1158話・ヤオシュと魔法医師
しこたま驚いたヤオシュは、驚き疲れて半ば呆然とソファーに座っていた。
驚いた理由は、今乗っている次元潜行艇の事だ。
そもそも宙に浮き移動可能な船など、見た事も聞いた事も無い。
更には精霊界を航行可能だと言うのだから、魔術に詳しい者なら驚いて当然だった。
『精霊しか存在出来ない次元…それが精霊界の筈なのに』
しかし自分は実際に精霊界に居るのだ。
その事実をヤオシュは未だに信じられないで居た。
そんな彼女へ、ロギオスが淹れたての茶を差し出す。
「お嬢さん、落ち着きましたか?」
「え……あ、有り難う御座います。まだ夢の中に居る気分ですが、ちゃんと頭では理解して落ち着けたと思います」
「そうですか」
ロギオスもティーカップを持ちながら、ヤオシュの対面へ座る。
「……」
その様子を見たヤオシュは、"噂と違う"と思えた。
目の前の存在は、列国に脅威認定された狂気の魔法医師なのだ。
そんな相手が手ずから茶を淹れてくれるなど、想像し得ない事態だった。
「なんですか?」
首を傾げるロギオス。
「い、いえ…何と言うか、噂は当てにならないと思いました」
「ほほぅ…噂ですか? どう言った物ですか?」
『それを聞くか?!』と口を突きそうになるヤオシュ。
それは詰まり悪評を、本人の目の前で語る事になるのだから。
「その…こう言う話は、本人の前で言うべきでは無いかと、」
「フフッ…構いませんよ。私にとって再認識する良い機会ですし、遠慮なく言ってみて下さい」
ここまで求められては、流石に嫌とは言えない。
仕方無くヤオシュは、権威者の間で囁かれる彼の悪評を話す事にした。
「分かりました…」
しかしながら狂気の魔法医師の存在は、一般的に余り認知されていない。
何故なら彼は、国家や権威者に関わり悪さをするからだ。
そして"された側"は大半が恥をかかされた形で、その被害を市井に公表出来る訳が無い。
因って一般的に有名とは言えないのだった。
それでも自分のような傭兵団の団長が知る位には、その悪評は大陸に轟いていた。
「最近、実しやかに噂されているのが、西方のペレキス共和国の政変です。それに貴方が関わっていたと…」
「フッ…それから?」
『否定も肯定もしないのか…』
「他には…とある黒組織を利用して人を攫い、その人達で人体実験を繰り返したとも聞きました」
「人体実験ですか…まぁ私に有りがちな噂ですね」
全く意に介さないロギオスに、どうしてかヤオシュは負けん気が起こってしまう。
『人非人なのは確かなようね。なら悪行を並べて自覚させてやるわ!』
そこからヤオシュは、信憑性が有る物から無い物まで語った。
するとロギオスは少し思考する素振りを見せ、
「ふむ……貴女が知るだけでも結構な数ですね。全くもって悪名は無名に勝る…ですかね」
などと言い出す始末。
これにヤオシュは顔色を変えた…主に怒りでだ。
「その悪名の所為で、聖女皇陛下が不便に感じて居られるとは思わないのですか!」
「聖女皇陛下を罠に嵌めておいて、そんな事を貴女がよく言えますね」
「くっ…!」
鋭い的確な返しに、ヤオシュは口篭り怯んだ。
「まぁ良いでしょう、北方での私の評判を知れたのですから」
そう呟いたロギオスは、ティーカップを置くと続けた。
「聖女皇陛下は私の全てを受け入れ、そして配下したのですよ。何より実力は折り紙つきですし、"悪名こそ"利用価値が有るのでしょう」
『悪名が利用価値?!』
「貴方は何を言って…」
困惑するヤオシュだが、直ぐにピンと来た。
「まさか…」
頷くロギオス。
「そう…既に永劫の帝国は最強の剣聖を擁しています。そこに最凶最悪の私が加われば、何人であろうと矛を向けようなどとは思わないでしょう」
自身の悪名を利用し主君へ益をもたらす。
果たして歴史上で、こんな思い切った判断をした者が居るだろうか?
答えは"否"である。
これは聖女皇の偉業と名声が、狂気の魔法医師の悪名を払拭する程に大きいからだ。
『やはり超絶者の考えは、私などでは推し量れないわね…』
柄にも無く激昂した事に、とてもヤオシュは恥ずかしくなる。
「無礼な物言い…申し訳ありませんでした」
「フフフッ…他者に詰られるのは慣れていますから、全然平気ですよ」
そう返したロギオスは、足を組んで座り直し続けた。
「所で…アドウェナの事なのですが、詳しく話して貰えませんか?」
「アドウェナの事ですか?」
ヤオシュは聞き返してから、自分がウッカリしていたと察する。
メディ.ロギオスは急に召喚された立場であり、恐らくは凡その状況しか知らない筈なのだ。
「失礼しました。私から説明を切り出すべきでしたね…」
「いえいえ、謝罪には及びません。で、確か母君が妖術師…いや、迷宮の主であるアドウェナに体を乗っ取られたのですよね?」
「はい…乗っ取られたのは今から10年程前の事です。母は現役の傭兵で、凄腕の魔術師でした」
「母君の名前と容姿を教えて頂けますか? それと傭兵として、また魔術師として周囲の評価も伺いたい」
随分と細かい事を訊く…などと思いつつも、ヤオシュは素直に答えた。
「母の名はヨンガン…貴族では無いので姓は有りません。傭兵としては超一流と称され、魔術師としては稀代の天才と呼ばれていました。容姿は黒髪、黒の瞳、北方人然とした肌の色をしています」
「成程…魔術の才が仇となった訳ですね」
と呟いたロギオスは静かに席を立った。
「ロギオス様?」
「お嬢さん…貴女は船内で好きに過ごして構いません。因みに外に出ては死んでしまいますので、絶対に出ないで下さい。入れない場所も少し有りますが、ご了承願いますね」
紳士的な口調で告げるロギオス。
しかしながら、その柔らかで誠実そうな口調な裏に、何か薄寒いものをヤオシュは感じる。
「わ、分かりました」
それは他者を歯牙にも掛けない、不気味な程の無関心さ。
自分は居ても居なくても一緒…そう察したヤオシュは、ひとり愕然とするのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




