1552話・ある意味で修羅場
拳骨を食らって頭を押さえるグラキエース。
必要以上に周囲を威嚇した為、ディーイーが窘める意味で殴ったのである。
15歳程の華奢な少女が、強そうな大人の麗人へ拳骨…居合わせた面々からすれば、呆気に取られる展開だった。
しかし先程の凍り付いた空気が、一気に和んだような気がしたのも確かだ。
『やはり…ディーイー殿が聖女皇と言うのは間違いないようだな』
半ば信じ難かったイェシンだが、ここで漸く納得がいく。
だが公表されている永劫の騎士に、メディ.ロギオスとグラキエースの無かった筈。
故にイェシンは首を傾げた。
「お二人は正式な永劫の騎士なのですか?」
妙な聞き方をするイェシンに、ロギオスは怪訝そうに聞き返した。
「いかにも…ですが正式な発表は最近の事です。で、貴方は?」
「成程…私は南門省の都督イェシン・チャンシーです、お見知り置きを」
そして拳骨の痛みから回復したグラキエースは、何事も無かったように答える。
「つい最近まで在籍は秘匿されていました」
空腹が落ち着いたのか箸を置くと、これをディーイーが補足した。
「永劫の王国から永劫の帝国に改名したでしょ。その時に併せて、秘匿していた2人の在籍を公表したんだよ」
「…? どうして秘匿していたのですか?」
率直な疑問がイェシンの口を突いた。
どうせ公表するなら、秘匿する意味など元から無いのだから。
「それは……この2人が私よりも著名と言えるからかな」
と少し濁しながら答えるディーイー。
本音で言えば宰相が勝手にやった事で、ディーイーとしては知った事では無い。
されど他国の人間は、そう思わないのだから困ったものである。
「著名…?」
益々訳が分からなくなるイェシン。
それを見兼ねたガリーが、思わず話しに割って入った。
「都督閣下…グラキエースさんはペクーシス連合王国の初代女王です」
「なっ…?!?!」
全くもって著名どころの話ではない。
余の驚きでイェシンは一瞬硬直した後、次はロギオスを見やって尋ねた。
「……まさか…貴方は…?」
「以前はトゥレラ-ロギオスと名乗っていました。今は心を入れ替えたつもりなのですが、相変わらず列国の脅威認定は解かれていません…困ったものですよ」
などと飄々と答えるロギオス。
東方の元支配者と狂気の魔法医師…この2人が傘下に居るなど、そう易々と口外出来る訳が無い。
何故なら歴史上類を見ない巨大な国家となり、歴史上最も危険視された魔術師が在籍する為だ。
「……」
それを理解したイェシンは、その場へ腰が抜けたように尻餅をついた。
一方、娘のヤオシュは目を輝かせ、颯爽とディーイーの傍に跪く。
「今までの数々の無礼、お許し下さい」
「え? あ…うん、もう気にして無いから」
『こ、この娘…けっこう肝が据わってるな』
妙にディーイーは気圧されてしまう。
常人なら不敬罪の沙汰を恐れ、縮こまるのが普通だろう。
なのにヤオシュは自ら接近し、自身の存在を主張している風に思えた。
どうしてかディーイーへ、グラキエースが不満そうな表情を向ける。
「……」
「な、何…?」
「また現地妻ですか?」
慌てるディーイー。
「ちょっ!? 変な事を言うな!」
透かさず憂いた目でヤオシュが訴える。
「え……否定なさるのですか? 褥を共にし、私に夜伽をさせて下さったでしょう?」
「おぉい!?」
それを此処で言うか!?…と突っ込みたかったディーイーだが、"肯定"になるので何とか堪えた。
『こやつ、どう言うつもりだ?!』
こうなると修羅場は確定となる。
此処に居る婦女子等は、皆例外なくディーイーを慕っているからだ。
「ディ、ディーイー様! この前に夜な夜な出で行かれたのは、そう言う事だったのですか!!」
と詰め寄るティミド。
グラキエースに至ってはヤオシュを一瞥すると、舌打ちをして何故か悔しそうだ。
「チッ…風変わりな子だけど、確かに陛下好みの美形ね」
そんな有様を見たガリーは食い込む隙も無く、只々遠目で見つめて苦笑いするばかり。
またシンはと言うと「我関せず」なのか、すん…と無表情のままだ。
しかし主人がディーイーと結ばれる事を望んでいるので、その胸中が穏やかな筈は無かった。
「フフフッ…王者たるもの、色欲は強くあるべきです。私に言わせれば何を揉めているのか、不思議でなりませんねぇ」
完全に他人事な言い様のロギオスへ、頭に来たディーイーはフォークを投げつけた。
「余計な事を言うな! お前は黙っとれ!」
そのフォークがロギオスの額に突き刺さり、居合わせた面々は騒然とする…と言ってもガリーとイェシンだけだが。
因みにリキは黙々と食事を頬張っている。
シンと同じく我関せず…と言うよりは、怖くて何も出来ないが正しい。
そしてフォークが突き刺さった当人は、「あぅ……痛い…」と呟き何食わぬ顔。
加えて刺さった箇所から一滴も流血が無く、端から見れば化物然としか見えない。
尻餅をついたままのイェシンは、段々と実感が湧いて来る。
『ひょっとして私は…関わってはいけない存在と縁を作ってしまったのでは無いか?!』
このまま済し崩しに事が進めば…もう恐らく引き返せない。
否…突然永劫の騎士が現れたように、電光石火に事が進むだろう。
そうして自分は逆賊として、きっと歴史に名を残すに違い無いのだ。
『うぅぅ……本土に復帰する私の悲願が!』
妻を奪還出来たとしても、これでは目も当てられない。
そんな時、ディーイーがイェシンに言った。
「あ…そうそう! 火炎島は永劫の帝国の属国になる事が決定してるからね。それでイェシン都督が望むなら、同じような対応をすよ?」
取り敢えず話題を変えようとしたのである。
「え……えぇぇ?!!」
結果、イェシンは完全に腰を抜かす羽目となるのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




