまえは…ディーイー…団長に…きっと……」
「なぁに? 私が殺されるって? フフフッ!」
「…??」
にんまりと笑みを浮かべたアドウェナは、サーディクの耳元で囁いた。
「とんでも無く彼女は強いわ。でもね、あんな脆弱な体で私を追い続けられるかしら?」
「うぅ…!」
絶望に等しい情動がサーディクの胸中を満たす。
そう…アドウェナに距離は関係無いのだ。
「さぁ少し眠りなさい。きっと貴女には、十二分に働いて貰う事となるのだから」
この言葉を聞き終えるのと同時に、サーディクの意識は霞が掛かったように朧げとなるのだった。
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「お嬢さん……お嬢さん…」
「んん……」
眠ってしまっていたヤオシュは、誰かが呼ぶ声で半ば意識を覚醒させた。
『だ、誰…?』
『お嬢さん、目的地に到着しました。このまま眠っていても私としては構いませんが、貴女は困るのでは?」
その言葉で血の気が引き、飛び起きるヤオシュ。
「そ、そうだった!!」
お腹が一杯になり、ついソファーで眠ってしまたった。
何とも緊張感に欠け情けない話だ。
しかし目的地までの途上は、ただただ船?の内部に居るだけで、全く緊張感の欠片も無かった。
普通、何らかの決戦に挑む場合、その途上も油断ならず気を張るものなのだが…。
「もう船を降りても大丈夫ですが、本当に同行しますか? 貴女の望む結果にならず、苦しむ事になるかも知れませんよ」
念を押すロギオスへ、ヤオシュは毅然とした態度で答える。
「私の大事な部下を救う為、そして贖罪の為に来たのです。ここで安穏と待っては居られません」
「そうですか、分かりました。では1つ忠告します…私より前を歩かない様にして下さい」
それは暗に身の安全を保証出来ない…そう告げているとヤオシュは察した。
「しょ、承知しました」
こうして船を降りたヤオシュは、周囲の状況に息を飲んだ。
「ここは……」
鬱蒼と覆い茂った木々に囲まれていたのである。
次元潜航艇でなければ、絶対に到達不可能な場所に思える程だ。
それだけ木々が密集し、人ひとりが歩む隙間さえ怪しい。
いつの間にか先を歩いていたロギオスが言った。
「地理的には龍国の南東…東陽省領内ですね。と言っても更に辺境の孤島…ここを隠れ家にするとは、中々に良い感性ですよ」
「ロギオス様! お、お待ち下さい!」
ヤオシュは慌てる。
彼は前を歩くなと言ったが、とてもでは無いが先を行くなど不可能だと悟った。
そもそも覆い茂る木々は、伐採しながらで無いと進めない。
しかしロギオスは何もせずに歩み進めるだけ…何と木々が彼を避けているのだ。
俄には信じ難い。
されど目の前で実際に起きている。
『これが狂気の魔法医師の力なの?!』
例えるなら、正に人智を超えた"権能"ようだ。
「どうかしましたか?」
僅かに振り返るロギオス。
「い、いえ…」
ヤオシュは急いで彼の後ろへ駆け寄った。
『この人から離れては駄目だわ!』
きっと覆い茂る木々に囚われ、抜け出せなくなるに違い無いのだから。
※
※
※
※
10分ほど森林の中を進むと、何の変哲も無い岩場に出た。
と言っても10m四方くらいの範囲で、その周囲は相変わらずの森林だ。
「地殻変動の跡でしょうか? でも…妙に不自然と言うか…」
首を傾げるヤオシュ。
ロギオスは小さく微笑み告げた。
「フフッ…鋭いですね。上空から見た場合、ここは木々で殆ど見えません。しかし魔力感応度が高い者なら、これが幻影だと気付けるかも知れませんね」
「え…?! これが幻影なのですか?!」
ヤオシュは驚愕する。
岩肌の質感、森と一体化した雰囲気…どれを取っても普通の地形に見えたからだ。
「今、貴女は"不自然"と言いましたよね? それが答えです。常人では、その不自然ささえ見過ごすでしょうから」
「で、では、この岩肌がアドウェナの隠れ家に続く入り口?!」
「左様です。しかしながら幻影と言っても存在力を有するので、進めば打ち当たりますよ」
ロギオスの言い様に、全く理解が及ばないヤオシュ。
「幻影なのに実際に有ると??!」
「フフフッ…そんなに驚かないで下さい。そう言う物なのです…魔術とはね」
と言った後、ロギオスは大きな岩肌へ小石を放り投げた。
するとコツンッと音を立て石が弾かれる。
『これが幻影?!』
狂気の魔法医師が言うのだからそうなのだろう…しかし未だにヤオシュは信じられないでいた。
そんな同行者を他所に、ロギオスは白衣の内側から何かを取り出す。
「簡単な話、魔法機構を壊せば良いのです。そうすれば一瞬で幻影と、それに伴う存在力も崩壊します。後は気付かれないよう探知機構も同時に無効化しましょうか」
「え…? ど、どうやって?!」
ロギオスの手に握られていたのは3本の細い薬瓶だった。
それを無造作に岩肌へ放り投げると、当然に瓶は岩肌へ直撃して割れる。
そうして1分程が経過すると、急に岩肌が消失してヤオシュは再び驚愕した。
「ええぇぇぇ?!!」
「あの薬瓶には幻影機構、存在力、それと探知機構を無効化するナノスマキーナを大量に含有しているのです。要するに”それ”で無効化した訳ですよ」
「ナ、ナノス…?!?」
狂気の魔法医師の説明に、結局は全く理解が及ばないヤオシュであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




