1553話・イェシンの選択と決断
完全に腰を抜かしてしまったイェシン。
その理由は、ディーイーから火炎島が永劫の帝国の属国になったと告げられたからだ。
そして同時にイェシンは納得もする。
『そうか! それでハクメイ姫が同行していたのか!』
火炎島の領督が自分の娘を傭兵に預けるなど、普通なら絶対に有り得ない。
だが、その傭兵が聖女皇なら?
恐らくハクメイ姫は侍女として差し出されたのだろう。
「だ、大丈夫?」
少し慌てるディーイー。
話題を変えるつもりが、どうしてか都督の腰を抜かさせてしまったからだ。
ティミドは頭を抱えて言った。
「ディーイー様…突然そんな事を言われれば、誰でも驚くと思いますよ。まぁ結果から話す方が端的で早いですが…」
「あ…そっか。今に至った経緯を話しておくべきだよね。じゃあティミド、説明を宜しく!」
ディーイーから説明責任を完全に丸投げされ、苦笑いを浮かべながら承諾するティミド。
「承りました」
奇しくも修羅場はウヤムヤにされ、順序立てたティミドの説明が始められた。
そうして5分後、凡そを理解したイェシンは呆然としてしまう事に。
「そんな事が…火炎島で……」
「これは最重要秘匿事項です。火炎島の神獣が喪われたなど、口が裂けても言っては為りませんよ」
ティミドに念を押され、イェシンは小刻みに首を縦に振った。
「も、勿論です!」
当然に娘のヤオシュも頷く。
「はい、分かりました」
しかし永劫の帝国が此処まで干渉しているなら、露見した場合に本国が侵略行為と見なす筈だ。
そこで問題になるのが、これが故意か否かになる。
故にイェシンは怖々と尋ねた。
「その…火炎島のロン領督は、永劫の帝国に助けを求めたのですか?」
「はい。属国…この場合は属領となりますが、これをロン領督が自ら願い出ました。神獣の加護が無くなったとなれば当然の選択でしょう」
ティミドの返答に、イェシンは胸を撫で下ろした。
「そうですか…」
既に先人が居るなら、永劫の帝国へ庇護を求めるのは、気持ち的に憚りが薄れると言うものだ。
また本国へ領土の復帰を成した所で、政権争いに巻き込まれるのが関の山。
なら龍国から完全に離脱し、永劫の帝国の属領になるのも悪く無いと思えた。
『どの道、聖女皇陛下の助けを借りるのだしな…』
何より罠に嵌めた事への贖罪が済んでいない。
その償いを兼ねて、ここは自身と南門省を捧げるしか無いだろう。
「聖女皇陛下…この南門省を永劫の帝国の一部にお加え下さい。無論、私も忠誠を誓いましょう」
意を決したイェシンの言葉に、ディーイーは敢えて問い返した。
「本当に良いのだな? 気付かれぬ内は良いが、一度露見してしまえば逆賊と謗りを受けるかも知れんよ」
「それは覚悟の上です。それに予ねてより疑問を抱いていたのです…本国への復帰に意味があるのか?と、」
イェシンの思考に、ディーイーは少しばかり興味が惹かれた。
「ほほう…詳しく聞かせてくれるかい?」
神獣の加護を得られない辺境…その南門省をここまで発展させたのが彼なのだ。
そんな傑物が如何に考え判断したのか、その心情も含めて気になったのである。
「私は北方の…それも龍国だけの視野で物事を見ていたのです。この世界は東方も南方も西方も存在します、なのに龍国だけに拘るのは可笑しな話とは思いませんか?」
「ふむ……拘りで視野が狭くなる…そう言いたいのね? でもそこに価値が在れば、拘るのは悪い事でも無いと思うけど」
イェシンの言い分は理解できた。
だがディーイーに言わせれば正論であり、正論とは常に正しい訳では無いのだ。
何故なら人間は感情を持つ生き物で、その感情に因って価値が変動するからである。
「聖女皇陛下の仰る事は尤もです。ですが龍国に私が求める物は無くなっていた…いえ、そもそも元から無かったのです」
「ふむ…」
『そうか…私の考えこそが正論だったのやもな』
ディーイーは自分の考えに、矛盾が有る事に気付く。
価値が有ると思った事が反転し、全く違う物へ価値を見出す。
これが感情だろうが計算に因るものだろうが、変化したのなら"それこそが答え"なのだ。
「ではイェシン都督が抱いた"以前の希望"、また私の傘下に降る事で見出す展望は何か…聞かせて欲しい」
真剣な面持ちで告げるディーイーに、イェシンは立ち上がり居住いを正した。
その姿に確かな威厳を感じ取ったのである。
「はい。」
こうしてイェシンは、自身が抱いていた龍国の幻想を軸に話を始めた。
「北方で蔑視される純血では無い一族…それが南門省の民なのです。今では随分と薄れた価値観ですが、本国では未だに根強く残っているのです」
その所為で辺境の外様として、この地に根を張るしか自分達に術が無かった。
そして最も力を有する事になったのが、イェシンの家門…チャンシー一族だ。
そんなチャンシー家が辺境の領主となり南門省を発展させたのは、ひとえに迷宮を閉じる力を得る為だった。
それが達成されれば神獣の加護が回復し、この地が再び本国に戻される事になる。
つまり本国の民権を取り戻す事が、南門省に住まう民の願いであり、チャンシー家の悲願と言えた。
されど辺境なのは変わらず、迷宮出現の脅威に晒される事は避けられない。
仮に迷宮の脅威が無くても、純血では無い南門省の民は蔑視され続けるだろう。
「その上、本国では利権を懸けて内乱寸前…南門省が本国に復帰しても、その争いに利用されるだけでしょう」
そう告げたイェシンは、落胆した様子で肩を落とした。
「成程…では永劫の帝国へ何を期待しているのだね?」
率直なディーイーの問いに、イェシンは真っ直ぐに見返して答えた。
「飽く迄も私が受けた印象ですが、聖女皇陛下は救いを求める者を無下にはしないでしょう? 何より貴女は龍国のように、搾取し続ける事をしないように思うのです。ですから"今より"良い状況になると勝手に期待しています」
「フフフッ…随分と高く買ってくれているのだな」
イェシンは首を横に振った。
「いえ、貴女様が名君なのは現状が物語っていますよ」
「め、名君?!」
ギョッとするディーイー。
「大陸の反対側…遥か西方の地で、月の民が国家を樹立したのは正に青天の霹靂でした。更に武國までもが聖女皇陛下の庇護下にあります。これらが武力での併合で無いのは周知の事実…名君でなければ不可能でしょう」
『うぅ…勘弁して!』
これを聞いたディーイーは、恥ずかしくて縮こまってしまうのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




